第1話 記念祝宴
「おい、今日は大事な記念祝宴の場だ、もう少し愛想よくしろ。
笑顔の1つでも見せたらどうなんだ」
ため息混じりの低い声がして、私は真横に振り返った。
そこには、美しい金髪とエメラルドの瞳の美形がいた。
クロード・アルセリオ、この国の王太子殿下にして、この私、エレナ・バーミリオンの婚約者である。
私はゆっくりと顔を上げた。
「……笑顔、ですか」
「そうだ、婚約者として当然だろう。
そんなに社交界の場がつまらんか?」
王太子は私を睨みつけると、静かにそう言った。
私は静かに息を吐く。
社交界の場が楽しいかと聞かれれば、とても楽しいとは言えない。
私にとって祝宴や夜会は次期王太子妃としての公務の1つでしかないのだから。
それに、私は疲れていた。
王太子に押し付けられた膨大な量の行政書類の確認と推敲に日夜追われて、私の疲労感はピークに達していた。
王太子の言うように、さぞかし私の顔は疲労感でやつれ、つまらなさそうな顔をしていただろう。
「 ですが、クロード様。婚約する際にもお話しした通り、私は、社交界や人と接するのが苦手なのです。
人と話すのも、笑顔を見せるのも。
その事を承知の上で私と婚約したのではないのですか? 」
そう、私は、対人関係が苦手である。
王家からの婚約の打診があった際も、私は社交性を理由にして一度お断りさせていただいた。
だが、我がバーミリオン家との政略的な繋がりを強く求める王家は、私の意思を無視して、圧力をかけて強引に婚約を成立させてしまった。
「うるさい!!黙れ!!いつも言い訳ばかりを並べて!!おまえは私や我がアルセリオ王家の命令にだけ従順に従っておればいいのだ!!」
王太子が怒りに任せて私を罵倒した。
その瞬間、私の頭の中に電流が走り抜け、膨大な量の情報が流れ込んできた。
蛍光灯の光。
満員電車の匂い。
自室のベッドで、スマートフォンの画面越しに読んでいた一本の乙女ゲーム――。
様々な映像が脳内を駆け巡る。
そして、その時私は前世の記憶が蘇り、生前日本という文明社会に住んでいた異世界転生者である事に気がついた。
しかも、ただの異世界転生者ではない。
乙女ゲーム、『魔法世界の銀水晶』に登場する、主人公がどんなルートを選択をしても最終的には破滅フラグしかない悪役令嬢に転生していたのだ。
「 エレナ!!エレナ!!聞いているのか!!」
王太子の声で、私の意識は引き戻された。
「エレナ!!」
何度も私の声を呼ぶ王太子の声が、非常に耳障りだ。
周りの貴族たちが、クロード殿下の怒号に反応してこちらを見ている。
「 静かにして下さい。クロード様 」
「何だと!?」
「良いのですか?周りが見ていますよ」
「くっ!!」
私の一言で周囲の視線に気がついたクロードは、私に怒鳴るのを辞めた。
「この話は、また後でするからな」
そう言って、クロードは私から離れてほかの上級貴族の元へと歩んでいった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
私はテーブルの上のシャンパングラスを手に持つと、それを一口飲んだ。
そして、上級貴族の子息や有力者たちと談笑するクロードを冷めた目で見ていた。
婚約の打診が来た時、始めはクロードの王太子妃になる事を嫌がっていた私だが、クロードに対して全く好意や恋愛感情がなかったかといえば嘘になる。
彼との婚約を避けていたのは、社交界の場や王太子妃としての責務を負いたくなかったからであり、クロードの事が特に嫌だった訳では無い。
むしろ、彼には1人の男性として惹かれる部分もある。
最高級の容姿や王族の持つ潜在的な知性と魔法の素質。
強い自信と野心的な性格は、女性なら誰もが惹きつけられる魅力がある。
しかし、前世の記憶が蘇った今、それらの想いは全て消え去ってしまった。
素晴らしい王族の能力や魔法の素質などを受け継ぎながら、努力してそれらを伸ばそうとしない怠惰な性格。
今まで野心的だと思っていた性質は、ただの傲慢さの現れに過ぎなかった。
そして、婚約者がいながらヒロインの主人公と逢瀬を重ねる不誠実さー
王族としての地位や受け継いだ能力、秀でた容姿がなければ、最も愚かで軽蔑するべき人格の持ち主である。
☆☆☆☆☆☆☆☆
クロードがシャンパングラスをテーブルに置くと、上流階級の貴族たちとの輪から離れていった。
クロードが自分の都合で貴族たちとの会話を打ち切ったのだ。
そして、1人の少女の前に向かって行った。
そこにいたのは、銀色の髪を持つ可憐な少女。
『魔法世界の銀水晶』の主人公アリスである。
アリスが頬を赤らめ、上目遣いでクロードを見つめている。
それは恋する乙女の恥じらいの表情である。
とても婚約者のいる男性への、しかも王族の人間にする表情ではないが、平民出身の天真爛漫な性格の彼女には、罪悪感もなく、王族と恋をするという事の意味もわからないのかもしれない。
そして、アリスのその表情を見たクロードが、歓喜を堪えきれずに愉悦の表情をする。
さらに、何とアリスの髪を撫でると彼女の頬に口づけをした。
クロードめ!!正気か?
クロードに対する情愛は冷めた私だが、変わりにこの男に対する強烈な怒りが湧いてきた。
挙げ句の果に、クロードはアリスの手を引くと、彼女を引き連れて上流貴族のたちの方へと向かっていく。
アリスを貴族たちに紹介するためだ。
クロードが貴族たちに声をかけた。
次に、アリスが笑顔でカーテシーをする。
その後、クロードはアリスの腰に手を当てると、貴族たちと談笑を始める。
2人はもうすでに、相思相愛の恋人同士といったところか?




