第二十三話
第二十三話
翌日。
レンは朝からギルドを訪れていた。
ラウム中央ギルド。
いつも通り騒がしいはずの空間だったが、今日は妙に視線が集まっている気がした。
理由は分かっている。
白砂海調査。
既に話が広がり始めているのだろう。
「おはようございます、黒閃さん」
「その呼び方、もう固定なんですか……」
受付のリーナが苦笑する。
「かなり定着してますね」
「嫌だなぁ……」
レンがため息を吐く。
するとリーナは少し楽しそうに笑った。
「でも、冒険者の二つ名って名誉なことなんですよ?」
「そうなんですか?」
「はい。特に黄金級以上になると、大体みんな付きます」
リーナは依頼書を整理しながら続ける。
「強さとか戦い方とか、功績とか」
「周囲が勝手に呼び始めて、そのまま定着するんです」
「勝手にってのが嫌なんですよね……」
「ちなみに“黒閃”はかなり格好いい方です」
「比較対象が怖いな」
リーナが小さく笑う。
「もっと変なの、いっぱいありますから」
「例えば?」
「昔ラウムにいた黄金級で、《野獣先輩》とか」
「絶対嫌だなそれ!?」
レンが即座に突っ込む。
だが同時に。
(……なんか枕がデカそうな名前だな)
と、どうでもいい感想が頭を過った。
「理由は知りませんけど、本人かなり嫌がってたらしいです」
「そりゃそうでしょうね……」
リーナは肩を震わせながら笑う。
「あと、《21歳拳》とか」
「嫌な予感しかしないんですが」
「年齢を聞かれる度に拳で黙らせてたら定着したそうです」
「最悪だなその黄金級……」
レンが呆れた顔をする。
「まだ黒閃の方が全然マシですよ」
「そう言われると微妙に否定しづらいな……」
リーナが少し笑った後、真面目な表情へ戻る。
「それで、本題なんですが」
「白砂海調査依頼についてです」
そう言って、一枚の依頼書を差し出した。
レンは目を通す。
――白砂海神代遺跡調査任務。
危険度。
黄金級指定。
そして依頼欄。
「……エレナさん指名?」
「はい」
リーナが頷く。
「守護者案件での実績を考慮して、エレナさん側からレンさんを指名したそうです」
レンは少し眉をひそめた。
「完全に目付けられてるな……」
「むしろ期待されてるんだと思いますよ?」
「どっちにしろ重いな……」
リーナが資料を整理しながら続ける。
「ちなみに、この依頼は黄金級指定です」
「現在ラウム所属で受領可能なのは、レンさんだけになります」
レンが少し顔を上げた。
「そんな少ないんですか?」
「そもそも黄金級自体、国に数十人しかいませんから」
リーナが苦笑する。
「ラウム所属の黄金級は、本来もう一組いるんですけど……」
「遠征中ですか?」
「はい。北方方面へ長期遠征中です」
つまり。
現在ラウムで動ける黄金級は、自分だけ。
レンは小さく息を吐いた。
「責任重いな……」
「だから黄金級なんですよ」
リーナは少し真面目な顔で続けた。
「正確には、“黄金級戦力が必要な依頼”ですね」
「全員が黄金級じゃないんですか?」
「違います」
リーナは首を横へ振る。
「災害級への対処能力が必要な依頼」
「それが黄金級指定です」
「なので実際は、下位ランクの同行者もいます」
「護衛、補給、案内人、解析官……色々ですね」
レンは少し納得した。
確かに、全員黄金級では組織が回らない。
「今回、そこまで危険なんですか?」
レンが聞くと、リーナは少し表情を曇らせた。
「白砂海そのものが危険地帯ですから」
「地形変動、魔獣、砂嵐、水不足」
「それに神代文明絡みです」
そこで一度言葉を区切る。
「もし守護者級が再稼働した場合、白銀級以下では対処不能と判断されています」
レンは小さく目を細めた。
なるほど。
結局そこか。
「だから黄金級指定なんですね」
「はい」
リーナが静かに頷く。
「星環教側も、“守護者案件経験者”を強く希望していたそうです」
完全に自分向けだった。
「あと……」
リーナが少し声を落とす。
「白砂海一帯を縄張りにしている巨大生物も存在します」
「巨大生物?」
「はい」
リーナが静かに頷く。
「現地では《砂海鯨》と呼ばれています」
「遠目には砂丘と見分けがつかないとも言われているくらい大きくて、現地の人たちからかなり恐れられている存在ですね」
レンが一瞬黙る。
「それ先に言ってくださいよ……」
「遭遇したら基本は逃走ですね」
リーナは真面目な顔で続けた。
「白銀級でも、砂海鯨と遭遇した時点で撤退推奨です」
「縄張りもあるらしくて、白砂海では案内人が必須になります」
想像以上に危険地帯だった。
「今回は星環教側からも同行者が出ます」
リーナが資料を確認する。
「神官、解析官、護衛騎士」
「魔導技師に補給管理員」
「護衛冒険者も数名追加されていますね」
「白銀級が二組、青銅級補助員が数名です」
「それに輸送用キャラバンも編成される予定です」
「砂竜車も投入されます」
「結構大規模ですね」
「白砂海まで長距離移動になりますから」
リーナは小さく息を吐く。
「水と補給無しじゃ死にます」
その時だった。
「お前なら問題ねぇだろ」
横から低い声が飛んだ。
振り向く。
ガルドだった。
大剣を背負ったまま、こちらへ歩いてくる。
「……聞いてたんですか」
「白砂海なんて単語が出りゃ、嫌でも騒がしくなる」
ガルドは鼻で笑った。
「で、行くらしいな」
「まあ、その予定です」
「前衛足りてるか?」
レンが少し黙る。
確かに。
長距離遠征で、まともな前衛を任せられる人材は貴重だ。
「……手伝ってくれるんですか?」
「黄金級案件だぞ」
ガルドが口角を上げる。
「面白ぇに決まってんだろ」
リーナが少し呆れた顔をする。
「ガルドさん、本当に危険なんですよ?」
「だからだ」
即答だった。
さすが白銀級上位。
感覚が若干おかしい。
その時。
「レン」
また聞き慣れた声。
ミレイがギルドへ入ってくる。
今日は黒ローブの上から薄い砂除け布を羽織っていた。
「もう準備してるのか」
「砂漠、日差し強いらしいから」
早い。
かなりやる気だった。
というか、多分最初から行く気満々だったんだろう。
ミレイは表情こそいつも通り薄いが、神代遺跡関連になると妙に行動が早い。
昨日の時点で、もう自分の中では参加確定だったらしい。
「ミレイさんも同行で登録済みです」
リーナが資料を見ながら言う。
「エレナさんから直接依頼が来ています」
「白砂海前線都市までは、エレナさんも同行予定だそうです」
「なるほど」
つまり実際の遺跡探索主戦力は、
レン。
ミレイ。
ガルド。
この三人になるらしい。
その時。
「あと、仮パーティ登録も通ってる」
ミレイが静かに言った。
「……ああ、あれか」
数日前、市場を歩きながら話した件だ。
“しばらく一緒に動いてみる”。
正式パーティというほど重いものではないが、継続同行前提の仮編成。
北西遺跡での連携実績もあるため、ギルド側も通しやすかったらしい。
「黄金級案件だと、信用記録も重要になりますから」
リーナが補足する。
「固定編成の方が許可も下りやすいんです」
「なるほど……」
レンは小さく息を吐く。
隣を見る。
ミレイは特に気負った様子もない。
「嫌だった?」
「いや、そういう訳じゃないけど」
「ならいい」
即答だった。
どうやら本人の中では、かなり自然な流れだったらしい。
レンは苦笑する。
漂着前の自分なら、誰かと長期で組むなんて考えもしなかっただろう。
だが最近は。
気付けば、隣に誰かがいる事へ違和感を覚えなくなり始めていた。
レンは依頼書を見下ろした。
白砂海。
神代遺跡。
未知座標。
普通なら絶対に近付きたくない案件だ。
正直に言えば、危険すぎる。
砂漠。
未踏破区域。
神代文明。
巨大魔獣。
死亡率も高い。
わざわざ行く理由があるのか、と言われれば――
『推奨』
不意に、セレスの声が頭の内側へ響いた。
『当該施設への調査参加を強く推奨します』
レンは小さく目を細める。
『理由は?』
『複数』
淡々とした声。
『第一に、守護者コアとの共鳴反応』
『第二に、長距離中継座標という未知技術』
『第三に――』
一瞬だけ間が空く。
『アーク・セレスティア修復へ有用な高位神代技術存在確率が高いため』
レンは僅かに黙った。
やはりそこか。
『帰還可能性上昇を確認』
静かな声だった。
だが。
その言葉は十分だった。
レンは小さく息を吐く。
「……分かりました」
依頼書へ手を伸ばす。
「正式に受けます」
リーナが静かに頷いた。
「では、白砂海調査任務――受理しました」
その瞬間。
ギルド内の空気が少しだけ変わった。
ざわめき。
視線。
冒険者たちが小声で何かを話している。
白砂海。
未踏破区域。
黄金級案件。
それがどれだけ危険か、この街の冒険者たちは知っているのだろう。
レンは依頼書を畳む。
そして、小さく息を吐いた。
第二の探索が始まる。
ラウムの外。
まだ見ぬ神代文明の深部へ向かう旅が。




