第九話
「私は別に……」
そうつぶやいた時、父は落胆したような顔を、友人達はやっぱりみたいな顔をした。
……正直イラッときた。
まだ最後まで言ってないし。
私はその後に続く言葉を、この場にいる人達に聞こえるように言った。
「私は別に……なんて言うと思ったの? 父」
ブリザード再び。
私はその言葉と共に自身から冷気が出るのを感じた。
私もまだまだ『子供』だからね。
だからちょっと許せないこともあるのですよ?
「あのね、父。私、この国でリュークさんを護りながら学園に通ってたよ。父の言う通り百回悪意をぶつけられたら出て行こうと思っていたんだけどさ、なかなか一日に百回いかなかったの」
私が一日に百回いかなかったと言ったところで父の顔色が変わった。
でも、とりあえず自分の言いたいことを言ってみる。
「父は私に人間の国を見せたかった。王はこの国で精霊の存在を知らしめたかった。……でもね、まず根本的な問題があり過ぎだよ。とりあえず平民は分かんないけど、貴族の子供……特に精霊が見えていない人達は馬鹿だよ? いや、学力とかじゃなくて、常識が無いというか人として如何なものかと。他国のからの留学生にあの扱いって戦争でもしたいのかな? 精霊がどうのこうのいう問題の前に一から教育し直した方が良いよ。あれを見て人の生活を見せたことにしようとした父にも幻滅です」
父が青い顔をしながら王に何か聞いている。
なになに?
『学園で一体何が起きてた? 一日に百回って……』
今さら何言ってんだか。
父が王を揺さぶりながらイロイロ聞き出したようでこちらを涙目で見てくる。
何それ?
『百回の悪意は一日にではない。全部でだ。一体我が娘は何回悪意に晒されたんだ? 』
「は? 何言ってるの父。百回なんて三日で達成されているよ。最高記録は一日八十六回だからね。合計で何回なんて面倒くさくて数えてないよ」
私の言葉に父は王の首を絞め始めた。
いや、そういうのはしなくて良いんで。
「父、責任転換は止めて。別に王だけが悪いわけじゃないでしょう? 言っとくけどみんなそれぞれ何かしらの責はあるからね……もちろん私も。正直面倒くさくて放置してた部分もあるし。……まあ、味方もいなくはなかったからね」
私はそう言いながらいつも助けてくれて、今日も付き添ってくれていた人を見た。
もしかしたら私の力を見て怖くなっているかもしれないと思いながらも、彼なら大丈夫とどこかで願いながら。
ジェイドさんはそんな私の心の葛藤に気付いているかは分からないが、いつも通り……いや、いつも以上にどこか熱い眼差しを私にくれた。
ん? 熱い眼差し?
今までのやり取りにそんな要素が入り込むところがあったかな?
とりあえず怖がられていないなら良いか。
『この国は色の意味も忘れてしまったのか? 』
父が王に……いや、この場にいる全員に向けて言葉を発した。
色の意味か……たぶん精霊が見えている人達はわかっていると思う。
だけどこの国の大半の人は今、精霊が見えていない。
見えないものは信じられない、その考えから色についての知識も廃れていってしまったのだろう。
『我が娘の漆黒の黒髪、漆黒の瞳はこの国でどのように映ったのだ? そこの先程から我が娘にちょっかいを出していたくすんだ金髪の娘、答えよ』
あらら、よりにも寄ってフローラさんに質問するとは。
父は意地悪だね。
質問されたフローラさんはびっくりした後、キョロキョロ辺りを見回している。
いや、質問されたのあなたですから。
ようやく自分が質問されたとわかるとオドオドしながらも答え始めた。
「あ、は、はい。ミ、ミルザさん……いえ! ミルザ様の黒い髪や瞳はこの国では見たことがありませんでした。ただ、精霊の加護がない者はこの国では茶髪だったため、黒ということで学園では闇の精霊の加護があると思われています」
なるほど、黒イコール闇ね。
それは間違いだね。
『……この国は漆黒と闇属性の違いもわからぬのか。良いか、闇の属性の色は薄墨色だ。まれにそれよりも濃い色で出ることもあるが黒にはならん。この国では三百年前に一度黒髪黒目の者がいた。それが今の私の妻でありミルザの母親だ。人であるが我が番になったことで人の理から外れた。我が妻は全ての精霊から愛されている。黒というのは全属性持ちだ』
父の言葉に精霊が見えない人達、髪色についての知識がなかった人達、もしくは誤った知識があった人達が驚き、青くなっている。
さんざん私の髪や瞳にいちゃもんつけてきていた学園の生徒は、倒れたり、青ざめたり、中には号泣しているものもいる。
私としては今さら感が半端ないんだけど。
そして怒涛のパーティーの後、どうなったかと言うと……
学園は表向きは変わらない。
そんな簡単に何かが変わるわけじゃない。
でも、確実にゆっくりと何かが起きている。
例えば、今まであまり講義を取っている人がいなかった精霊学の授業が満員御礼状態で、先生がヒイヒイ言っているとか。
属性持ちだったが爵位が低いせいでいじめられていた人が、ちょっとモテているとか。
そんな中私はと言うと……
『こうなるとはね〜』
『ミルザも暇なんだよ』
『まあ、俺たちも暇だけどな』
私は今も学園にいる。
「別にあなた達は帰っても良いって言ったじゃない」
『ええ〜〜』
『今さらポイなの? 』
『ヒドい話もあるもんだ……なあ、ジェイド』
「あ、別に帰っても大丈夫ですよ。俺、ミルザ様のことお護りするんで」
『『『おい!!!』』』
なかなか良い掛け合いだ。
仲良いんだね、君たち。
父は最初この国から精霊を全て去らせるって怒っていた、だけどそんなの間違っている。
事前調査を怠った父にそんな資格はない。
だからと言ってこの国、いや学園の生徒の常識のなさ具合については私は許していない。
精霊や色についての知識なんて正直どうでもいいんだ、ただ自分たちの知識のなさを棚に上げて自分たちの常識だけで行動するアホさ加減が許せないだけだ。
なので、時間の有り余っている私は学園に居座っている。
あ、ちゃんと授業も受けているよ。
ただ、私が納得するまではこの国からはいなくならないから。
そして私がいる内にアホなことをした奴は問答無用でお仕置きだ。
ちゃんと王の許可は取っているから大丈夫。
基本小競り合い程度は放置だし、ただ根拠のない隠れたイジメは徹底的に潰す。
この国に必要なのは精霊の前に正しい心だ。
いくら精霊についての知識を深めたところで精霊はやって来ない。
精霊は基本適性よりも人の心に惹かれるんだから。
……まあ、一部例外はいるけど。
フローラさんについた子は生まれたばかりで適性に惹かれてしまった。
そんなあの子も今はフローラさんから離れて故郷に帰っている。
ところでなんで私がここまでやっているかと言うと……暇だからだよ。
うん、それしか理由はないから!
『はあ〜〜』
『んなわけないでしょ』
『……初恋って叶わないらしいぞ』
「ワア、コンナトコロニグウゼンニモ、セイレイヲシバレルナワガアル〜〜」
私は棒読みで奴らをグルグル巻きに縛り上げてやった。
『偶然なわけないでしょ! 』
『何で縛れるの? 』
『コラ! 俺たちこれでも最高位の精霊だぞ! 何でこの縄取れねえんだよ』
「さあ、何故でしょうね〜〜。たぶん私の髪の毛を編み込んだからじゃないかな〜〜」
私と友人達が戯れている横でジェイドさんがボソッと何か言っている。
「大丈夫ですよ。私は初恋ではなく二度目ですから」
私と友人達は「え? 」と固まった。
友人達が私のことを同情したような、かわいそうな子を見るような微妙な視線を向けてくる。
な、なんてことを言ってくれるんだ!
そして微妙に……いや、結構ショックを受けている自分がいる。
たぶん自惚れじゃなければ今、ジェイドさんは私に好意を持ってくれていることを伝えてくれた。
けど……なんで初恋うんぬんのことも言っちゃうかな。
素直に喜べないんですけど。
「あ、えっとたぶん誤解してますよね? 私の初恋もミルザ様ですよ。初めてお会いした時に一目惚れしたんですが、精霊のミルザ様と人である自分では結ばれることはないと思いすぐに自分の想いは封じたんです。だけどミルザ様のお母様は人で、精霊王も人を伴侶に選ばれていますから私も諦めずに頑張ろうと思いまして。だから一度は封じましたが二度目ということで」
それって……二度目なの?
でも、何故か私は勝手に顔がにやけるのがわかった。
『あ、ニヤけてる』
『あーあ、完全に落ちてるね』
『……その顔はねえな』
私は無言で縄の締め付けを強くした。