第3.5量子パルス:第三の旗、影山を迎えて
≡ Quantum Pulse 3.5 / The Third Banner Unfolds
午後四時。海沿いの工業地帯。金属の匂いと潮風が入り混じる路地の突き当たりに、それはあった。
くすんだ灰色の二階建て、看板も表札もない。壁面はところどころ塩で白く縁取られ、屋根からはパイプやケーブルが無造作に突き出している。時折、中から「バシュッ!」とか「ピィーッ!」とか、何かが爆ぜたような音が聞こえる。
「……相変わらず不安になる外観だな。」翔太がぼそっとつぶやく。
「こういうの、わたしは結構好きだけど。」ライラは小さく笑った。
結衣は首をかしげる。「これ、本当に研究所なんですか?」 鉄のスライド扉を引くと、熱を帯びた空気と薬品の匂いが一気に押し寄せた。
中は、外見の不安を軽々と上回るカオスだった。壁一面の棚に計測器や半壊したドローン。天井から垂れる配線の間を、銀色の小型カメラが勝手に首を振っている。
床には工具箱と空き缶と、なぜかゴム長靴が片方だけ。
「おおおおおおっ、やっと来たかあああ!」
奥の作業台から、白衣を羽織った初老の男が飛び出してきた。髪は寝ぐせと静電気で四方八方に跳ね、分厚い眼鏡の奥の目は異様な輝きを放っている。
「毒蝮博士!」翔太が思わず声を上げる。
「そうだとも!ドク・マムシ様のフル稼働モードだ!今は重要な調整中でな――あっ、その前に!」博士は全力で手を叩いた。
「新顔!キミだな!名前は?年齢は?好きな金属元素は!?」
「え、えっと……影山亮です。十七歳。金属元素は、鉄……かな?」
「鉄!Fe!すばらしい!磁性のロマンだ!おおっと失礼、自己紹介を忘れるところだった!」博士は影山の手をがっしり握り、上下に激しく振る。「ワシが毒蝮博士だ!変人と呼ばれるが、天才でもある!」
ライラがくすっと笑う。「博士、影山はまだ何も知らないんです。ちゃんと説明してあげてください。
「むろんだ!……だが説明は退屈にしない!」博士は研究台の上のタブレットを手に取り、空中に投影されるホログラムを指差した。
「まず、ライラの身元からだ!」博士はテンポ良く話し出す。
翔太が補足するように言葉を挟む。「ライラは異世界から来た。あっちでは“別の座標系”って呼ぶらしい。
ある日、不時着みたいな形でこっちに来て……」
「今は俺の家に居候してるんだ。」
「で、一緒に学校通ってる。授業中に時々異世界語で独り言を言うのはご愛嬌だ。」結衣が笑いを堪える。
影山は苦笑しながらも耳を傾ける。博士はさらに身を乗り出した。「彼女の世界では、未知のウイルスが大暴れだ!
しかも銀河衝突というおまけ付き!天体物理とウイルス学のダブルパンチ!時間がない!
「だから、別の世界に拠点を持つ組織が彼女をこっちに送った。」翔太が引き継ぐ。「俺たちの世界でしか手に入らないものが、人類を救う鍵らしい。」
博士はドヤ顔でうなずく。「そう!南鳥島沖のレアアース、そして――この世界でもごく限られた場所や人からしか得られない“特殊な生体データ”だ!
量子レベルでワクチンを組み上げるには両方必要だ!」 影山は目を見開いた。「……SFみたいな話だな。
「SF?現実の方がもっとぶっ飛んでおる!」博士は指を鳴らし、壁のモニターを起動する。画面に二つのロゴが現れた。
「こっちがエースエイト(A8)!利益のためなら手段を選ばない巨大企業だ!裏では歴史すら都合よく改変しようとする強欲の塊!」
画面が切り替わる。「そしてこれがエデン・プロジェクト!選民思想に取り憑かれた新興宗教団体!
信者だけを救済すると信じ込ませ、外の人間は切り捨てる!マインドコントロールの達人だ!」 影山の眉がひそむ。
「つまり、俺たちはその二つと戦うのか?」 ライラが頷く。「正確には、どちらにも与しない“第三の道”を探してる。」 博士はニカッと笑った。「そういうことだ!で、キミはどうする?ここで帰るか、それとも世界の運命に首までつかるか!」 影山はしばらく考え、静かに言った。
「……やるよ。」 博士は机をバンと叩き、「よし来た!」と叫んだ瞬間、天井の蛍光灯がバチンと一度消え、すぐにまた点いた。
翔太は、この部屋の空気が少し変わったのを感じた。
ここから、確かに何かが動き出す――。




