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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第11章 禁じ手の握手

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第11.12.1量子パルス:再起動する秩序、最初の壁

 ≡ Quantum Pulse 11.12.1 / The Relaunched Order, The First Wall


 時空バリア中枢の広場。青白い光が、古代クリスタルの壁を照らしている。ゼファルが防御システムのリブートコマンドを発してから数拍。その数拍の間、広場の空気は、数万年先のエデン・プロジェクトの最終防衛圏で起きている、激しい混沌の反響を吸収していた。

 ゼファルが創り上げようとしたのは、厳格な階層化と選別による絶対的な秩序と、パンデミックと銀河衝突の危機から逃れるための「楽園」だった。しかし、彼が今いるこの最終聖域の裏側で、その「楽園」を信じて集まった信者たちは、今まさに大混乱の極みにあった。

 モニターには映らないが、翔太たちの脳裏に、エデンの防衛圏で交わされる絶叫と、瓦礫の匂い、そして恐怖が染み込んだ空気が、冷たい反響として届いていた。


 エデンを信奉し、時空間移住の船を待つ上流階級の居住区では、クロノス率いるテンプラー部隊と、野村派の残党による内ゲバ、そしてエデンの自律防衛体による無差別排除の三つ巴の戦いの轟音が響き渡っていた。

 彼らが信じた「選民」による秩序ある未来は、野村の腐敗とマーラの傲慢、そしてクロノスの冷徹な理念の衝突によって、既に根底から崩壊していた。

「楽園の座標が揺らいでいる!」

「裏切りだ! 誰も我々を救わないのか!」

「ゼファル様はどこだ! グランド・コンダクターはなぜ沈黙している!」

 信者たちの叫びは、救済を信じた愚かな希望が裏切られた絶叫だった。彼らは、自らが切り捨ててきた「無秩序な一般市民」が味わったはずの絶望の渦中に、今まさに放り込まれていた。

 ゼファルは玉座の上で、この無秩序な悲鳴を、自らの秩序を構築するための代償として、冷徹に受け止めていた。


 ゼファルは玉座から立ち上がった。その白いローブの裾が、クリスタルの床を滑る。彼の心に去来した、妹レナの喪失と孤独な決断の記憶は、既に「種の存続」という絶対的な使命によって凍結されていた。

「愚かなノイズどもめ」

 彼の声は、静かだが、広場の空気を圧した。

「君たちの無秩序な行動は、必ず歴史の因果律を崩壊させる。感情と絆を力とする君たちは、人類を滅亡させる非効率な平等を再び招き入れる」。

 ゼファルが手をわずかに上げると、広場全体が共鳴音を発した。瓦礫の中に横たわっていた重力制御自律防衛体〈ティターン〉の残骸が、低く唸りを上げて再起動する。ゼファルの直接制御マニュアル・オーバーライドを受け、その巨体は一段階、凶悪な進化を遂げた。

 第1形態:タイタン・プライム。全身を覆う漆黒の装甲は更に分厚くなり、肩部には古代ゴーレムのエネルギーを転用した高出力の重力投射砲が組み込まれていた。その動きは、以前のティターンよりも、より速く、より直線的に、翔太たちへと突進を仕掛けてきた。


 タイタン・プライムの出現により、広場の温度が物理的に変化した。冷たい重力波が、肌を刺すように走る。

 翔太はボードを構え、タイタンの突進を受け止める準備をした。彼の胸にあるのは、親友影山の「速さは、時に事故になる」という警告、そしてミカの死という無秩序な行動の代償によって生まれた激しい罪悪感だ。

「俺は、俺の守りたいものを、俺のやり方で守る」。

 彼の行動原理である「誰も見捨てない」信念は、ゼファルのいう「秩序」によって否定されている。だが、翔太を動かすのは、論理ではなく、ミカの娘・朱音へ風船を渡すという、誰とも違う個人的な約束だった。彼は、自分の感情と衝動を「ノイズ」だと認めつつも、その無秩序な希望こそが、この冷たい秩序を打ち破る唯一の鍵だと信じようとしていた。


 ライラは、翔太の隣で戦闘態勢に入った。彼女の胸ポケットにある写真は、もう薄れてはいない。翔太と結衣が協力することで、未来の仲間たちが「戻ってきている」という事実。それは、彼女の個人的な恋心と、私たちの世界の未来を繋ぐという使命が、究極的に対立していることを意味する。

「私を遠ざけて。嫌いになってもいいから」。

 かつて翔太に伝えた言葉は、今、ゼファルという絶対的な秩序を前に、自己犠牲という名の決意へと変わっていた。彼女は、翔太の「誰も見捨てない」という無秩序な行動を「見届ける者」として支え、失敗しそうになったら横から整える。それが、愛する者を親友と結びつけるという、彼女の最も痛みを伴う役割だった。


 遠く離れた研究所。結衣は、医療ポッドで眠るリクの姿を横目に見ながら、コンソールに集中していた。彼女の役割は、科学的探究心と共感を融合させ、ドク博士の狂気じみた理論(最終調整コード)を、翔太が使える正確な数値に変換することだ。

 彼女にとって、翔太の力は、「誰かの支えになる」という自身の使命感を満たすための、最も重要な「線」だった。

『翔太くん、落ち着いて!』。

 彼女の声は、かつて影山に感じた憧れ(理性と論理)と、翔太に寄せる信頼(無秩序な衝動への共感)の二つの力を結集し、タイタンの重力制御系に穴を開けるための「最終調整コード」の転送に全力を注いでいた。


 ドク博士の声が、通信機越しに緊張を孕んで響く。

『翔太君!ティターン・プライムは、予測パターンを捨てることで、0.3秒の隙すら隠しよる!結衣君が送る最終調整コードをボードに連動させろ!』

 翔太はボードのスイッチをオンにした。彼のボードには、ドクが組み込んだ高周波振動ナイフが仕込まれている。

 彼は、タイタンの重力投射砲が発射されるのを予期し、ボードを鋭く傾けた。直線は避ける。横で勝つ。それが、生存のための鉄則だった。

 最初の重力砲が、翔太の足元をかすめる。空間が圧縮され、床のクリスタルが微細な粉末となって霧散した。その冷たい圧力が、翔太の皮膚を刺した。

 最初の壁が、轟音と共に立ち上がった。 翔太は、ボードの振動ナイフの柄を強く握りしめ、この冷徹な「秩序」を、自分と仲間たちの無秩序な希望で打ち破るべく、タイタンの懐へと飛び込んでいった。


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