15ダース・野心の為に繋ぎ止めるべき要
エスケープクロックホールディングスグループ社の
専任顧問弁護士は幾度となく変わり続けてきた。
その9割が、会長である守山傑の娘・守山綾が原因だ。
綾は横暴かつ感情的な性格でその上、
我を忘れて他者を罵倒し続けるという癖が元凶だった。
専任顧問弁護士が会社から離れていく理由という
殆んどが守山綾が起こした問題を占める。
綾自身もこの性格は理解しているのだが、
どう改めていいのか分からない。
それまでは平凡的な社内だったエスケープクロックホールディングスグループは綾が入社してから波乱となった。
綾は一度、理性を喪い感情的になってしまうと、問題児そのもの。
守山財閥というブランドを守る為に
裏金を積んだり、引き止めの火消しに走る傑とは正反対に、
弁護士自身が綾の発言により
精神的に疲弊、衰弱し依願退職を申し出たり
裁判を起こしても、守山財閥の権力では
敗北が目に見えているからと降りた弁護士ばかりだった。
そして、先日も、弁護士が自ら依願退職した。
『もしかして………憶測ならば申し訳御座いません。
お嬢様の行方の捜索の現状をお聞きに、参りましたか?』
意気消沈する綾に麻緒は、筆談を通してそう尋ねた。
また我を忘れてしまったと落ち込む綾を余所に、麻緒は続ける。
「本来は此方から参り、
現状を報告しなければなりませんのに。大変申し訳御座いません」
涼宮麻緒は微笑を浮かべ物腰引くく、
腰が抜けて茫然自失とする綾を立たせると別室の応接間に案内し、
暫くお待ち頂けますか、と筆談の紙を置いて
向かい合う様にソファーに座った。
座ったままバインダーに挟んだ紙に
すらすらと文字を滑らせ刻んでいく。
『ちょうどお伝え出来る機会があり、良かったです。
報告書がもうすぐ、書き上がれそうでしたので』
そのやけに飄々とし落ち着いた冷静沈着な態度が、
何処か凛然としているのに、怖いと感じさせた。
涼宮麻緒が何を考えているのか解らず、
綾は何処かで、生まれたての子鹿の如く震えている。
(………涼宮麻緒は、涼宮弁護士を繋ぎ止めておく、命綱……)
綾はそう思い始めていた。
今の綾にとって、“涼宮麻緒は要”の存在だ。
彼女次第で涼宮響介の返答や態度も変わるだろう。
社長に就任し
大々的な会社のプランの傍らには涼宮響介は外せない。
ただ彼にも、彼の妻にも激高してしまった以上、道は険しい。
ならば。
(夫人のご機嫌取りをしていれば、
問題はないし、話もスムーズに行くかも知れない)
____そんな策略が、綾の脳裏に訪れた。
バインダーにすらすらと文字を走らせた麻緒は、ペンホルダーにペンを戻す。
そして紙を綾の前に差し出した。
『現調査段階ではございますが、
3つの可能性と目撃と孤児院からの情報が御座いました。
・19××年の、3月頃の夜に赤子を抱きかかえている少女を見た。
・ある養子縁組をした夫妻の
娘様の経緯が、守山様の娘様と一致している。
・199××年の春に孤児院の前に置き去りにされていた。
しかしその子は病弱であり、生後半年で亡くなった。
の以上でした。
2.3番目の情報はメールで申し上げた通り、シスターの証言です。
こちらをお伝えする事はとても心苦しくもありますが。
守山様、
目撃情報と一致するところは御座いますか。
綾は、紙を見詰めた。
2番目は希望がありながら、3番目の情報は絶望的だ。
それらを見て思わず、溜息を吐いた後に綾は目を伏せて告げる。
天秤に乗せたのは、希望をひとつ、絶望をひとつ。
天秤の皿は、
砂時計はどちらに傾くのかを麻緒は動向を探っている。
まさか弟夫婦が自身の娘を育てていた事は毛頭も、検討が付かないだろうに。
綾は唇を噛むと、重々しく口を開いた。
「___寒い季節だったわ。
混乱しながらずっと時計を見ていたから日付は覚えているの。
娘が生まれたのは19××年の2月27日よ。
あの時に、着けていた時計は日付も見られるもので。
あの日は厳冬だったから」
麻緒は、無意識的に綾へ視線を向けた。
心の水面に波紋が広がる。___初めて自身の生年月日を知ったからだ。
本当の生年月日は不明。年齢も推定。
誕生日は孤児院では12月下旬、緒方家では3月上旬が誕生日だった。
孤児院では赤ん坊の大きさから月数を引き、誕生日を決めているそうで、
12月下旬頃として、誕生日は12月27日とされた。
しかし綾の秘密を知っていた、
准からはおおよそで3月の誕生日され、3月16日。
それは今も変わらない。
ただ孤児院でも、
混乱していた准にとっても生年は曖昧だったのだろう。
孤児院では3年早く、今の生年月日も2年早い。
麻緒は26歳だが、綾の生年月日を聞いた上で、
計算すれば、今の自身は今年で24歳だ。
早生まれの関係もあっただろう。
けれども、世界はなんだか早く廻っている様な気がして
何処か地に足が着いていない感覚と、関係はあるのだろうか。
………だが。
(…………今更、遅い。
今更知っても一度、貴女の手から離れた事実は変わらない。
私の素性や経緯も、一度染められたものはゼロには出来ないのだから)
孤児という事も。
身代わりとして奪われ、失った10年も。
本当は被害者遺族にも関わらず、濡れ衣を着せられた加害者という事も。
綾に、奪われたものは戻らない。
綾に人生の大方を奪われ、泥を塗られた事を。
(…………貴女は、どちらを信じる?)
無言、自覚の無いの駆け引きに、哀れみを感じた。
養子縁組をして孤児院を離れた事を信じるか、
それとも、もう娘はいないのだと悟るのか、2つに1つだ。
残響を残しながらどちらへ傾くか、麻緒は内心憂いた眼差しを向けた。
ひとつだけ、分からない。
(…………私が必要な意味は、どういうもの?)
どうして今更、生き別れにした娘を捜す理由が解らない。
現に守山綾には息子と娘がいる。
今更、自身が戻っても居場所も意味もないと思っている。
なのに何故、現在になって、事を蒸し返すのか。
守山綾は知らないだろう。
目の前にいる人物が自身を敬遠している事も、
実娘であると知らない事も。
___前社長・守山傑氏の退任は、娘の火消しの為か。
携帯端末をスライドする。
守山綾が犯した事を傑が火消しに走り、社長退任のワードにスポットを当て注目させた。
守山綾は問題児だ。
娘の為に玉座から降りた父親と見られれば美談。
しかし、本当は娘の不始末の火消し。
裏を探れば、センセーショナルなもの。
けれどもどの記事も守山財閥の圧力により、新聞やネット記事は削除されていた。
(弱味になるのなら、手に入れたい)
そんな闇が、麻緒を誘う。
ぐうの音も出ない何かを盾に、武器に、隠していれば
あの守山傑ですら根を上げるだろうに。
そんな時、手元に置いた携帯端末が震える。
不意に取ったメッセージアプリには、淡々と物事が綴られていた。
『お使いを頼まれて、貰ってもいいか』
麻緒は素直に頷き、内容を承諾した。
次の日。
麻緒の姿はエスケープクロックホールディングスグループにあった。
目の前には近未来的なホール。ロビーが広がっている。
響介からの伝言と、麻緒自身が知りたい弱味。
それは、守山財閥には致命傷、守山綾には不都合な真実。
一畳程分の、応接出来る、
警備員室に脚を運ぶと仏頂面の警備員に微笑みかける。
元々、用意していたメモ帳には以下の事を書き連ねた。
『初めまして。涼宮法律事務所の、涼宮の妻です。
守山社長にお話が。夫である涼宮響介の代わりにお伝えに参りました』
「お待ちを」
面倒くさそうに警備員は内線電話の受話器を取り
物臭そうにメモの事を話している。内心、冷ややかな眼差しで
麻緒は見守っていたものの、今度は受話器から鼻息荒い、女性の声が聞こえた。
「涼宮響介弁護士の奥様が、お見えになっているそうです」
「_____なんですって!!」
何処か真剣ながらも茫然自失としている表情を浮かべた秘書・木下はそう告げた時、
手にしていた受話器は奪い去られていた。
綾が飛び付いたのだ。
涼宮麻緒は、涼宮響介と共に目の話せない存在。
早く涼宮響介の返事が欲しい綾には、見境がない。
『ええ、早く。お通しして。社長室に来るように』
化粧室によって、時間を潰す。
綾に会いたくて、来たのではない。
現に拒絶反応なのか、頭に錘を載せている感覚だ。
元々化粧が苦手な麻緒は、
日焼け止めクリームと保湿リップクリームしかしていない。
化粧っ気は全く無いものの、
その自然美で非現実味を与える端正は顔立ちは、透明感と儚さを与えていた。
髪型等の身だしなみがないか、念入りに鏡を見詰める。
手櫛で髪に指先を通した刹那に、不意に手許が落ちた。
(………似てない、よね?)
それは、
自身に対する自問自答か。叔父である准に対する問いか。
不意に気になった自身の顔立ちや容貌。
何処か非現実的な、無機質な人形みたいな容貌。
今の綾とは似ても似つかない事が事幸いなものの、
少女時代の彼女と自分自身を照らし合わせても、似ているところはない。
(父親似だと思う、私は____)
そう思った矢先、違和感に襲われた。
『香菜ちゃんは、お父様似ですね』
昔、言われた事が、脳裏に波紋が広がる。
自身と准が似ている。それは実の父娘だと思われた程だ。
その当時は何も思わずただ嬉しかったし、誇らしいとさえ思っていた。
____けれど。
『___ご兄妹ですか?』
涼宮麻緒になってから、
響介と一緒にいた時にもそう言われた事がある。
響介と准は、時折にして精神的に
麻緒が視線が向ける事が出来ない程、生き写しの様に瓜二つの容姿を持っている。
あの時、響介は
『違います。妻です』と手を振って微笑んでいたか。
(___きっと私は、親戚に似ただけ)
よく見掛ける話だ。両親ではなく、隔世遺伝の話を。
その時、社員だろうか。
友人同士の女性が隣に現れた。
彼女達はお喋りに花を咲かせている隣で、麻緒はそっと地獄耳を立てる。
内心では、微笑していた。
____なんだって、この時の為に此処に寄ったのだから。
人という生き物は、人の噂話や身の上話が大好物だ。
それは闇の影を糸を引くものであれば、ある程。
彼女達は、その内の一人に過ぎないようだった。
「ねー、あれ、凄いよね」
「懲りないよね。全く」
メイクポーチから、
ファンデーションやリップを差し出して化粧を直しているOLは話を続ける。
「守山社長、また既婚者と不倫してたんでしょ?」
「奥さんから慰謝料請求………不倫は何度目だっけ?」
「不倫は2桁越えてるでしょ? 略奪愛は3桁よりもっと。
美人だし。惹かれるんだろうけど、でも今回はさ………」
会社の社員の話は最も正確性がある。
だから涼宮響介の案件もあるが、守山綾の秘密を握るなら
正確性があると、エスケープクロックホールディングスグループに乗り込んだ。
「___相手は、大物政治家__〇〇氏の息子でしょう?
不倫に加えて略奪しようとしてたって……だから、
会長が必死になって揉み消して、会長も身が細る思いよね」
そうか。
大物政治家の不倫に、略奪愛は大々的なスキャンダルになる。
世間が放っておく訳が無い。周知の事実なら、メディアスクラムも加熱するだろう。
だから、
社長就任にスポットを当てて、世間の目線を反らした。
守山傑は社長の椅子から離れる代わりに、守山財閥の保身に走ったのだ。
(まだ、ない腹を操れるのかも知れない)
まだまだ有りそうだ、秘密は。
【お詫び】
タイトルが逆さま、タイトルの題名の誤字があり
訂正させて頂きます。本来は早く見返し、訂正・お詫びするところを
大変、遅くなり大変申し訳御座いませんでした。




