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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第10章 楽園の残酷

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第10.2量子パルス:明かされる脅威、エデン・プロジェクトの全貌

 ≡ Quantum Pulse 10.2 / Unveiling the Threat, Full Scope of the Eden Project


 毒蝮研究所の空気は、オイルと埃と、そして焦げ付いた電子部品の匂いがした。壁際のΦシフターは低い唸りを保ち、その青白い光が、床に散らばる工具の影を長く引き伸ばしている。緊急の呼び出しだった。ミカから送られてきた断片的な映像と音声が、大型モニターに繰り返し再生されている。

 闇市のコンテナ群、滑らかな装甲を持つ謎の兵士、そして「楽園」「選ばれし者」という、ひそやかな囁き。そのどれもが、A8とは異なる、異質な脅威の気配を放っていた。

 翔太はモニターの前で腕を組み、眉間に皺を寄せていた。隣では結衣が息を詰め、ライラは唇を固く結んでいる。郷田は壁にもたれかかり、苛立ちを隠さずに舌打ちをした。ドク博士だけが、興奮と警戒の入り混じった目で、データの断片を食い入るように見つめている。

「……来たぞ」

 ドクの呟きと同時に、研究室の中央にあるホログラム投射機が起動した。光の粒子が収束し、アルカディア・コネクトのリーダー、天野奏――カナデの姿が静かに浮かび上がる。彼女の表情はいつも通り冷静だったが、その瞳の奥には、普段よりも深い緊張の色が浮かんでいた。

「ミカからの情報を受け取り、統合と解析を終えました。皆さんに、今すぐ共有すべき事実があります」

 カナデの声は、機械の唸りの中でもはっきりと通った。全員が、息を呑んで彼女の次の言葉を待った。


「ミカが接触したのは、A8とは全く別の組織です。私たちは、彼らを『エデン・プロジェクト』と呼んでいます」。

 カナデは手元のコンソールを操作し、ホログラムの横に組織図と数人の顔写真を並べた。中心にいるのは、ゼファルと名乗る冷徹な顔つきの男だ。

「彼らは、A8のような『歴史固定』による秩序維持を目的としていません。彼らの思想は、より単純で、そして排他的です」。

 カナデは一度言葉を切り、モニターに映る自分たちの世界の荒廃した都市の映像を指し示した。パンデミックと終わらない戦争で疲弊しきった、灰色の世界だ。

「彼らは、私たちの世界を見捨てようとしています」。

 その一言に、郷田が壁を蹴った。「見捨てるだと? ふざけんじゃねえ!」。

 カナデは郷田の怒りを静かに受け止め、説明を続けた。「彼らは自らを『選ばれし者』と称し、パンデミックと、いずれ訪れる銀河衝突から逃れるため、別の場所へ移住する計画を進めています。それが、エデン・プロジェクト。残された人々は、滅ぶべき存在と見なしているのです」。

「そんな……!」結衣の声が震えた。「そんなこと、許されるわけない……」。

「彼らの移住先は、私たちが便宜上『世界線β』と呼んでいる層です」。

 カナデの言葉に、ドクが声を上げた。「あのパラレルワールドにか!アトランティスやムーの伝説が残る、あの幻の世界に……!」。

「はい。彼らは私たちの持つ技術を使い、その超古代の世界に『選民だけの楽園』を築こうとしているのです」。

 翔太は拳を握りしめた。A8という巨大な敵に加え、さらに思想の異なる、非情な敵。事態が、自分たちの想像を遥かに超える速度と規模で悪化していることを、痛感させられた。


「問題は、彼らの技術力です」。

 カナデの声が、一段低くなった。彼女は新たな図版をホログラムに表示する。それは、巨大な遺跡のような建造物の構造図だった。

「エデン・プロジェクトは、世界線βに存在する超古代文明の遺跡――『時空バリア中枢』をすでに占拠しています」。

「時空バリア中枢……?」ライラが眉をひそめた。「聞いたことがある……私たちのいた世界でも、伝説級のオーパーツとして記録が残っているだけの、幻の施設……」。

 ドクが、眼鏡の奥の目を大きく見開いた。「まさか……! あれは、タイムパラドックスを物理的に遮断すると言われる、因果律の防波堤! それを、奴らが!?」。

「その通りです」と、カナデは静かに頷いた。「彼らはその施設を使い、自分たちの移住が他の時間層に悪影響を及ぼさないよう、巨大な時空の壁を築いています。そして、その施設自体が、強力な防衛機能を持っている」。

 カナデは、ミカが命がけで送ってきた最後のデータだと言って、短い戦闘シミュレーション映像を再生した。滑らかな装甲を持つエデンの兵士たちが、不可視の障壁を展開し、あらゆる攻撃を無効化していく。A8のUnit07ですら、その前では無力に見えた。

「彼らの技術力は、A8を部分的に凌駕しています。A8が既存の歴史を守るための『盾』の技術に長けているとすれば、エデンは新たな世界を築くための『矛』と『城壁』の技術に特化している。そしてその矛は、今、私たちに向けられている可能性があるのです」。

 研究室に、重い沈黙が落ちた。誰もが、その圧倒的な技術格差と、敵の非情な目的に言葉を失っていた。パンデミックを解決するだけでは終わらない。銀河衝突を回避するだけでも足りない。その前に、人類自身が作り出した、二つの巨大な「正義」と「欲望」が、彼らの前に立ちはだかっていた。

「どうすりゃいいんだよ……」

 翔太の呟きは、誰にともなく、機械の低い唸りの中に溶けていった。

 カナデは、そんな翔太の顔を、静かに、しかし力強い目で見つめていた。彼の存在そのものが、まだ希望が残されていることの、何よりの証拠だと信じているかのように。



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