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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第4章 暗躍する影

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第4.5 量子パルス:迎撃線の試運転

 ≡ Quantum Pulse 4.5 / Dry Run on the Intercept Line


 夕方、ドクの研究所。錆びた昇降扉がうなり、裸電球が一つだけ強く灯っている。作図台には地図が三枚——校章入りのキャンパス図、産業道路から港までの拡大図、浅瀬の等深線。

 椅子は八脚、円形に配置。ドク、翔太、ライラ、結衣、影山、郷田、アルカディア・コネクトのカナデとリクが座る。壁のファンが低く回り、測定器のランプがちか、と瞬いた。

「始めるぞ。」ドクが白衣の裾を払って前に出る。「まずは総ざらい。学園のノイズ、研究所の微振動、沿岸の通信の“抜け”。三つの時刻線が重なった。下見、その後に戦闘用アンドロイドUnit07が来た。郷田くんが巻き込まれ、翔太くんが引き出した。ここまでが経緯だ。」

「地理も置こう。」結衣が指で地図を押さえる。「学園のグラウンド南端から県道が一本、すぐ土色の堤防。その向こうが内湾。研究所は校門から北西へ一・二キロ、工業団地の角。港は学園から東へ八百メートル。目標海域は堤防の真南、沖へ七百五十メートルの棚。平均水深は十八メートル、潮は北東へ緩い。」

「いいぞ、見える。」ドクが親指を立てる。「では作戦“レアアース奪還”。名は勇ましいが中身は繊細、だがやる。持ち時間は三十六時間だ。巡回の穴が閉じたら次は読めんし、干渉の波が強まれば回収効率が落ちる。時間は敵だ。だから今夜“迎撃線の試運転”をやる。」

「全体像。」カナデが端末を開く。「狙いは“安全な極少量回収”。薬の設計式の欠けを埋めるため。手段は三段。ひとつ、母艦の小型研究艇〈ミズハ〉で海域へ静音接近し、最後は電動前線艇〈サギリ〉で至近へ。ふたつ、遠隔ロボット二機で“掘る役”と“見張る役”。みっつ、ナノ抽出器で選択吸着し小瓶スケールで回収。滞在は短く、痕跡は薄く。」

  〈ミズハ〉は沿岸作業船を静音改修した小型研究艇で、後部甲板に小型クレーンとROVウインチ、ブリッジに計測卓を積む。〈サギリ〉は港発の電動小艇で、最小二名運用の近接・受け渡し担当だ。

「海は、誰のものでもない顔した“誰か”が見張ってる。」郷田が腕を組む。「正面から来たら。」

「迎え撃たない。」リクが等深線に針で触れる。「見つかったら切断・撤収。追われたら回避ルートを三分岐。“点”で終わらせる。線にはしない。」

「……弱腰に聞こえる。」影山の声は低い。「だが撤収は筋だ。問題は“誰が、どこまで前に出るか”だな。」

 全員の視線が自然に翔太へ集まる。翔太は息を吸い、作図台の縁を握った。

「俺が前線艇に乗る。」一拍置いてから、はっきり言う。「抽出器の“鍵”を合わせる工程がある。血清の酵素、俺の型で起動が早い。ロボだけじゃ間に合わない時がある。なら、行くのは俺だ。」

「待て、危険度は高い。」カナデが眉を寄せる。「艇は操船と抽出の二名いれば十分だ。君を電波の届くところに——」

「届かなくなった時に遅い。」翔太は遮らずに被せない、ぎりぎりの速さで続ける。「三十六時間。向こうで待つ人がいるなら“誰か”が行く。だったら俺が行く。逃げるためじゃなく、持ち帰るために。」

「……賛成だ。」郷田が短く言う。「地上の外周は先に俺が仕込む。堤防階段と港の柵、顔の利く場所は押さえる。それが済んだら海に回る。本番は〈ミズハ〉の後部甲板で、ROVウインチと張力計を見る。」

「配置も決める。」カナデが補う。「母艦〈ミズハ〉は沖のベース。操船と統合は翔太が持つ。至近へ出すときだけ前線艇〈サギリ〉に翔太が同乗し、起動要員に回る。私は前線の操船と外界対処、ライラは抽出コンソールだ。」

 影山はライラへ向き直る。

「一つだけ約束してくれ。迷いそうになったら、欲張るな。『全部』は罠だ。ひと粒拾えたら即撤収。それを合図で必ず出す。」

 空気に棘が立つ。ライラは正面から受け、静かに頷いた。

「分かった。欲張らない。合図は私から先に出す。」

「役割分担を確定する。」カナデが整理する。「母艦〈ミズハ〉の操船と全体の統合は翔太。前線艇〈サギリ〉の操船と外界対処は私、抽出コンソールはライラ。血清ペアリングの起動は翔太が“必要時のみ”同乗して行う。堤防沿いの地上観測と外周の仕込みは郷田。学園の受動観測の統括は結衣。研究所の傍受リンクと時刻同期・全ログはリク、設備と非常対応の総括はドク。影山は撤収の閾値と横の撹乱。」

「“主人公がログ取り”はなし、ね。」結衣が冗談めかして笑い、場の重みを少しだけ軽くする。「でも、本当に危ない時は全員で止めるから。ね。」

 ドクが黒板に向き直り、チョークを握る。

「口癖は変える。『武勇伝はあとで編集室でやれ』は置いておく。だが付け足す。『本番で語るべき場面なら、現場で作れ』。ただし命を捨てるのは武勇伝じゃない、破綻だ。見極めろ。見極めは全員でやる。」

「タイムライン。」リクが端末を掲げる。「今夜二一時は三点同期の“試運転”。学園・研究所・堤防先端で擬似信号を揃える。遅延許容は四十ミリ秒。“時刻の谷”は二一時一〇分から二一時二〇分。巡回の穴に合わせる。降下の本番は翌夜二一時。持ち時間は三十六時間。干渉が強くなる前に回収する。」

「地上の導線を可視化する。」結衣がチョークで引く。「学園南門から県道に出てすぐ堤防階段。堤防上は西へ百五十メートルで死角。港へは東へ八百。研究所から南へ直線は避けて、交差点を二つずらして入る。影山、見て。」

「悪くない。」影山は各ポイントの遮蔽を目でなぞる。「撤収の三条件は確定。監視密度が閾値超え、通信の規則的な穴が三回継続、Unit07(同型機を含む)が半径百メートル。どれでも即撤収。独断撤収を認める。」

「了解。」カナデ。

「了解。」ライラ。

「了解。」郷田。

「研究所の傍受は、私が回すね。」結衣がペンを止める。「先生方への連絡はぼかして。設備点検。」

「ボードは。」ドクが机下から黒いケースを出す。カーボンのデッキ、粘るウィール、リモートブレーキ。「翔太くん、持ってけ。狭い足場で直線勝負はするな。横で勝て。練習しておけ。」

「……ありがとう。」翔太はボードを持ち上げ、思わず笑う。「返すとき、笑って返す。」

「返さなくていい。」ドクは鼻で笑った。「壊して帰ってこい。壊れるくらい走った証拠だ。」

 笑いが起きてすぐ、静かになる。湯気の立つ紙コップが配られ、翔太とライラの指が同時に伸び、縁で触れた。熱に驚いて離すには短く、離さないには長い時間。視線が合って、外れる。

「……その、さ。」翔太が小声で言う。「危ない時は俺が前に出る。ライラはコンソールの判断を優先して、合図だけくれ。俺が前で時間を作る。必ず戻る。」

「分かった。戻らなかったら、怒る。」ライラの目に、ごく薄い光が差す。怒る、は冗談の形をしながら、本気の祈りに近い。翔太はその重さを受け取り、小さく頷いた。

「よし、段取りの最終。」カナデが端末にマーカーを走らせる。「前線艇〈サギリ〉は二一時三十五分に出す。母艦〈ミズハ〉は先行して沖で低速待機。堤防脚で微速停止、前線艇と合流。Unit07擬似アラートは二一時四十五分に一回入れる。撤収トリガのテスト。影山、横の撹乱は。」

「用意してある。」影山は短く答える。「見られたがってる目には、見るものを渡す。前線の背中は見せない。」

「俺は学園側で外周見張る。」郷田が立ち上がる。「最初の仕込みだけやる。センサーと目印を置いたら、海に回る。」

「嘘じゃない。」結衣が笑って頷く。「私も“課題”。」

「それじゃ解散——の前に。」ドクがチョークを置く。「もう一個、地図を。正面、県道、堤防、海。その三枚の境い目が“迎撃線”。そこに立って、逃げる時は横、進む時は斜め。直線は最後に残せ。だが踏み込むべき瞬間なら、踏み込め。今夜は試運転、降下の本番は翌夜二一時だ。」

「天野。武勇伝、あとで編集室ってやつ、嫌いだ。」郷田が肩を鳴らす。

「分かる。」翔太は笑う。「じゃあ、こうしよう。“あとで語れるように、今つかむ”。」

 昇降扉が開く音がして、外の風が細く入り込む。工具箱の金具がちり、と鳴った。全員が立ち上がり、持ち場へ散る。

 影山が扉を押さえ、ライラが通るのを待つ。ライラは会釈し、足早に廊下へ。翔太はボードのケースを肩にかけ、結衣が「落とすなよ」と笑う。

 郷田は一度だけ振り返り、顎を上げた。ファンの音が一定に戻り、黒板の「21:00 試運転」と「翌夜21:00 降下本番」と「36:00:00 持ち時間」が白く残る。堤防の外に引いた一本の線は、逃げるための線じゃない。越えるべき瞬間に、越えるための線だ。



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