三通目 憎くて愛しい 四
こんばんは。突然ですが、解説です。
・鎌鼬が依に対して発した『虚御所の紅葉』について
ここでいう『紅葉』とは、植物のほうではありません。女性の鬼、鬼女を表す語であります。つまりそういうことです。おお、こわいこわい。
「芳乃さん、下がって」
暮相の背後から、依が現れた。愛刀の切っ先を鎌鼬に突きつけている。
「ヒィ……虚御所の紅葉……!」
鎌鼬はすっかり怯えきった目で依と暮相を交互に見ている。今にも命乞いを始めそうな様子だ。
「おや、仕事は終わったのかい?」
「ええ。遅くなってすみません……」
依は不動のまま暮相に謝る。
「いや、助かったよ。さて、こいつをどうしてやろう」
「とりあえず捕えて、情報を吐かせましょうか……」
依は怯える鎌鼬を子猫のようにつまみ上げる。更に縮こまる鎌鼬の額に、暮相が札を貼る。鎌鼬を弱体化し、簡単に逃げられないようにするための札である。
「ヒィ……か、勘弁してぇ……命だけはぁ……」
「全く情けないね。他人の命狙うなら自分の命くらい差し出す覚悟しときなさい」
ついに命乞いを始めた鎌鼬にぴしゃりと言うと、暮相は質問攻めを始めた。
「まず、君の依頼主は?」
「名前は知らねぇ……です!ただ、尋常じゃねぇ目付きをした女でした。アンタに異常に執着してるようだったぜ」
「見た目に特徴は?」
「紺色の地に牡丹の柄の着物を着てたなぁ。顔は目以外ほとんどわかんねぇ。夜だった月明かりしか無かったんだ」
「なぜ私を狙った?」
「知らねぇ!アイツの執念深い目が気に入って依頼を受けたんだ。『暮相芳乃を傷つけてもよいから捕らえよ』って言われたからその通りにした。報酬はまだ貰ってねぇ!くそっ、結構いい額だったのに……」
本気で悔しそうだ。
「何処で依頼を受けたんだ?」
「虚ろ街の夜道だよ。俺に特定の住処はねぇから、適当にフラフラ出歩いてたんだ。そしたら、豆狸問屋の店先だったか、背後から声をかけられた。それから依頼されたんだ」
「他になにか言ってなかったか?」
「あぁ?…… そうだな、なんだったか『慰めだけがが務めの私に、高貴という言葉を与えてくださった』なんてこと言ってた気がするぜ。なんのことか知らんが、恩ある人間を捕らえるなんて、常人の考えることじゃねぇな 」
「なるほどね…… 」
暮相は質問を止め、顎に手を当てて考え込む。
「なにか分かりましたか……」
依が考え込む暮相の顔を覗き込む。
「……正直、行き着きたくない答えが出てしまってね」
「本当ですか」
依が驚く。
「お、おい。そろそろ解放してくれませんか……。もう知ってることは全部話したぜ……?」
おずおずと、敬語混じりに申し出る鎌鼬に、すかさず依が睨みを効かせて言う。
「もう二度と、この人の命は狙うなよ」
「ハ、ハイッ!もう命すら狙わねぇです!暗殺家業から足洗って真っ当に生きます!」
鎌鼬が嘘をついているようにも見えない。プルプルと震えながら誓う鎌鼬の額から暮相が札を剥がす。
「なら、行ってよし」
「ありがとうごせぇやす!」
最終的に三下のような言葉遣いになりながらも、依の手から風のように去っていった。
「なぜ過去の暗殺について不問にしたんだい?」
去っていく鎌鼬を眺めながら問う。
「利き手の鎌を砕いてしまったお詫び……です……。それに、虚ろ街にはまだ害をなしてなかったので……」
依は刀を鞘に納め、移動を促しながら言う。
「そうか。そういえば、鎌を砕いて助けてくれたね」
「……あれは私ではありませんよ」
暮相達は、花見会場から遠ざかるように、川に沿って歩く。
確かに、依は弓矢を使えるため、遠距離からの攻撃も出来るが、鎌鼬の鎌が砕けた時、金属のぶつかる音が鳴っていた。つまり、矢と鎌では鳴り得ない音が鳴っていたのだ。暮相は結論に行き着く。
「じゃあ、君の友人の吸血鬼さんか?でも、近くに姿は見当たらなかったけど……」
「日本の刀は性に合わなくてね、西洋の銃で撃ってやったんです」
突如、暮相の真上にある桜の枝から声がした。
驚いて上を向くと、そこには赤く長い髪に赤い切れ長の目、黒を基調とした赤と金の装飾が入った軍服のような服を着て微笑を浮かべる女性がいた。
「あ、リュドミラ。戻ってきたんだね……」
「ああ、あんたが仕事から帰ってくるまでの代わりだったからな」
リュドミラと呼ばれた女性は滑らかな動作で桜の木から降りると、暮相をまじまじと見つめた。
「ど、どうも初めまして。暮相芳乃です。さっきは助かったよ。ありがとう」
「初めまして。アタシはリュドミラといいます。以後、お見知りおきを。助けるのはアタシの仕事です、気にしないで下さい」
困惑気味に挨拶をすれば、丁寧に返してくれる。
依によれば、彼女こそ、依の友人の吸血鬼らしい。彼女が話すたびにチラリと見える鋭い八重歯が人肌を破るのは容易だろう。女性にしては背が高い依と同じくらいの背丈だ。それなりの高さのヒールを履けば、暮相の背丈を抜くのも不可能ではない。
暮相はとある事に気付く。
「今、夕陽が当たってるけど、日光は平気なのかい?」
「ええ。なんなら流水もニンニクも平気です。これと言って弱点はありませんよ。ただ、銀の弾丸だけは勘弁してほしいですが」
銀の弾丸を撃ち込まれたら、どんな妖怪や人間でも普通に命を落とすのでは、と思う暮相であった。
依の説得により、リュドミラも暮相の帰りの護衛をする事になった。花見会場の喧騒が遠くに聞こえる。川に沿って少し歩いてから大きく道を回って大通りへ戻り、その頃には花見会場の集団も解散しているだろうから、そのまま閑古庵へ、というルートだ。
世間話と警戒をしながら、大通りへ向かう。まだ夜は始まったばかり。
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