48 神造青汁
フロックス達の馬車は街道を外れ、草の中を進む。整備された道でないため揺れは大きい。
幌付きの馬車だが、天気が良いので前後の部分は開け放っている。左手に川、右手に森が見える。
フロックスは聞こうか、聞くまいか、迷っていた。
ダンジョンでアニタを助けてくれた4人パーティーのことだ。フードで顔を隠していた女性はスティナに見えた。
アニタが何も言わないから、聞かない方が良いのかもしれない。そう思っていたが、やはり気になる。
「なぁアニタ、突然蒸し返してすまん。助けてくれた4人パーティーのフード被ってた人、スティナだよな?少し肉付良くなってたけど骨格が彼女だった」
結局、聞くことにした。はぐらかされれば、それ以上追及はするまい。
「骨格って……フロックス気持ち悪い。うん。スティナとライノだよ。気付かれてなければ黙っててって言われたから黙ってた」
「やっぱりそうか。足向けて眠れないな」
有り難い話だ、素直にそう思う。
「凄いなー。アニタ回収して未踏領域から帰還でしょ。やばくない?」
レベッカが人差し指で頭を掻きながら言った。
「うん、完全に別世界の強さだった。極域魔法も使ってた。噂になってるオパールワーム倒した冒険者、たぶんスティナ達だよ」
アニタはしんみりした声で返す。
「凄いな」
遠い、とフロックスは思った。
それは……英雄というやつだ。
と、そのとき御者をしているヘルヴィが叫んだ。
「フロックス! なんか森から出てきた、たぶん野盗だ!」
フロックスは立ち上がり、身を乗り出して前を見る。
前方に男が7人、剣や弓で武装している。服装は粗雑で真っ当な集団には見えない。いかにも野盗だ。
まだ少し距離がある。
「マルケッタ防御詠唱! ミラ、シーラ攻撃準備! レベッカ後方警戒!」
フロックスは指示を出す。仲間の動きは早い。すぐさまミラは弓を取り、シーラは杖を構える。
前方の男達のうち2人がこちらに向けて弓を構える。一方的な攻撃動作、野盗確定でいいだろう。
「防御展開!」
フロックスが叫ぶと薄い光の壁が生じ、同時に矢が放たれる。
矢は光の壁に当たり、弾かれる。
「ミラ、シーラ撃て」
ミラは矢を放ち、シーラは初級魔法の火炎弾を放つ。狙いは弓を構えた2人、どちらも綺麗に命中し、野盗が倒れる。
「後ろからも来た! 馬に乗って3人」
レベッカが叫ぶ。
「ヘルヴィ、馬車を止めろ」
フロックスが指示するとヘルヴィは「分かった」と言って馬を操り、制動を始める。
ミラは次の矢をつがえ、シーラも火炎弾を形成する。第2射、同じく命中。これで前方の敵も残り3人。
「ミラとシーラは後ろの敵を! レベッカは俺と一緒に前へ!」
そう叫ぶとフロックスは馬車から飛び降り、剣を抜くと前方の野盗達へ向かって駆け出す。
レベッカも同様に飛び出し、横に並ぶ。
前方の野盗は3人とも粗雑な曲剣を持っている。防具の類いはなさそうだ。
馬車からの反撃を想定していなかったのか、混乱した様子で腰が引けている。
フロックスは真ん中にいた野盗に駆け寄り、剣を全力で振り下ろす。
野盗が斬撃を防ごうと曲剣を横に構えるが、体重の乗った一撃はあっさり曲剣を弾き、そのまま頭を叩き割る。
フロックスは剣を振り上げつつ、踏み込み右側にいた野盗を横薙ぎに斬りつける。動揺していた野盗の胴体を深く抉る。
レベッカも野盗の攻撃を危なげなく躱し、短剣で喉を切り裂いていた。
前を片付けたフロックスは後ろを振り返る。馬に乗った野盗2人が逃出したところだった。1人と馬1頭は地面に倒れている。
逃げる背中にミラの矢とシーラの火炎弾が放たれる。2発とも同じ野盗に直撃、転がり倒れ、動かなくなる。
最後の1人は森へ逃げ込む。
あっさりと戦闘は終わった。
「よし、警戒しながら先に進もう」
馬車に戻ったフロックスがそう言うと、ヘルヴィが馬車を動かす。
フロックス一行は移動を再開した。
◇◇ ◆ ◇◇
都市クーシュタ、いつもの酒場に俺達はいた。アニタ救出作戦から王都を経て、やっと帰ってきた。
4人で囲む丸テーブルは実家のような安心感。
店員さんが頼んだ麦酒を持ってきてくれる。よく冷えた美味しいエール。
「あれ?」
レピアス様がきょとんとした顔で声を出す。何かと思って目をやると、レピアス様の前に置かれたのは麦酒ではなかった。謎の深い緑色の液体だ。
「あの、店員さんこれ?」
「はい。ご注文の麦酒ですが」
店員さんの様子に変わったところはない。彼女はこの緑のナニカを麦酒と認識しているようだ。強烈な認識操作?
と、テーブルの上、空中に文字が浮かび上がる。知らない文字なのに、何故か読めるレピアス様の上司からのメッセージだ。
『ズルするレピアスをこの程度で許してあげる私マジ女神〜。ゲロマズ青汁一気に行こう』
「あは。あはは」
レピアス様の乾いた笑い。
そうか、忘れてた。黒い狼倒した時の『俺一人の平均はライノですね』っていうトレニア発案のズル。
この程度なら慈悲深い……のか?
「こ、これ、凄いですよ。私の権能でも一切変化させられません。この世界最強の物質です。千年放置しても変質しないし、極域魔法どころか神域の奇跡撃ち込んでも不変。味覚の改変や遮断も無効化されます」
声の震えているレピアス様。
神の力って何だろう。ああ、レピアス様も前に言ってたな「どうでもいい事なら何でもできる」って。
それにしても凄い色の液体だ。
「レピアス様ちょっと臭い嗅いでも良いですか?」
「ええ、どうぞ」
緑色の液体が満ちたグラスを手に取る。右手で扇いで鼻元へ空気を送る。
沼の藻を煮詰めて発酵させたような臭いがした。もちろんそんな物嗅いだことないが、そんなイメージだ。これはヤバい。
「ライノ、私も」
スティナが言うので手渡す。俺と同じように臭いを嗅ぐスティナ。瞬間、目がグワッと見開かれ、顔が歪む。初めて見る表情だ。
スティナは無言てそれをトレニアに渡す。
「まぁ、錬金術で変な臭いは慣れてますよ」
そう言って直接臭いを嗅ぐトレニア。「ンァボ」という謎の呻きを残し、白目をむいて、崩れ落ちる。
これ、駄目なやつだ。
『裸踊りでもいいよー』
糞上司殿のメッセージ。
俺は大きく息を吸う。レピアス様にこんな物を飲ませる訳にはいかないし、裸踊りをさせる訳にもいかない。
俺はグラスをむんずと掴むと、息を止め、口を開け、緑の液体を喉に流し込んだ。
殴られた、そう感じた。青臭さと生臭さが、えぐ味と酸味が、俺の脳を蹂躪する。これは暴力だ。
人間に生み出せるマズさではない。おぞましい神造汁に意識が飛びかける。
だが、負ける訳にはいかない。歪む視界、崩れる平衡感、荒れ狂うマズさ。ただ、ひたすらの意志力で喉を鳴らし続ける。
僅かにでも気を抜けば吐く。胃からせり上がろうとするモノを抑え付け、飲み続ける。
レピアス様が何かを叫んでいるが、聞き取れない。
味が苦しい。舌を毟り取りたい。喉を焼きたい。鼻の奥には腐った沼が渦を巻く。
それでも何とか、全てを飲み込む。吐かないように、手を拭く用の布を口に詰め両手で押える。
そこで、俺の意識は途切れた。
◇◇ ◆ ◇◇
目を覚ますと宿のベッドの上だった。
「おはよう?」
「ライノ! 良かった。なかなか意識が戻らないから心配したよ」
ベッドの脇には目を潤ませたスティナ。腹部に違和感と不快感は残っているが、大丈夫そうだ。
視線を巡らすと、レピアス様とトレニアもいた。
「良かった。ライノくん、無茶し過ぎですよ」
「ごめんなさい、ライノさん。私が発案したズルなのに」
さて、レピアス様じゃなくて俺が飲んでしまったけど、あれで赦されるのだろうか。
もう一杯レピアス様用が出てきたら頑張り損である。
「あの、上司様、これでクリアにして下さい」
俺は素直にそう頼んだ。きっと口に出せば向こうには伝わるだろう。
『ぐひゃひゃ。レピアス慕われてるねぇ。女神様は女神だから赦そう』
空中に浮かび上がる文字。良かった。
これで、アニタ救出作戦は後処理含め、完全に完了だ。
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執筆初心者ですが、頑張ってみますので、よろしくお願いします。
年度始めも忙しい。




