10ダース・謎めいた利害関係
【訂正・及びお詫び】
本来10話と記すところ、長らく11話としておりました。
作者側のミステイクです。混乱を招かれた読み手様、
大変、申し訳御座いませんでした。
(そっと訂正させて頂きます)
欠落した感情、
それを包み込むのは、無慈悲な哀傷。
夢見心地にも似た終わりを告げた温かな日々を想い続ける事は、きっとこれからも終わらない。
「兄さん、何してるの?」
きっかけは、香菜の一言だった。
白い紙を挟み兄は細かなマスに、点を打ち込んでいる。
「これは、点字って言ってな。
目の不自由な人を導いてくれるものなんだ」
「へえ……」
珍しいと思った。
緒方家は基本的に音声読み取りによって日常は回る。
隣にある点字のテキストを見詰める。
先日学校の課外活動授業で点字に触れたばかりだった。
その時、美琴の事を思い浮かべながらも
自身には技量がない事を思い知って帰路に着いたのは
まだ新しい記憶だ。
自身にも出来たらいいと思い始めていた。
不意に浮かんだ呟き。
「………私もやりたいな」
「難しいぞ」
「やりたい。出来るようになったら、世界は広がると思うから」
香菜の何気ない言葉に、准は首を傾げ呆然自失とする。
しかし何かを悟ったのか、
香菜を椅子に座らせると点字を教えていく。
香菜は器用にも、点訳をゆっくりとそつなくこなしている。
その妹の姿に、准は微笑み、上手だと頭を撫でた。
「じゃあ、香菜のだけの、点字盤を頼もうか。
美琴も、喜ぶだろうな」
ガン、という衝撃が走馬灯の如く、身体に迸る。
淡い夢を見ていたようだと思いながら麻緒は起き上がった。
物事を客観的に見詰めるのではなく、
自身の身に起きた様に近くで見詰めてはどうか。
兄の遺言から全てを知って、守山綾に人生を奪われた末に思い立ったもの。
それは今更、引き返すつもりはない。
(守山家の弱味って、なんだろう……)
_____守山家、食卓。
守山家には、今、会長である守山傑、
娘である守山綾、綾の息子である葵、娘の楓がいる。
葵と楓は1歳離れたの兄妹で、葵は大学生、楓は高校生だ。
長方形のテーブルの真ん中には傑が
まるで王に服從するかの様な配置で、
娘と子供達は対面式に席に着いている。
傑の威厳ある存在感を感じながら、静粛に黙々と食事は進んでいる。
そんな中、綾の顔色は悪さが目立つ。
「ママ、顔色悪いよ? 大丈夫」
「大丈夫よ」
そんな母を思う娘、そんな会話に傑は眉間に皺を寄せる。
「綾」
「はい」
傑の言葉に、綾は箸置きに箸を置いた。
「成績が芳しくないな。
社長になったからと、安堵してはならんぞ。
隙を見せてはならん」
「……………申し訳御座いません」
綾の顔色は浮かない。
そんな父娘の仲裁に入ったのは、楓だった。
「ママ……は頑張り過ぎているから………。 お祖父様」
「そんなの理由にはならん。社長職は忙しくて当たり前だ。
綾、うつつを抜かす事の無い様に、隙を見せる事は弱味に繋がる」
「…………はい」
か弱き声で綾は返す。
傑の怒号と、綾への当たりの強さに楓は俯く。
対して葵は無関係と言わんばかりに無反応だった。
幼い頃から祖父は母に当たりが厳しいのは日常茶飯事だったからだ。
だからこそ、慣れてしまった。
「それと綾。後で私の書斎に来る様に」
「はい、分かりました」
出勤前の傑のいる書斎に綾は、訪れた。
数回ノックした後で書斎に入ると、訝しげな面持ちをした傑が自らの机に座り込んでいた。
誰にも強気な態度と発言をする綾が
今は借りてきた猫の如く大人しく傑の顔色を窺っている。
「重役の地位に座った者が、弱さを見せるとは何事だ」
「申し訳御座いません。お父様」
「心配されるなんぞ、無様で情けない。
守山家の人間たるもの、常に凛然と威厳を示さねばならぬ」
鋭い眼光。
低く嗄れた声で、一定の抑揚で告げる。
どことなく威圧感がある声音に綾は、いても立っても
いられない様な肩身の狭い気持ちになる。
「忘れていないだろうな。
己は既に昔、守山家の名に泥を塗った。
まだ足りないか。あの出来事以上に無様な様を晒したいか」
「とんでもありません!!」
反比例する様に、綾は叫ぶ。
握りしめた拳は震えているのに
眼光は誰かを噛み千切らんばかりに鋭い。
あべこべだ。
娘は喜怒哀楽が激しい。
「なら、守山家の人間である以上、いつも毅然とする様に」
「はい。以後、気を付けます」
綾は頭を下げる。
“あの時の失った信用を取り戻す為に”、綾は必死だった。
会長である父親の操り人形と後ろ指をさされても、
噂を流されても、構わない。
また父親に振り向いて貰えるのなら。
あの過去を、掻き消して貰えるのなら。
(あの子さえ………あの子さえいなかったら。
私は、こんな惨めな想いをする事もなかった)
ぎりぎりと奥歯を鳴らす。
結局、高速道路をドライブしただけで終わった。
道の駅の駐車場。麻緒はドアに頭を預けていると、
テイクアウトの食事を買い終えた響介が車に戻ってきた。
食事の前にと前置きした後に
「あとこれ。今、最も欲しいものだろうかと」
響介が差し出したのは、茶封筒。
一瞬でそれが、何物なのかは一瞬で分かった。
響介は表向き弁護士事務所の弁護士と活躍しながら、
その水面下ではそのずば抜けている洞察力により、
探偵事務所の所長を務めている。
氏名:守山 綾
生年月日:19✕✕年 3月1日
本籍地:東京都 港区
血液型:A型
エスケープクロックホールディングスグループ
2代目社長
家族構成:父・息子・娘
備考:守山財閥、守山傑の長女。
過去には社長補佐、課長、経て室長を務め、社長に就任。
丁重にページをめくる麻緒。
彼女の経歴や家族調査を念入りに見詰めていたが、
卒業アルバムの写真を見た刹那、目を丸くして思わず手が止まる。
(顔立ちが違う?)
その顔立ちは
大学生の辺りから徐々に変わって行き、
社会人になる頃には別人の様に様変わりしている。
初々しさを残したあどけない少女は、いつしか鉄仮面の様な女性に変貌を遂げていた。
「彼女は重度の醜形恐怖症と、整形依存症を患っている。
今は老ゆく自身を受け入れられず、若さへの執着の為に
美容整形を繰り返している。きっかけは分からないが………」
「……………」
美容クリニックの裏手から
忍んで出入りする守山綾の姿がある。
「夫は名家出身で、ジャーナリストだった。
彼女とは政略結婚だったが、
裏では守山財閥の秘密を暴こうとしていたらしい。
それを知った守山傑により彼は離婚され、社会から抹消された」
「……………」
麻緒は響介へ視線を遣った。
響介は頬杖を着き、やれやれとドアに肘を預ける。
その横顔や仕草にデジャヴを感じて、麻緒は思わず
視線を逸らし、髪で顔を隠す。
手腕が鋭い。聡明かつ博識ある毒舌家だが、
その容姿も容貌も、仕草も、響介は亡き兄の准に瓜二つだった。
10年前から他人の空似と思い込んでいるものの、
彼を見ていると不思議なデジャヴと
何処か胸が締め付けられる思いは拭えない。
「まあご参考程度に。
守山財閥は、何処までが本物で何が嘘か、
分からない嘘の宝庫だ。
…………麻緒。
何故、君はそんなに守山財閥に固執する?」
ずっと謎であり、疑問だった。
大人になった彼女は水面下で守山財閥を密かに調べている事を。
助手席にいる麻緒に問いかけても、彼女は俯いた。
端正な横顔が伺えるのみで表情は前髪に隠れて伺えない。
(………全てを知ってしまったからよ)
心の内でそう呟く。
心臓の鼓動が途切れる、その時まで諦められない。
捨てられてしまった命ならば、自分自身の望むままに生きる事が出来るのではないか。
“今は言えない”
携帯端末のメモ機能で、淡々と書かれていた。
「なにそれ?」
『“そういうこと”』
響介は苦笑する。
頑固とも連想する、芯の強さは相変わらずだ。
けれど内面に潜む何処か、いにしれぬ危うさと脆さが共存している。
「そうか。じゃあ、提案というか、相談だ。。
暫く探偵事務所の方の仕事、少し任せてもいいか。
弁護士業務が多忙になりそうなんだ」
敏腕弁護士のとして、涼宮響介は多忙を極めている。
引き取られたばかりの頃、探偵業に性を出していた彼の補佐として探偵の調べごとを麻緒も経験した事がある。
補佐としても、プロではない、自身は真似事をしているだけと
割り切っていたが。
「それに君がご執心の、
守山財閥の事も探る事が出来る メリットもある」
麻緒は、顔を上げた。
脳裏の片隅でも、という考えが過ぎる。
響介はニヒルな微笑みを浮かべながら、麻緒を伺っているが
やがて_____
“OK。解りました”
と返信がきた。




