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11ダース・終わりのないワルツ



 どこの敏腕な探偵を雇っても、結局は不発で終わる。

見付け出せない。綾にとっての後悔の塊。


「はい、涼宮法律事務所の涼宮です」

「初めまして。エスケープクロックホールディングスグループ社長の守山と申します」

「それはそれは。お時間を割いてご連絡を頂きまして

大変恐縮であると同時に喜ばしいです。

改めまして、守山様のご要件はなんでしょうか。




 響介は自らの耳を疑う。

エスケープクロックホールディングスグループの女社長が

わざわざ自ら連絡を寄越してくる等、毛頭も検討が付かなかったからだ。







(目的はなんだ?)





 冷酷非情な守山財閥。



 それでも

響介は手慣れた手付きで、パソコンのキーボードを弾き

【依頼内容】の欄に依頼人の名前を打ち出していた。



 けれども

“独特な声音の波紋により相手が、守山綾、本人だと脳裏が悟る”。

何秒かの沈黙が訪れた後に、守山綾は高らかに告げた。



「あの………少し長い話となりますので、

 一度、お会いできませんこと?」



 尋ねるだけなのに、何処かで媚を売る様な声音。



 その刹那、鋭い視線を感じた。

ちょうど法律関連の点訳を事務所で行っていた麻緒が

(いぶか)しげ此方に視線を向けている。守山、と聞こえたのだろうか。


 現に、彼女の瞳は虚空を彷徨い、手許が止まっている。



「………少し長いお話とは?」

「はい。あの……御依頼ではないのです」

「ですと?」


「涼宮響介さんの法律事務所の、ご評判は

エスケープクロックホールディングスグループでも

好評の的として最近、耳にする事が多くなりました。


何やら、涼宮響介さんの事務所は、

福祉関係事に従事されている事務所の様で………」

「それは身に余る、有難いお言葉です」

「そんなご謙遜を為さらず。私も社長として就任して間もない。

そして会社の為により良い発展と遂げて参りたいと思っています。


そのお話の為に、少し涼宮様のお時間を頂けませんか。

決して悪いお話ではありませんので」



(…………まあ、貴女の思惑に付き合うのも、悪くはない)



 それはどことなく懇願する様な声音。

響介は受話器に視線を寄せて流し目になりながら、頬を緩ませる。

 

「はい。よろしいですよ。社長直々にご連絡下さり、

 とても光栄です。では………」



 受話器を置くと、綾は微笑を深める。



(守山財閥には、お父様にまた振り向いて貰う為には

私は手段を選ばないわ。涼宮響介……守山財閥を立てる餌となって頂戴)




(とんでもない所に、身を投じたな。“___守山さん”)





「どうやら、守山財閥に気に入れたようだ」

「……………」


 



 目を凝らし、麻緒は響介に視線を向ける。


「詳しく話し合いたいから、会食の席を授けると。

僕は高みの見物がてら行こうかな。___さて貴女はどうします?

…………守山財閥にご執心の人にはもってこいの機会だと思うけれど」


 羽根の様にさらり、と告げながら、途中で声音を低くする。

麻緒は雪が溶け消えゆく様に平常心に戻る。

しかし刹那的に浮かんだ麻緒の淡い微笑を、響介は見逃さなかった。



 響介が始めた探偵事務所は、とあるビルの地下2階。

1畳程のエレベーターを降りると、カフェ風のボードに

『K.探偵事務所』と書いてある。


 響介のK。

涼宮という名前で兼業するのは嫌だからという理由で

使わないらしい。



 新設されたビル。

しかし探偵事務所の室内は無人化していたので、

あちらこちらに埃や塵が降り積もっている。



 麻緒は連日、掃除やファイルの事務整理。

響介から探偵事務所の仕組みを教え込まれていた。

驚く事に此方の探偵事務所は完全予約制の極秘探偵事務所となっている。



住所は予約の連絡を取ってから、メールで教えるとのことだった。



 響介はどことなく人を避けて、

自身の独創的な世界観に籠もっている節がある。

弁護士事務所でも、どんなに人手が必要でも、

その持ち前の器用さから、依頼も事務処理も、一人でこなしてしまう。



(…………貴方は何者なの?)



 何でもこなしてしまう天性の才能。

どことなく掴めず読めず、飄々としながらも凛然とした態度。

身のこなしが軽やかでスピーディな対応に優雅な振る舞い。


「………ああ、あれは、見ました?」

「………?」



 








「こちらです」


 探偵事務所の書類整理や室内の清掃が終わってから、

響介は手招きに誘われた向こう側に手のひらを向けて、麻緒は着いていく。




 すりガラス付きのパーテーション。

その向こう側には、自室と同じ様な仕組みに置かれた。

デスクトップとキーボード、点字用紙に点字盤。


 麻緒は微かに、瞳を揺らがせながら、

響介に対して視線を向け見上げた。

その暗雲の双眸は申し訳なさと疑心暗鬼が忍んでいた。



(いつまでも、甘えている訳にはいかないのに)



 俯いている麻緒の肩をとん、と手を置く。



「遠慮なく。これは迷惑料と、

貴女の誕生日プレゼントだと思って下さい。


探偵の依頼の来ない時は、かなり暇だろうから。

___貴女が、やりたい事をして下さいな」


 


 そう謳う様に告げながら

器用にスーツの内側に隠していたストラップタイプの名札を、麻緒の首にかける。

名札には【K.探偵事務所/調査員:涼宮麻緒】と書かれていた。


 その刹那、麻緒は俯いたまま、目を見開く。



『香菜のやりたい事は、惜しみなくやりなさい』



 その声音が、脳裏の水面を無慈悲に揺らす。



(___この人は、叔父じゃないのに)





 けれども

優しい声音を聞いてしまえば、

底無しのデジャヴに襲われてしまうのは何故だろう。



「貴女の事だから問題ないでしょうけど、

誠心誠意、親切な対応を心掛けること。___いいですね?」

「…………」


 麻緒は頷く。そして、頭を下げた。


“お気遣い頂いて、有難う御座います。

 代理の努めは果たして参ります。___涼宮麻緒”







___それが、1ヶ月前の出来事だ。


 

 探偵事務所の仕事にも慣れ、点訳士としても居慣れた。

少しずつ訪れるそれぞれの依頼を地道にこなしながらも、

麻緒の脳裏には、あの事が迫っている事が気掛かりになる。 







____エスケープクロックホールディングスグループ社長

守山綾との会食だ。


 気分は複雑味を帯びる。

そして思い出されるのは、あの葬儀場での言葉。



『貴女、孤児(みなしご)なのでしょう? 

私は慈悲に満ちているから、貴女の未成年者後見人になってあげる』


『その代わりに………貴女には、“私の身代わりになって貰う”』




 (あれは、どういう意味合いなの………?)




 奪われた10年、着せられた、罪無き濡れ衣。



(貴女の目的は、なに?

 私をどうしようとしたいの?)



 明かりのない室内に、パソコンの光だけが煌々としている。

麻緒は肌身離さず持っている遺言のレコーダーを出すとそのまま

イヤホンを耳に着け、再生ボタンを押す。


 語られた自身の素性と正体

そして、叔父の残した遺言。

 


『____守山財閥には、近付くな』



 その刹那、デスクトップに新着メールの表示が成された。

頬杖を付いた麻緒は拍子抜けしながら目を丸くする。

依頼者は、相手は___守山綾だ。



 メールボックスを開くと、依頼内容にはこう書かれてある。



『17.16年前に生き別れた、娘を捜しております。

当時、生まれて間もない子でした。私が17歳の時に産んだ我が娘です。

現在、生きていれば26歳くらいでしょうか。


 私の身勝手な行動で娘を失う形となりましたが、

最近、娘がよく夢に現れるのです。

私は自身の軽率な行動を悔いる様になりました。

そして同時に娘との再会を望む様になったのです。


 これは、守山財閥とは無関係の私の私情の為、

どうか内密に娘の事を捜して頂けませんか。


 数々の探偵事務所様に

依頼しましたが、娘とは再会出来ない現状です。

どうか、よろしくお願い申し上げます』



(____綺麗事を並べた上辺の言葉)




 軽蔑して、発狂したくなる。現に自分自身を嘲笑った。

刹那的に悟る。やっと気付いた。自身が生まれた意味を。

それは、




守山綾の都合の良い身代わりのお人形____。






 顔を手で覆う。

身勝手さに涙すら枯れて、冷笑に包まれる。

そして___傷だらけの抉れた心に灯った灯火。



 “ごめんなさい、兄さん。

兄さんは近付くなというけれど、私は………逆らう。



もし、あの人___守山綾が………私を産んだ母が、

私の人生を奪い壊さなければ、兄さんと美琴さんと

今も一緒に要られた気がするの。


もし、兄さんと美琴さんに、関与していたのなら、

私は赦しはしないわ”



 守山綾は間違えた。



 硝子の靴を履いても、其処に望むものはない。

ただ言えるのは舞踏会に踏み出しても、其処は迷宮。

答えに出逢わなければ………迷子になるだけ。




(____私は、貴女と、踊い狂いましょう)





はい。

麻緒もとい、香菜は、綾の娘です。


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