プロローグ
プロローグ
星の光が、ゆっくりと流れていく。
漆黒の宇宙を切り裂くように、一隻の戦艦が進んでいた。
エグゼクター級単独戦略戦艦。全長約4.2キロメートルの巨大艦は、音もなく滑るように航行している。
人類が地球を離れてから、既に数千年が経ち、星系国家は統合され人類圏は銀河外縁部にまで広がっていたがそれでもなお、未踏の宙域は残されている。
今レンたちが航行しているのも、そんな既知宙域の外縁部だった。
観測精度が落ちる境界付近における、航路の再測定と空間安定性の確認。今回の任務内容はそれだけだ。
異常がなければ、そのまま帰投して終わる。地味で、退屈で、いつも通りの仕事だった。だからこそ、レンも完全に気を抜いていた。
静まり返った艦橋にいるのは、サナダ・レンただ一人アーク・セレスティア艦長にして、この巨大艦の唯一の乗員でもある。
艦の運用の大半は、意思決定支援ユニットによって自律制御されていた。人間はただ一人、最終的な判断を下す存在としてのみ配置されている。
レンは椅子に浅く腰掛けながら、スクリーンへ流れる星々をぼんやり眺めていた。
変わり映えのしない光景だった。
計器も安定している。
異常なし。
だから自然と気も緩む。
「……セレス、状況」
気の抜けた声が落ちる。
「現在、長距離ワープ航行中。航路誤差は許容範囲内です」
間を置かず、無機質な音声が返ってきた。
意思決定支援ユニット――セレス。
アーク・セレスティアの中枢を担う統合管理AIだ。
「予定到達時間は?」
「約三時間後です」
「三時間か……微妙だな」
短く息を吐く。
寝るには短い。
起きてるには長い。
そんな時間だった。
そのとき、不意に艦がわずかに揺れた。
「……ん?」
レンが顔を上げる。
ほんの一瞬の違和感。
だが次の瞬間には、それが明確な異常へと変わっていた。
警告音が艦橋に響き渡る。
「異常検知。航路安定性、低下」
「おいおい、冗談だろ」
軽く言いながらも、レンの視線はスクリーンへ固定される。
「座標固定に乱れを確認。補正を試行」
振動が強くなる。
モニター上の数値が一斉に変動した。
「……いや、これヤバいやつじゃないか?」
「空間歪曲の発生を確認。通常のワープ航路ではありません」
「は?」
嫌な予感が走る。
艦が軋む。
次の瞬間――視界が歪んだ。
空間そのものが引き裂かれるような感覚。
計器が乱れ、座標が消える。
「セレス、説明してくれ」
「解析不能。空間断層との接触を確認」
「それ、まずくね……?」
軽く言うが、状況はまるで軽くない。
制御が効かない。
「航路逸脱。制御不能」
「……だろうな!」
衝撃。
身体が座席に叩きつけられる。
視界が白く飛ぶ。
音が消える。
「くっ……!」
意識が遠のいていく。
最後に見えたのは、崩壊していく航路データだった。
そして、その先に広がる何もない空間。
光すら届かない領域へ、アーク・セレスティアは引きずり込まれていく。
サナダ・レンの意識は、そこで途切れた。




