第2.11量子パルス:分かたれた正義の座標
≡ Quantum Pulse 2.11 / Diverging Coordinates of Justice
「A8って……なんで君たちと対立してるんだ?」
翔太の問いは、部屋に漂っていた沈黙をひとつだけ砕いた。蛍光灯のちらつきが、ライラの顔の輪郭に一瞬、別の世界の光を重ねたように見えた。
「目指してるものは同じなんだよ。こっちの世界を助けること。それだけなら、争う理由なんてないはずなのにね」
ライラの声は静かだった。けれど、その平静の裏には微かな躊躇があった。説明すること自体に、どこか申し訳なさを含んでいた。
「うちらはね、アルカディア・コネクト。非営利組織なの。貧しい人も、富める人も、救える限り全員助けたいって思ってる。でも……A8は“救える命には限界がある”って」
「助ける人を……選ぶってことか?」
結衣が、背筋をすっと伸ばして問うた。ライラは小さくうなずいた。
「ワクチンが足りない。医療リソースも追いつかない。だから彼らは、効率重視で判断する。“優先すべき対象から助ける”って。……それが正しいのかどうか、私にはまだ、はっきりとは言えないけど」
その時、机の上のスパークモジュールが突然パチッと音を立てた。ドクが弾かれたように立ち上がる。
「翔太。想像してみろ。海だ。右側に結衣ちゃんが溺れていて、左側にはライラくんがもがいている。君は片方しか助けに行けない。選んだほうは生き残る。選ばなかったほうは――君の判断で死ぬ。そういうことだ!」
空気が張り詰めた。翔太の顔が強ばる。
「そ、そんな状況――」
「そういう状況なんじゃよ!」
ドクはゴーグルをずり上げ、額に滲んだ汗を拭いながら続けた。
「非営利だからって、正しいとも限らない。無理をして、全員助けられなかったら、それこそ意味がない。だからね、正義って、実は座標なんだよ。目的が同じでも、立っている場所が違えば、見える景色は違う」
翔太が歯を食いしばった。
「じゃあ……ドクは、選べるのかよ。どっちを助けるって、決められるのかよ!」
ドクは腕を組み、ほんの少し微笑んだ。
「決まっとる」
「どっち!?」三人が同時に声を上げた。
「近くにいる方から助けて、遠くにいる方を後から助ける。確実に助けられる者から、まず手を差し伸べる。それしかない」
「それしか……ない」
翔太が繰り返すように口にした。
「それしかないんじゃ!!!」
ドクが一歩踏み出すように声を張った。器具棚の瓶がかすかに揺れた。
「どんな状況でも、最後まで諦めるな。両方救うんじゃ。それが“今の世界”での正解かもしれん」
その瞬間、ライラがすっと前に出た。そして、ふいにドクに抱きついた。
「ドクも……結局、私と一緒じゃん」
小さな子どもが、父親に甘えるように。ドクは照れくさそうに咳払いをした。そして、誰にも気づかれないように、翔太の方を一瞬だけ見た。
翔太の瞳は、何かを決めかねたまま、ただ静かに揺れていた。




