第壱話
「吼了欽。そっちは無理だっ」
金色の兜越しに、忞番対の怒鳴り声が届く。
「だめだ。俺、突っ込むよ。」
吼了欽は振り返らず、よく通る高音で返答する。右手の長剣が血でぬめり、しっかりと握り直す。
吼了欽の澄んだ瞳の前には、汚ならしい盗賊どもが、雲霞の如く展開していた。
(忞番対、すまん。しかし捨て置けぬ。)
忞番対には吼了欽を護衛する役があり、この突出した行動はちょっと可哀想だった。彼は、吼了欽の後頭部を虚しく見送っているのであろう。金色に輝く吼了欽の兜。後ろから見ても、鍍金した剣型の鍬形が八本、放射線状に尖り出ているのが、見えているだろう。
金八光
この八本の角に由来する、吼了欽の別称である。
「むっ」
左後方に殺気を感じた。反射的に刀剣を左手に持ち直し、振り向きざまに一閃した。
ガアーン
という音ともに、刀が回転しながら空に飛んだ。
吼了欽の背を襲った敵兵の刀は、強烈に撃ち返され、弾き飛ばされたのである。
「馬鹿が。俺の利き腕は、左よ。」
吼了欽は敵兵に躍りかかり、左に握った刀を振り下ろした。振り向きざまの強烈な払いに驚き、痺れた手を所在無げに開いた敵兵は、今度の剣撃を真っ向に受け、為す術なく唐竹割りに斬り下げられた。
吼了欽は、兜の前頭部に生える八本の角を、日光の下にギラつかせる。
夏の戦場。
周囲の敵味方、思わず手を止め、吼了欽の鮮やかな手並みを眺めたことだろう。
十mも先には敵の盗賊軍が密集している。そして、そのはるか向こうに翻る蒼い旗幟。
「磐」の一字が黒く染め抜かれているのが、遠望できる。
「磐周挿さまぁ!吼了欽、即時御支援せぇんっ」
吼了欽は吠えた。
陽射しを一身に受け、目庇の下から汗をほとばしらせ、切長な目、爽やかな濃茶の瞳、その鼻梁も輪郭も細く華奢ながら、赤く開いた口から放たれた咆哮は辺りに響く高音、その場にいた誰しもが強靭なる若武者の存在を痛いほど認識した。
眞暦1806年8月10日。
因州中部の茫漠としたこの丘陵地帯には囮丘という名があるが、今はともかく何かしらの戦場となっている。
盗賊の群れに戦を挑む、何処かの兵団。
そしてこの「金八光」吼了欽なる若武者も何者か。
皆、この誌面にて、以後語られていくこととなろう。
しかし今は兎に角。
その叫びで戦場を硬直させた吼了欽は、左手に長剣をしっかり握りしめ、眼前に広がる敵大隊に単身駆け込んで行くのであった。
黄金の兜に、夏の陽光を煌めかせながら。