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鬼の雨

江戸時代の「明和の大火」を描いたヒューマンドラマです。

 三人で、ぶらぶらと町歩きをしながら喋っていた。


 私と、養生所見廻り与力の三好が喋りながら歩いており、その後ろを道具箱を持ったおなつがついてくる。


 養生所見廻り同心の樋口もついて来ると言ったが、大人数で訪ねて、相手が身構えてもいけないので、三人で出掛けることにしたのだ。


 北町奉行の曲淵も、火付盗賊改方頭の長谷川も、「引き回しのうえ火罪」という厳しい御仕置きは、決して覆ることがないと言い切ったが、私が「自らを納得させる為に、亀井家の話も聞いてみたいのです」と願い出ると、「好きにしろ」と、止められることはなかった。


 そればかりか、曲淵に至っては「旗本との面会は、色々と厄介事が多いので、こちらから連絡を入れておいてやる」とまで言ってくれたのだ。


 三好が、先ほどの会話を繰り返しながら問い掛けてきた。


「では、お奉行と長谷川様が必死に減刑を願い出たにも関わらず、田沼様の御裁許が得られなかったというのですか?」


 私は、前を向いたまま頷いた。


「はい。建前は、大火の被害が大き過ぎるからと、長谷川様直々のご報告でしたが、裏では様々な綱引きが有ったと思います」


 背の低い三好が、上背の有る私を見上げるようにして、再び問い掛けてくる。


「どうして、そう思われるのです?

奉行所でも、当然の御仕置きだというのが大方の見方でしたが…」


 私は、三好にも見えるように胸の前で人差し指を立てた。


「理由は三つ有ります。

一つ目は、与力の矢部さんでも事が足りるのに、わざわざ自ら足を運んで報告に来た。

火付盗賊改方の頭がですよ…

何かしら、罪悪感が有るのだと思います」


 次に中指も立てる。


「二つ目は、私に真秀さんが出家した経緯を詳しく喋ってくれました。

普通なら、関係者以外には喋りませんよ。

しかも、今回は五百石の旗本である亀井家が深く関わっているのです。

旗本といえば長谷川様のお仲間でしょう?

旗本の威信に関わる問題ですよ」


 三好は何度も頷きながら聞いていた。


 私は、最後に三本目の薬指も立てる。


「三つ目は、長谷川様から大量の雨が吹き出ていました。

初めて、長谷川様とお会いした時、雨は適量だったにも関わらず…」


 この言葉に、さすがの三好もハッと顔を上げる。

おなつも、心配そうに私を見上げていた。


 三好が、「何故なのでしょう?」と素朴な疑問をぶつけてきたので、私も正直に答える。


「長谷川様が、何らかの悪事に加担しているか、もしくは、それが悪事でなかったとしても、強い罪悪感や、後悔の念を持っているからでしょう」


 三好が珍しく、私を咎めるように強い口調で訊ねてくる。


「長谷川様に、治療をされないおつもりですか?」


 私は首を振りながら、「そんなつもりはありません」と前置きしてから、「本人が治療を望んでおられないのです」と言い切った。


歩みを止めた三好が、私の左手を掴んでくる。


「どうしてですか?」


 私は、三好の右手をそっと外しながら打ち明けた。


「お忘れですか?

雨供養を受けると、患者の秘密が治療師には筒抜けになってしまいます。

長谷川様は、誰にも知られたくない秘密をお持ちなのでしょう」


 諦めて、再び歩き出した三好が、「長谷川様の病状は篤いのでしょうか?」と聞いてきたので、「あの邪気の量では、一年ともたないと思います」と宣告したので、二人の大きな溜息が聞こえてくる。


 すると、何か思いついた三好が「通常の雨祓いであれば、完治はなくとも、時を稼げるのではないでしょうか?」と提案してくれた。


 しかし、その言葉にも静かに首を振る。


「長谷川様は、自らの雨に気付いておられました。

お帰りの際に、俺の中から雨が溢れているだろう?とおっしゃったのです。

私は素直に、はいと答えて、治療をお望みですか?とお聞きしたのですが、長谷川様は笑いながら、おいらには罰が必要なのさ。とおっしゃいました」


 目的地に到着したので、私が立ち止まると、場所を心得ている三好が俯いたまま、「覚悟の前という訳ですか…」と呟いてから、弱々しい笑顔を向けてくる。


 そして、気を取り直して「行きましょうか」と、亀井家の屋敷に訪いを入れたのだ。

最後までお読み頂き、本当にありがとうございます。

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