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第七話

 9月13日の朝。

 垂れ込める陰鬱な雲の下、美獣(びじゅう)軍は再び國朶鎮(こくだちん)を囲んだ。


 今日は戦死した啓殉覚(けいじゅんかく)に代わって喋織(ちょうしょく)朶巽楼(だそんろう)攻めに当て、南中門へは美獣自ら巨大な紅雪旗を背に追って、馬を進めた。

 美獣は名鐘の如き声で、

回酩(かいめい)の奴がうまくやって、内通者が多い。もう一押しで陥ちるであろう。」

 力強く宣言し、投石機を一斉に放ち、矢を射かけた。攻撃を受けた城方はしん、と静まり、如何にもおとなしく、戦意を失っているように見える。

 美獣は笑い、鋳鉄の軍配を振って、全軍に一斉射撃を下知した。


圃勒春(ほろくしゅん)様、せめて中軍に留まりください。」

 その頃、南中門の内側では、吼了欽(こうりょうきん)が馬上で、ひそひそと圃勒春を説得している。

「これから突撃というのに、士気を下げるようなことをお言いでないよ。」

 圃勒春は赤い口を大きく開き、これを一喝する。二人の背後には決死の騎馬隊50騎が並び、馬は皆(ばい)をふくんでいる。

「私は昨日だって、奇襲で啓殉覚の婆さんを討ち取ってるんだ。城主代が先頭に立たなきゃ、皆んな決死で突っ込めないでしょ!」

 吼了欽の脳裏に、昨晩闇のなかで思い詰めていた圃勒春の姿が浮かぶ。

「分かりました。ですが、(きり)の突端は吼了欽にお任せ下さい。圃勒春様は拙者の後ろに。」

「『金八光(きんはっこう)』吼了欽がそこまで言うなら、仕方ないわね。お前に付いてくよ。」

 圃勒春は黄塵に傷ついた甲冑をきしませながら、首をすくめる。

 そしてバン、と吼了欽の肩に手を置いて、力強く後ろを振り向いた。

「狙うは公子の首一つ。2分で獲れなきゃ、城に引き返すからね。」

 吼了欽以下、決死隊は圃勒春の言葉に力強く頷いた。


 南中門の外では美獣本軍がいよいよ攻め立て、数多の井闌(せいらん)から無数の陶弾(とうだん)を投げ込んでいる。

「押せ!」

 美獣が叫んだ時。

 バカッ、と南中門が開いた。


 また昨日の再現か。

 城方の突撃隊52騎が飛び出してきたのである。

 美獣軍は昨日の啓殉覚軍と同じように驚愕して攻撃の手を一瞬止め、南中門前に展開していた攻城の第一陣は虚を突かれて、駆け抜ける突撃隊の通過を許してしまう。第一陣は弓隊と、投石機等の射撃兵器を扱う工兵部隊から構成され、歩兵や騎兵は少なかったから、城兵の突撃に即応出来なかったのである。


 動転した攻城側の兵士が叫ぶ。

「き、金八光だ!」

 その次の瞬間、その者の首は飛んだ。

「あの紅雪旗を潰せ!」

 剣型八本の鍬形を曇天の下に光らせ、左手に長剣を掲げ、先頭の吼了欽は全速力の馬上から、号令した。


 しかし今日奇襲を受けるのは、啓殉覚ではなく因州公子、美獣である。

「第三陣、密集隊形!」

 美獣は冷静だった。

 眼前の歩兵部隊を突撃に備えさせる。


 だが、そこに突撃隊はぶつかっていった。

 吼了欽は長剣を左に薙ぎ、圃勒春は純白の盾に生えた鉄棘を突き出し、

「ぎゃっ」

 幾人もの血煙を曇天に吹き上げた。幾人も、突撃隊の馬蹄にかけた。美獣軍第三陣は前方を崩された。わずか52騎の突撃隊、しかも城主代自ら突っ込んできているのである。美獣軍としては、なんとしても討ち取らねばならぬ。

 突撃隊は第三陣の中盤まで食い込んだ。


 圃勒春と美獣の目が合った。

 美獣は冷静であり、ことさらに騒ぎたてもしない。

 一方の圃勒春もまた、冷静である。


「2分だよ!撤退!」


 その大きな目で美獣をひと睨みし、距離にして10mまで迫りながら、馬主を返した。

「奥方、公子はもうすぐそこですよ!」

 吼了欽には未練があるようだが、圃勒春は意に介さない。突撃隊は圃勒春の号令に従い、一斉に引き返した。馬蹄は南中門へ向かう。

 風のような奇襲。


「追うな!彼奴(きゃつ)らの奇襲は失敗したっ。」

 美獣もまた、自軍に言い聞かせる。確かに奇襲の被害は大したことなく、美獣の命も獲れず、目的を達せてない。

 だが。美獣は右手をぎゅっと握りしめ、その掌はじっとりと発汗していた。


 突撃隊を収容して南中門は閉まり、

 ガシャーン

 内から(かんぬき)がはめられた。


 その後、攻城側は奇襲によって気圧されたのか、生彩を欠き、10時前には撤退した。



――――――――――――――――――――



 11時。

 美獣軍が包囲を解き、宿営地へ早々に引き上げたため、國朶鎮の籠城側も、城壁防備兵以外は一度軍装を脱いで、兵舎等各々の場所へ戻っている。


 吼了欽もまた、城主府の自室で甲冑を外していた。圃勒春から軍議に呼ばれている。

(軍議とはいえ、太凍(たいとう)殿や廃政(はいせい)殿はまだ城門警護中だからな。講堂にいるのは、自分と奥方、それと唱来昔(しょうらいせき)殿くらいであろうな。)

 「金八光」の兜をとって卓の上に置き、少しうつむいて鎧の留め具を外そうと脇腹あたりに手をかけた時、

「吼了欽、いるか。」

 という声と、扉の開く音が聞こえた。

「おお。忞番対(ぶんばんたい)か。さっきも言ったがわしは圃勒春様に呼ばれ」

 そこまで言ってから、吼了欽はやにわに顔を上げた。


 殺気を感じたのである。


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