三通目 憎くて愛しい 五
「う〜ん、暇ね」
「だな〜」
少し時間を遡り、午後四時、閑古庵店内。翠と篠目は仲良くお留守番をしていた。
「もしかして、先生っていつもこんな暇なのかしら。私があくせく働いている間に、こんなにも暇な時間を過ごしてるのかなぁ」
「もしかしなくても絶対そうだぞ!!オレが遊びに行くと絶対カウンターにいるもんね!!」
「なんというか、もっとお店の宣伝を大々的にすべきね……」
「賛成だぜ……」
カウンター席の向かい側に翠、カウンター席に篠目が座り、客が来ない事を憂いている。
今日は翠のアルバイトはお休みだ。そして暮相は昼から重要な会議があると言って出掛けた。つまり、その間は翠が店番をするのだが、なにせ客が来ない。暇つぶしにと、篠目とみかん入り牛乳寒天を作っておやつに食べたり、本棚を漁ってみたりしたが、まだまだ暮相が帰ってくるまで時間はありそうだ。
「早く帰ってこないかなー…… 」
やる事があまりにもない。
翠が、はぁ、とため息をつく。その時、虚ろ街へ通じる扉の鈴が鳴った。篠目のしっぽが跳ね、翠は立ち上がってお出迎えに行く。
「あっ、おかえりなさ……わっ!」
「そういえば、さっき鎌鼬に『虚御所の紅葉』とかなんとか呼ばれてたね。あれは一体?」
時間を戻し、午後六時。
暮相達は送り提灯三つを連れて、大通りを歩いていた。下見をこっそり抜け出し、大通りに出て、大橋を渡って帰る予定だ。下見はすでに上手いこと抜け出し、大通りを依とリュドミラに挟まれる並びで歩く。となると、自然と雑談が始まる。そこで暮相は、引っかかっていた鎌鼬の言葉について聞いたのだった。
「ああ、あれか。依はあれで呼ばれる度に拗ねた顔してて面白いったらありゃしない……プフッ」
答えたのはリュドミラだった。何がおかしいのか、笑いを堪えている。すると、ボソッと依が呟くように言った。
「……紅葉って、植物じゃなくて『紅葉伝説』を指してるんです……」
「『紅葉伝説』?……ああ、思い出した。なるほど……プフッ」
合点がいった暮相までもが思わず吹き出してしまう。依が腰の刀に手をかける。
「いやっ、ごめんよ馬鹿にしたつもりじゃなくてね」
命の危機を感じた暮相は必死に弁明を始める。
「…… いる」
依が呟き、姿勢を低くして構えをとる。
リュドミラも続き、暮相を庇うようにして前に出る。
二人の様子に気付き、暮相も懐の護符に手を伸ばす。
周囲には誰もいない。大通りの店は軒並み閉められ、店先の提灯と、送り提灯の明かりだけが頼りだ。
静かな時間が流れる。風が吹く。
「うふふ、バレちゃった。しかし目的が自ら歩いてくるなんて思ってもなかったわ」
女性の声がした。まだ大人というには幼いが、幼女というほどでもない声だ。
「それはそれは、お互い様だね」
暮相が応答する。
目の前の夜の闇から、赤を基調にした、派手な着物が現れる。それは長い黒髪が揺れる少女であった。ぼんやりとした灯りに照らされ、ほのかに見える顔は大変整っている。
少女が口を開く。
「そんなに警戒しないでよ。残念だけど、今はまだ、あなたの命を貰う気はないの」
「じゃあ何をしに?」
「脅しに」
「脅し?」
「あの子を渡してもらうためにね」
「あの子?」
「あなたの可愛いお弟子さんの翠ちゃんよ。大事なんでしょ?知ってるのよ」
「……」
「あたし、まだ許してないんだからね。だからね、許してほしかったら、次の満月の夜にあの子を連れて、現世の、あなたの店がある山の山頂に来てね」
「許す?誰が何を許すだって?君の勝手な都合でよくそんな事が言えるな」
暮相が札を取り出す。
「ふふん。来なかったら、あなたの身の回りの大切な人達、全部奪っちゃうからね。あなたを守ってる娘の大事なお姫様だって」
言いかけた時、一陣の鋭い風が、少女の派手な着物を薙いだ。着物の帯に線が走り、真っ二つに切れる。しかしその様は、人体を切ったようではなく、紙を切ったよう。ヒラヒラと少女の下半身が地面に舞い落ちる。
依が鋭い眼光で少女を睨みつける。少女に刀を振るったのは彼女だった。
「あたしが生身で来るほど迂闊だと思った?残念だけど、この体は紙人形よ」
「…… 」
「じゃ、そーゆうことで。またね」
クスクスと笑いながら少女が紙人形に変化する。そして、ヒラヒラと少女の上半身だった紙が地面に落ちる。
再び静かな時間が訪れる。周囲には誰一人としていなかった。
依が安全を確認してから、ゆっくりと刀を納める。リュドミラもそれにならい、厳戒態勢を解いた。
「……帰りましょう」
依が口を開いた。絞り出したような声だった。
そこからは誰に襲われることもなく、無事に閑古庵への扉へ辿り着いた。暮相は、依とリュドミラに感謝を述べ、気を付けて、と声をかけた。二人の見送りをして、閑古庵へ通じる扉を開く。
「ただいま〜」
極力いつも通りを意識する。
しかし、返事がない。暮相は声が小さかっただろうか、と思い店内に通じる戸を開けて「ただいま」と挨拶した。
「うわぁっ!びっくりした!お、おかえりなさい」
翠がビクッと体を揺らし、振り返る。
「こっちがびっくりしたよ。どうしたんだい?集中してたみたいだけど」
「えーとですね、二時間くらい前に来た、虚ろ街からのお客さんがこれをくれて……」
翠が少し恥ずかしそうに差し出したのは、花をメインとした植物図鑑であった。
「へー、植物図鑑か」
「はい。そのお客さんが、上巳茶屋の常連さんで驚きましたよ。それで、私の顔覚えててくれたみたいで『女の子はこういうの好きじゃない?』って言って、報酬代わりにって」
「おや、報酬ってことはもう解決したのかい?」
「前払いだって言ってました」
「なるほど。どんな依頼だったんだい?」
「最近、夜になると見ない顔の少女が出没して怪しい勧誘?みたいなのをしてるから、それを止めてほしいって。幽霊とかだったら怖いですね……」
以前、生霊に見事な蹴りをお見舞いしたのを忘れたのだろうか、と思う暮相であった。
「あー……。それはまあ、近いうち解決するよ。大丈夫」
「ほんとですか?良かったー」
翠は植物図鑑を胸に抱きしめて安堵した。
閲覧ありがとうございました!
ご指摘ご感想などありましたらコメントしていただけると幸いです。




