13話
地下神殿が震えていた。原因はハルトだった。
銀髪からあふれた魔力が冷気へ変わり、石床を瞬く間に凍らせる。祭壇も石柱も天井も、白い霜に覆われていく。
ザルハーン王国の兵たちは、誰一人として近づけなかった。
ハルトの怒りが、そのまま魔力になっている。
サリーナは祭壇の上からその姿を見つめていた。
見たことがないほど怒っている。
それでも、自分を見る目だけは優しかった。
ハルト「怪我は?」
サリーナ「ないよ。」
ハルトは短く息を吐いた。
それだけで、少しだけ肩の力が抜ける。
だが次の瞬間には、もうジックへ視線を向けていた。
空気がさらに冷える。
ジックはそんなハルトを見て、薄く笑った。
ジック「随分嫌われたものだ。」
ハルト「当たり前だろ。さーちゃんを二回も攫ったんだからな。」
ジック「少し違う。」
ハルト「何が。」
ジック「今回は契約に呼ばれただけだ。」
ハルトの額に青筋が浮かぶ。
ハルト「だから許されると?」
ジック「思っていない。」
ジックはあっさり認めた。
そして、初めて真剣な顔になる。
ジック「だが必要だった。」
サリーナが眉をひそめる。ハルトの目も細くなった。
ジックは祭壇の紋様へ視線を落とす。
ジック「この契約を完成させなければ、ザルハーンは滅ぶ。」
ハルト「嘘つけ。」
ジック「嘘ではない。」
その声に、いつもの余裕はなかった。
サリーナは気づく。
この男は、何かを隠している。
ジックはゆっくりと口を開いた。
ジック「百年前。ザルハーン王家は呪いを受けた。」
ハルトは黙って聞いていた。
ジック「王族の魔力が、代を重ねるごとに枯れていく呪いだ。」
サリーナが息を呑む。
ハルト「今の王族は?」
ジック「俺が最後だ。俺の代で終わる。契約の儀は、本来その呪いを抑えるためのものだった。」
サリーナは祭壇を見た。
だから、あれほど執着していたのか。
だがハルトは、少しも揺らがない。
ハルト「だからって。さーちゃんを利用していい理由にはならない。」
ジックは答えない。
反論できなかった。
それが事実だからだ。
ハルトは一歩前へ出る。
足元の氷が音を立てた。
ハルト「事情なんてどうでもいい。俺にとって大事なのは、さーちゃんだけだ。」
ジック「本当にお前は変わらないな。」
ハルト「お前に言われたくない。」
その瞬間、ハルトの周囲に無数の氷槍が現れた。
数十。数百。
神殿を埋め尽くすほどの冷気が、殺気とともに立ち上る。
兵士たちの顔が青ざめた。
ジックも表情を引き締める。
ジック「交渉は終わりか。」
ハルト「最初からする気ない。」
氷槍が一斉に放たれた。
轟音が走り、神殿が揺れる。
ジックの前に砂の壁が幾重にも展開される。
だが、一枚、二枚、三枚と、氷槍は次々に砕いていく。
砂が舞うより早く、氷が押し潰した。
ジックは後方へ飛び退く。
「化け物か!」
ハルト「知ってる。」
即答だった。
さらに氷の刃が襲いかかる。
ジックも砂嵐を巻き起こす。
氷と砂。
相反する魔法が激突し、爆発音が神殿中に響き渡った。
サリーナは思わず身を乗り出す。
どちらも本気だった。
だが、押しているのは明らかにハルトだ。
冷気は砂を凍らせ、砕き、押し流す。ジックの防御は崩されるたびに組み直されるが、その速度を上回る勢いで氷が迫る。
その時だった。
祭壇の契約紋が、突然強く光った。
全員が動きを止める。
光は神殿全体へ広がり、床の紋様を赤く染めていく。
嫌な予感が走った。
ハルトは即座にサリーナへ駆け寄る。
ハルト「さーちゃん!」
だが、遅かった。
祭壇中央の古代文字が次々と輝き始める。
ジックの顔色が変わる。
「まずい。」
ハルトが睨む。
「何だ。」
ジックは初めて焦った表情を見せた。
「契約が暴走している。」
神殿が大きく震える。
天井から砂が落ち、床の紋様が赤く脈打つ。
そして祭壇の奥、誰も触れていないはずの巨大な石扉が、ゆっくりと開き始めた
ゴゴゴゴ……。
重い音が響く。
その奥から現れたのは、禍々しい黒い魔力だった。
ジックの顔から血の気が引く。
ジック「そんな……。」
ハルト「何だあれ。」
ジック「百年前にザルハーンへ呪いをかけた存在だ。」
沈黙。
次の瞬間、石扉の奥から低い笑い声が響いた。
『ようやく開いたか。』
神殿中の空気が凍り付く
ハルトでさえ、本能的な危険を感じた。
それでも彼は迷わない。
サリーナを自分の後ろへ庇う。それだけは、即座だった。
黒い魔力が蠢く。
不気味な笑い声が神殿を満たした。




