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14ダース・見知らぬ挑発




「お父様」





 刹那的に傑はテーブルに握り拳を振りかざした。

ダン、というとてつもない音が強迫観念と恐怖心を孕ませる。




「お前は何処まで、私を失望させる気だ。

 守山家の顔に泥を塗って楽しいか?


 専任弁護士になる筈だった涼宮弁護士に

下品な罵声を浴びせ、守山の恥を見せ………娘として恥ずかしい!!

私が侮辱された気分だ」


 

 綾は何も言えなかった。









(“自ら墓穴を掘り、自身の価値を下げ恥をさらす”___呆れてしまう)



 あんな人が、実母だとは思いたくない。

あんな風に感情的だけに動く人格にはなりたくはないと、麻緒は思った。



 (…………叔父さんは、あの人の何を見てしまったの?)





答えのない疑問が、沈黙に落ちる。











 落胆した気持ちで自室に戻りベッドに項垂れる様に横になると

携帯端末が一定に光りが点滅している事に気付いた。

曇りを混ざった憂鬱な眼差しで携帯端末を手に取り、

メールボックスを開いた。



【守山綾様。

現在、捜索途中ではありますが、

____娘様の足取りが掴めるかも知れません】


 

その言葉に目を見開く。

取り憑かれた様に画面を見張り、スクロールする。


“先日ではありますが、ある孤児院を訪れた際に

シスターにお会い出来る機会が御座いました。


シスターから当時の証言と、

守山様の娘様と酷似する証言があり、

可能性はあるのではないかと私は思っております。

      

            ____K. 探偵事務所:調査員”






(本当に? あの子なの?)



 疑念が、脳裏に焼き付いて離れずいる。

どんな手を使っても見つからず仕舞いの、生き別れの娘。




(けれども、今はそれどころじゃない)




 涼宮響介弁護士への罵倒を謝罪し、

父親に名誉を挽回をしたと思われなければ意味がない。

けれども涼宮響介に対して取り返しの付かない暴言を吐いた以上、此方から連絡をするのは気が引けた。



 それに、大財閥のプライドを高く持ち合わせている

綾は謝罪が出来ない女だ。



 多忙を理由に断られたが、それは社交辞令かも知れないと

専任の興信所に調査を依頼した所、

涼宮響介は現在、夫婦の離婚問題で最高裁判所まで行き、その案件で手が離せないと知った。


 綾としては、早く終わって欲しい。




そして専任弁護士契約を結んで、

涼宮響介が、正式な顧問弁護士となり安堵したい。

けれども今は行き止まりのまま、モヤモヤとした気持ちを抱えるだけだ。


(この現状を打破するには………)




 指をくわえて爪を噛む。



 緩和剤。何らかのクッションになる人物にいないか。

その事を思った刹那的に、涼宮響介の隣にいた清楚な夫人の姿が脳裏に浮かんだ。




____10年前、自身の身代わりとして生贄にした少女。

   


 





 何処か翳りと落としながら、

物憂げて杞憂な、面持ちに、

茫洋な雰囲気を纏う非現実味を覚えさせる彼女。 


 彼女が、涼宮響介の妻として、綾の前に現れたこと。

他人のふりを貫いた彼女には言いづらいのは確かなものだが。



____今はもう、手段も選択肢もない。





(使えるものは、使うのよ)


 








(_____嘘)






 探偵としては、自身は失格だと思う。




 けれども自身が置き去りにされた孤児院は老朽化と

創設者の女院長の死去により、閉鎖された後に更地になった。

人知れずな隠れ家的な孤児院だったので、知る人ぞ知る、というものだろう。



 それでも、准と美琴の元へ養女として引き取られた後も

度々、あの孤児院には年に季節の変わり目に足を運んでいた。



 准は美容師としてのボランティア、並行して支援活動等を行っていた。

何故ならば孤児院を支援をするNPO法人会社のCEOだったからである。


 

香菜自身、

あまり人とは群れず一人でいる事が多かったものの、

穏和で気さくな准は皆のお兄さんの様な存在で



 様々な孤児院とは支援者、美容師として契約していたらしい。

准は美容師、支援者として出向き、

 美琴は慈悲を与える共に孤児達からは慕われ、

人との繋がりを結び付けた。

美琴の優しい声から紡がれる声楽は、

今でも脳裏に焼き付いて離れず、覚えている。



『この子ね、娘の香菜って言うんだ。

 良かったら、仲良くしてあげてね』



 緒方香菜となってからも、准や美琴に連れられ、

ボランティアや視察として回った場所は数知れず、全国各地を回っていた。

 

 だからこそ大人となった今

都道府県の土地勘にはかなり詳しく、

住所を告げられれば、大体はあの辺りかと思う。


 准や美琴が、慈悲的に頑張っているのだから、

自身にも何か出来やしないだろうか、と思った時、

周りの皆が、美琴の歌声に惹かれ惚れ込んでいるのを目の当たりにし、お礼の手紙を書きたいという。




『………こうしたら、美琴さん、もっと喜ぶ思うよ』



 言語は言の葉の紡ぎだけではない。

周りの子供達に点訳のノウハウを教えて、メッセージカード風にして渡す事を提案したのだ。

思い付いた提案は皆に喜ばれ、慕われた。



 点訳のメッセージカード。

それらを受け取った美琴はとても喜んで1枚1枚を大切に仕舞っていた。


『香菜ちゃん、凄いわ。流石、私の自慢の娘!!』



 秘密にしていたかったのに、

点字を教えていたところを見た准が感銘を受けてこっそり美琴に話したらしい。



(____過去に(すが)ってばかりね、私)



 8年という長くて短い一時は、優しい記憶そのものだ。

だからこそ何度も2人を思っては、2人の元に行きたいという想いに駆られ、自殺未遂を起こした事もある。



 けれど。

 ある時、気付いた。



____無念を晴らさねば、准にも美琴にも、顔向け出来ない。 



 出生の秘密を知った刹那、濡れ衣の冤罪を着せられ投獄された。

真犯人は解らない。

無念を晴らさねば、2人は報われない。

だからこそ、今度は生に、守山綾に、しがみついた。





___エスケープクロックホールディングスグループ、社長室。



(会社も行方不明の娘も、大事な事よ。

 でも、どっちもなんて、無理だわ)


 二兎を追う器用さを、綾は持ち合わせていない。

最近は涼宮響介の返事がまだかとピリピリし、

父親に見放される恐怖心に蝕まれ続けている。



 だが。


(探偵事務所の言う事ならば………あの子を連れ戻せば……)


 どちらも必須だ。




 あの日。

一人で出産した後に、現実に戻され

守山家___真っ先に傑の事が顔に浮かんで、

見離されるのではないかと怖くなった。



 娘を選んだら父親から捨てられ、

自身の人生は終わるのだと混乱し悟った末、

傑と娘を天秤にかけた時、綾は身の保身、傑を選び、娘を捨てた。


 けれども身勝手にも、

“今は自ら捨てた娘を連れ戻さないといけない理由がある”。



(もっと詳しく聴きたい)



 あの調査員は、形式上の事しかメールで送って来なかった。

事務所に行けばもっと詳しく教えてくれる筈だ。








 ガチャリ、と、ドアノブを引く音がして、

思わず麻緒は身を震わせたものの、お客様が来たのだと心に言い聞かせる。



 けれども可笑しい。

電話やメール対応、完全予約制だったのに。


 重低音のヒールの音が、静寂な事務所に響く。

麻緒はデスクから立ち上がり、


調査員としてのメモ帳のバインダーと

筆談用のバインダーをそれぞれ手にするとパーテーションから姿を表す。

____そして固まった。



 毛皮のコート、

身体のラインを強調したワンピース。ピンヒール。

人間味のない鉄仮面の様な面持ち、勝気で威圧感を与える雰囲気。

……………守山綾が、其処にいた。



 綾も固まっていた。

サングラスを外した双眸は目を丸くしている。


 胸元の名札の名刺には、

【調査員:涼宮麻緒】と刻まれていてリクルートスーツを着こなしている。



(___貴女が、調査員だったの?)


 


 麻緒は驚きを覚えたのは、数秒だけ。

自ら現れるのは予想外だったが、実の娘に、自ら捨てた娘を捜索されているとは思いもしなかっただろう。

アポイント無しの訪問に最初は高らかそうだったのに、

今の彼女は震えている。



(____私はもう、貴女の身代わりの娘じゃない)



 嘲笑いにも似た冷笑。


 涼宮麻緒が

涼宮響介の妻で、実娘を捜す調査員という立場に置かれている以上、

強気には出られない事は、明白かつ現在は地雷並みの危険な立場だ。


 何も知らないふりをして、大人しく待つ。

娘の現状を尋ねにきた綾だったが、調査員が涼宮響介の妻であると悟ると混乱する脳裏が暗転する。

そして孕んでいた思惑が浮かび、微笑する。



(____そうよ。使える者を使えばいいの。

 此処に涼宮響介の夫人がいるのだから、彼女に………)



 「ちょうど良かったわ。

今、御主人は、専任弁護士になる事について、どう思っているの?」

「……………」



(そうきたのね)


 


 大体は、麻緒の想定内だ。


 守山は手段を選ばない。

きっと涼宮響介の妻を尾行して、ここまで辿り着いたのか。


 あの時の会食から、

守山綾は専任の顧問弁護士の契約を急かし、

響介が一向に応えない事に焦っている事は明白だった。

現に今も焦りは見える。



 ふっと、鼻で笑った後に



「___貴女は涼宮弁護士の妻よね? 

だったら夫を推進させる様な助言するなんて容易い筈じゃない?

どうか涼宮弁護士を説得して頂戴。専任弁護士になる様にと」

「……………」


 麻緒は“押し黙ったふりをする様に、顔を少し俯かせた。

視線を泳がせながら、髪を耳にかける。

部屋には沈黙が佇む。



 多忙を極めている事は、そっちのけにしろと。



 誤解されては困る。

響介は拒否していない。返答を待ってほしいと言っているだけだ。


 麻緒が黙っていると、

沈黙が佇む空間、返答を得られない焦燥感から

様々な感情が混ざりざわざわと心が騒ぐ。


 思わず麻緒を壁に追い詰め、威圧感を醸す。

萎縮している麻緒は恐る恐る、綾を見た。こう言ったシーンは

相手が解っていても、萎縮してしまう。



「なんか言いなさいよ!!

夫婦なんだから、何かしら耳にしているでしょ?

妻なら夫を言い包められる。あんたしか説得出来る人間はいないのよ!!


まだ黙っているの?

強かな態度ね。守山家に逆らうなんて____」



 般若の形相。口汚い言葉。

必死さの中には見るからに焦燥の奥に闇を感じる。

綾は其処で涼宮響介が会食の前に告げた事を今更、思い出した。


『すみません。

 妻は今、失声症を患っておりまして話せません』


 呆気に取られて、麻緒から離れた。

そうだ。涼宮麻緒は失声症を患っていて声が紡げない。

感情的になって頭に血が昇ると我を忘れ、誰かを罵倒する癖は厄介だ。


 不意に涼宮麻緒を見ると、萎縮しながらも

バインダーに何かを書いている。



「私………」



 膝から崩れ落ちる。



『家庭では、

主人が安らげる場であって欲しいと思っております。

主人はあまり仕事の話を家庭には持ち込まない方なので、

どう思っているのかは、現段階では何も言えず、申し訳御座いません。


 主人は責任感が強く芯の強い方ですので、

必ず、守山様にご返答の連絡をするかと思います。

主人は返答をお待ち下されば幸いです』


 


 走り書きの筈なのに、紙に切れた文章は、かなりの達筆だった。


 けれども綾は

失態を犯した事に茫然自失としながら、目の前が真っ暗になる。



 涼宮響介弁護士だけには事足りず、

その妻にまで焦燥感から我を忘れて詰め寄ったこと。

この事を知った涼宮響介は、どうするのだろう。


 きっと相手側は黙る事もない。

涼宮弁護士が知ってしまったら、全ては白紙になる。

娘と専任弁護士を天秤にかけてみて、今、大事なのは

“エスケープクロックホールディングスグループの専任の顧問弁護士”だ。


(貴女の本性が、自身の身を滅ぼす。

 解っているのか解っていないのか……けれど、

 私が貴女の思い通りにはさせはしないわ)





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