表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/29

白川流霊枢治療

江戸時代の「明和の大火」を描いたヒューマンドラマです。

 暗い座敷に香が焚かれ、一人の大柄な侍が奇妙な格好で座らされていた。


 侍は、正座した膝の上に丸めた布団を乗せられて、その布団を抱える様にこうべを垂れている。


 張り詰めた空気の中、濃紺の作務衣を着た男だけが、まるで鼻唄を唄うように、何の緊張感も漂わせずに動き回っていた。


 その背後には、養生所見廻り与力の三好次郎左衛門と三人の蘭方医が控えている。


 先程から、準備を進める作務衣の男に三好が、「白川殿、白川流霊枢治療の雨祓いは、門外不出の秘伝と聞き及んでおります。我らごときが立ち会っても問題ないのでしょうか?」と何度も確認していた。


 その度に「問題ありません。いつまでも秘伝、秘伝と、門を閉ざすような時代ではありませんから」と作務衣の男が断言するのだが、それでも落ち着かない様子の三好は、一人で右往左往している。


 それよりも、張り詰めた空気は三人の蘭方医から発せられていた。


 坊主頭の蘭方医が隣の若い総髪の蘭方医に向かって、興奮を抑えながらも声を落として囁くように話し掛ける。


「中川さん、お聞きになりましたか?

朝廷医療の至宝と謳われる白川流霊枢治療の雨祓いが、今から行われるようです」


 中川と呼ばれた総髪の若い蘭方医も、緊張を隠せない様子でガクガクと頷いていた。


「ええ。本日の腑分けが事故により取り止めになったと聞かされた時は、無駄足を踏んでしまったかと肩を落としましたが、その代わり、白川流霊枢治療を目の前で見学できるとは、まことに僥倖ぎょうこうと言わざる得ません」


 しかし、その言葉を耳にした年嵩の総髪が落ち着いた様子で言葉を返す。


「杉田さんも中川さんも、何をそう興奮することが有るというのです。

白川家といえば、大昔に朝廷から全国の神社を支配する神祇伯じんぎはくに任じられて、代々王号の世襲を許された家柄ですが、その権勢も今は昔、徳川様の御世みよとなり、諸社禰宜神主法度しょしゃねぎかんぬしはっとが発布されると、権力とは無縁の名ばかりの名家に成り下がりました。

その経緯から考えても、白川家に代々受け継がれてきた怪しげな治療なんて、お祓いの類いと何ら変わりませんよ」


 しかし、中川と呼ばれた若い総髪は静かに首を振った。


「前野さん、私はそうは思いません。

元々、白川家が朝廷で重んじられてきたのは、唐最古の医学書、失われた黄帝内経こうていだいけいを弘法大師様から密かに受け継ぎ、そこに記されていた秘伝を基に、白川流霊枢治療を生み出したからです。

それが誠であれば、その来歴から鑑みて、白川流霊枢治療が本物だと言わざる得ません。

しかも、今から蘭語の医学書を和解しようと考えている我らよりも、遥かに進んでいると思いませんか」


 大きく頷いた坊主頭の蘭方医も、「確かに、先進的だといわれる蘭方医学も、肉体的な治療に偏っています。本来、肉体の健康とは、その基となる、心の有り様に大きな影響を受けるのです」と力説する。


「もし、評判通り白川流霊枢治療が心の有り様まで治せるとすれば、それは凄いことだと思いませんか?」


 しかし、その言葉が終わらない内に、作務衣男が、今まで聞いたこともない呪いまじないことばを唱え始めると、大柄な侍のうなじに突き刺さった鍼の尻から、白く光る霧が噴き出してきた。


 その異様な光景に、作務衣の男以外の四人は「あっ!」と驚きの声を上げる。


 しかも、驚いたことに噴き出した霧は、まるで生き物のように空中をクルクルと彷徨い始めたのだ。


 それは、禍々しくも幻想的な光景だった。


 すると作務衣の男は、その霧にゆっくりと顔を近づけて、深呼吸をする要領でその霧を吸い込み始める。


 それを目撃した三好は、驚きと共に「私が聞き及んでいた雨祓いと手順が違う」という呟きを漏らしていた。


「取り出した邪気は、その場で焼き祓うのが鉄則だと聞いている。

まさか、取り出した邪気を自らに取り込んでしまうとは、そんな危険な行為が許されているのだろうか…」


 全ての霧を吸い込み終えた作務衣の男は、内側から込み上げてくる激痛に一瞬顔を歪めたが、大きな身震いをすると、その顔に不適な笑みを浮かべたのだ。

最後までお読み頂き、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ