避雷針
しかし、不条理な非日常は、これほど凄惨な破壊すら一瞬で置き去りにした。
ピキ、と焦げた肉塊が不自然にひび割れる。驚くべきことに、その原型をなくした肉の隙間から、ドロリとした黒い影が這い出てきた。
その未歯の手には、いつの間にかナイフが握られており、不気味に鋭い刃の輝きを静かに放っていた。
その様子を冷ややかに見つめていた『激安』の妹は、
「私のか?」
と、退屈そうに耳の針ピアスをジャラリと鳴らした。
その問いかけに答えるように、黒い影から再び猫の耳と尻尾を生やした未歯の姿が、生々しく這い上がってくる。
「感謝、感謝」
未歯は、自分の身体を炭化させた1億万ボルトの雷撃にすら感謝を示し、心底嬉しそうに何度も頭を下げた。
「未歯が持ってるのこれ、なーんだ?」
未歯は、妹が出したそのナイフをひらひらと掲げて見せながら、無邪気で底の知れない声を響かせした。
次の瞬間、未歯は手に握っていたナイフを上空に向けて何本も投げつけた。
ナイフは空中であり得ない数に分裂し、病室の天井を埋め尽くすほどの凶悪な刃物の雨となって、浮遊する先輩の身体へと殺到する。ナイフは先輩の肉体を切り裂くのではなく、彼女が纏っていた電気の障壁に突き刺さった。
だが、それこそが狙いだった。
「ナイフごときでやられる訳なかろう」
突き刺さった無数のナイフが、まるで巨大な避雷針のように機能し、鳧先輩が蓄えていた凄まじい電力を外部へと一気に引きずり出し始めたのだ。
「――が、あ、あ、あああッ!?」
制御を失った電気が先輩の身体から流れまくり、眩い閃光がその全身を襲う。
自身の1億万ボルトの残響に脳を直接焼き焦がされ、あれほど尊大マキシマムだった先輩は失神し、白目を剥いてベッドの上へと力なく崩れ落ちた。
「あわあわ……っ!」
鳧先輩のまさかの敗北に、私がただただパニックになって取り乱していた、まさにその時だった。
「いたたた……」
ナイフを投げて先輩を失神させた張本人である未歯の口から、そんな気の抜けた声が漏れ聞こえてきた。
見れば、先ほどの1億万ボルトの雷撃で「原型がない」状態まで消し炭にされていたはずの彼の肉体が、あり得ない速度で蠢いていた。彼が
いたたた
と顔をしかめて呟いた瞬間、焦げて剥がれていた皮膚や肉組織が生き物のように急速に結合し、目に見えるスピードで顔からすべて直っていく。
猫の耳も、尻尾も、尖った犬歯も、何事もなかったかのように一瞬で元通りに再生してしまったのだ。
しかし、衣服だけは先ほどの凄まじい雷撃の熱で完全に消滅し、なくなってしまっていた。
「……ちょっと、これ借りますね」
未歯は顔から全身を完璧に治し終えると、何事もなかったかのようにすっくと立ち上がった。空間に転がって血を吐いている満身創痍のビイビリに近づくと、彼の服――
ビイビリの上着を羽織った。
自身の衣服がなくなってしまったため、抵抗する元気もないビイビリの上着を容赦なく剥ぎ取り、自分の身体へとパサリと羽織ったのだ。
「――そりゃ死ないよね」その様子を見ていた『激安』のロゴを着た妹が冷酷に呟いた。彼女は手元に新たなナイフを出現させて強く握りしめている




