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昔から、正義感の強い男だった。
それは良い所でもあり、悪い所でもある。
そもそも、正義というものの定義がハッキリしない状況では、その強すぎる正義感は、相手に自身の『正義』を押し付ける事しかしないのだ。
「それでも、思う所はあるんだろ?」
そう聞かれて、鼻で笑いそうになった私は、悪くないと思う。
何が、思う所だ。あるに決まっている。無いわけがない。それを押しとどめて、トオルにもナツヤにもバレないように、格好良く去ろうとしているのに。その努力をしているのに。
ナツヤの正義感は、ひどく残酷だ。相手が憂いているのなら、解決してやりたいと、しなければならないのだと、思ってしまうのだろう。例え相手が、望んでいなくても。
その正義感を利用しようと彼を呼んだのだから、文句を言う筋合いはないのだけれど。
「だとしても、やる事は変わらないですよね。私がどう思っても、私がここに居ては、トオルの為になりません」
「それなら、お前が出て行くだけで良い。何も、自殺する必要は、」
「トオルから離れては、私の存在意義はないわ」
言い募るナツヤの言葉を遮り、自分を罵りたい気持ちに襲われた。思わず素が出てしまったせいか、ナツヤが目を見張りーーしばらくして、視線をそらす。
時折見せる、トオルと同じ反応だ。彼もまた、私を通して『彼女』を見たのだろう。
「私は、トオルと在る為に作られたんですよ。それ以外に存在意義はないしーーやりたい事もない」
「……何かすれば、見つかるかも」
「そうかもしれない。そうじゃないかも、知れない」
答えてから、余りにも無駄で無意味な議論に、ため息をつく。
「そもそも、トオルから離れては生きられません。壊れたとき、誰が私を治すんですか? 私の思考が、記憶が、正しいのかを判断できるのは彼だけです。この生は私の為にあるんじゃない、彼だけの為にあるんですから」
そうよ、と自身を説得するように、心の中で繰り返す。私は、『ミカ』の身代わりとして作られたのだ。トオルが望み、トオルの為に在る。私がトオルの為にならないのなら、ただ、消えてしまうべきなのだ。
その前提に立たないと、自分のやろうとしていることが、あまりにも意味がなさ過ぎる。
「……けど、それでも、」
「それでも、じゃないわよ!」
悲壮な顔をするナツヤを、思わず怒鳴りつける。何なのか。なんで、ナツヤの方が悲壮な顔をするのか。私が悲惨で不幸な被害者みたいな顔をするのか。
何で。なんでなんで、と頭の中がグチャグチャに掻き乱される。
何で私は、『ミカ』じゃないの。
「何を言わせたいの、やっぱり止めたとか言わせたいわけ? それとも、罪悪感に耐えられなくなった? 冗談じゃないわよ、私が、どんだけ考えて、悩んで、決めたと思ってるのよ!」
一気に言い切れば、ナツヤは驚いたように目を瞬かせた。落ち着け、と出された手を避けて、一歩下がる。振り払わないのは、人に危害を加えられないからだ。
「私はアンタの知ってる『ミカ』じゃない。私は私であって、彼女のコピーであっても、彼女じゃない。彼女の続きじゃない。トオルの為に作られたの! 私が彼の為にならないなら、私なんて何の意味もない!」
叫ぶように言って、口を噤む。
言いたくないのに。グチャグチャにかき混ぜられた頭の中から出て来る言葉は、ただ一つ。
「何で、私のこと、作ったのよ……!」
生まれなければ良かった。
そうすれば、自分が『ミカ』だと思う事も、自分が何か悩む事も、トオルの為に自分を殺す必要もなかった。所詮は死者で、偽物で。私自身は、どこまで行っても、私にはなれない。『ミカ』の偽物で、中途半端なコピーだ。記憶も、性格も、この考えも、全てが私のものじゃない。
それが苦しいと、悔しいと思うのも。私のものじゃない。
「……悪い、俺……」
「謝らないでよ。アンタに謝られても、何の意味もないわ」
ナツヤの申し訳なさそうな表情を見て、逆に落ち着いてしまった。
ため息を一つ吐き、髪をかきあげる。戸惑うナツヤから視線をそらし、でもね、と言葉を続けた。
「彼と過ごしてた間はね、幸せだったのよ」
だから私は、不幸でも可哀想でもないのよ、と。
そう言えば、ナツヤは何故か、今にも泣き出しそうに顔を歪めて、頷いた。




