過ぎたるは猶及ばざるが如し
再度、重荷を仕舞ってから廃棄された五階建ての総合病院に戻るも……
“絶対聴覚” の異能に頼り過ぎるのは皆の訓練的な意義を損なうと鈴城教官が指摘して、ミコトにはヴァネット先生謹製の特殊な猫耳専用イヤーマフが被せられ、黒豹型幻獣に由来する探知能力が制限された状態での活動再開と相成った。
装着対象の聴力が現化能力者の平均値になるという、事前に調整された耳当てを両手で押さえ、すこぶる不機嫌になった猫さんが琥珀色の三白眼で元凶の御仁を睨んでいる。
「…… やっぱり、碌なことしない。ずずしろ、絶対にゆるすまぢ」
「まぁ、大抵の場合に先手を取れるとか、緊張感が欠けてしまうわね」
「何かの拍子でばらけた時、足元を掬われそうだしな」
「確かに一理ある」
少し前を歩くオウカとソウジの意見は尤もで、ある程度の保険が付いている訓練で縛りを設けて、個々の成長を促すのは悪い手ではないとおれも思う。
ただ、生来の感覚を封じられたミコトは心許ないのか、とても挙動不審な全周囲警戒モードに突入しており、落ち着かない様子で頻りにびくついていた。
(可哀想な気もするけど、これはこれで本人の経験値になりそう)
時折、エイナ主任が言及している精神的な脆弱さを補う良い機会かもしれない。言わずもがな、猫さんの鈴城教官に対するヘイトは増したようだが。
親の心子知らずといった感じだなと苦笑しつつも、崩れた壁面や窓より差し込む陽光を頼りにして救急処置室など、本館一階及び二階の各部屋へ踏み入って野営予定地の安全確保に務める。
先程のホロウ・リッター以外は鼠とか、それを狩る何世代も前に野生化してワイルドになった大猫くらいしか出遭わず、階段を上がった三階も似たようなものかと思えば、小型幻獣の惨殺死体が半端に喰われている状態で転がっていた。
「ん~、これもディノニクスの類かしら?」
「いや、それよりも……」
外見を一瞥して種別に言及したオウカをあしらい、跪いた “鉄屑工房”の大剣遣いが獣脚類の身体に刻まれた幾つかの傷跡を調べる。
同じく引率役のセーナさんも屈みこんで、此方に分かり易いよう鉈状の短剣で特徴的な箇所を示してくれた。
「所々で肉が弾けているし、爆殺ね。何の仕業か答えられる?」
「うぐぅ… 細かい事はユウに任せているの、私に聞かないで欲しいわ」
ちらりと桜色の髪から小角を生やした御令嬢に困り顔で見詰められて、転ばぬ先の杖という事で調べておいた旧学術都市に潜む様々な幻獣種を脳内へ列挙する。
個室や暗がりの多い建物内、遺骸に残る痕を鑑みて体高2m、全長3mほどの脅威度が高い小型異形に当りを付けた。
「恐らく、ニトロ・スパイダーかと」
「何気に厄介なのがいるな」
若干、嫌そうな表情でソウジが発した言葉を受け、耳元を指さした猫さんが “これを外せ、すずしろ” と無言の圧力を掛ける。
冷やかな抗議の視線を向けられた当人は馬耳東風の如く無視して、幻獣の生態に関する専門的な学識を聞くため、自身が護衛しているエイナ主任を見遣った。
「流石に残留物だけでの断定は私にも無理ね、強いて言えばユウと一緒かな、不意討ちで三硝酸グリセリン含みの胆液を吐かれたら危ないと思う」
「ふむ、やむを得まい」
徐に一歩踏み出した鈴城教官が手を伸ばして、掴み取ったイヤーマフを引っこ抜き、抑制されていた猫耳を解放する。
仄暗い廊下で瞳をきらりと光らせて、“絶対聴覚” の異能を発動させたミコトは一瞬で極度の集中状態へと移行した。
「ん、十時の方角に直線距離で約23m、多脚の足音あり。逆側の対角線上にも幻獣一匹、動いてないけど息は荒いから、負傷してるかも?」
「と、いう事だ… 好きにしていいぞ、オウカ」
「じゃあ、硝酸蜘蛛を先に仕留めましょう」
比較的優秀な聴毛で空気の振動を探知して、糸の代わりに硝酸と硫化物が入り混じった液体を吐き掛けてくる幻獣は厄介なため、専用兵装の戦斧を握り直した鬼娘の判断は妥当と言える。
即時の行動ができるように意識を傾注させながら、用は済んだとばかりにイヤーマフを被せられて、また三白眼に戻った猫さんと並んで廃病院の廊下を十数秒ほど進めば、通路の端部に差し掛かった。
片手を突き出すことで、“待て” のハンドサインを送ってきたソウジが立ち止まり、ゆっくりと建物中央部の開けた空間を覗き込み… 慌てて顔を引っ込めた直後、乾いた音と共に小規模な爆炎が起こり、床面の一部が砕け散る。
「ちッ、待ち伏せてやがった」
「… この人数で歩いていたら已む無しだね」
舌打ちした悪友を諫めている内にも、ニトロ・スパイダーは吐き出した胆液でリノリウム製の建材を破砕して、此方を煽ってきた。
そんな状況下で死角に隠れたオウカが戦闘用ドレスのポケットを弄り、財閥陸軍制式の小さなステンレスミラーを放り投げてくる。
薄くて割れない逸品を掴み取り、裏面に付いたハンドルの角度と長さを調整した上で、標的の所在を探ると左奥側の天井付近に張り付いた状態から、狙撃位置を変えるべく慎重に動き出していた。
遅筆ながらも日々、筆を走らせています。
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