34・別の未来の可能性
「大丈夫?」
アルフレットは私の隣へしゃがみ込むと、心配そうにリリスの顔を覗き込んだ。
その背後には数人の護衛騎士。
ルナマリアと一緒に、身分を隠して街に来てしまったのね。
……よりによって、このタイミングで。
私は内心で頭を抱える。
リリスはまだ少しぼんやりしたまま、アルフレットを見上げていた。
淡い紫の瞳が大きく揺れる。
……惚けた顔で。
嫌な予感しかしない。
本の中では、二人はまるで運命のように惹かれ合っていった。
そしてアルフレットは、リリスに夢中になるあまり、婚約者だったルナマリアを邪険にして────最終的にはリリスを娶り、ルナマリアを幽閉してしまった。
その未来を知っているからこそ、どうにかしなきゃと焦ってしまう。
今ここで出会ってしまったら……。
もしこの瞬間が、“始まり”になってしまったら……。
ルナマリアは、悪役令嬢に仕立て上げられ、悲惨な運命をたどる──。
どうにかしないと。
この不器用で優しい子を、守らないと。
けれど、どう動けばいいのか分からない。
私が余計なことをすれば、かえって運命を後押ししてしまう可能性だってある。
頭の中で考えが空回りしているうちに、すっと、小さな影が前へ出た。
「……ルナマリア?」
気づけば、ルナマリアが無表情のままリリスの前へしゃがみ込んでいた。
そして彼女は、リリスへと彼女は静かに真っ白なハンカチを差し出す。
「血が出ていますから、これでおさえて」
「え……?」
リリスがきょとんと目を瞬かせる。
ルナマリアの言葉に、私も初めてそれに気づいた。
リリスの肘が、うっすら赤く擦れている。
きっと、倒れた時にできた傷ね。
ルナマリアは相変わらず表情を変えないけれど、その差し出す手つきはやっぱり優しかった。
「あ、ありがとうございます……」
リリスは恐る恐るハンカチを受け取る。
その声は小さく震えていた。
たぶん、相手が貴族だと気づいたのだろう。
そんな中、ルナマリアの隣できらきらした視線を感じた。
見ると、アルフレットが目を輝かせながらルナマリアを見つめているではないか。
……え?
アルフレット、どうした?
何だか恋する乙女みたいな、いや、ヒーローに出逢った男児みたいな顔してるけど……。
「僕、ルナのそういうところ大好きだな!!」
「っ――!?」
アルフレットの何気ないその一言に、ルナマリアの顔が、一瞬で真っ赤になった。
普段ほとんど感情を表に出さない彼女が、目に見えて狼狽えている。
なんだ、この可愛らしさは……!!
「な、な……っ」
言葉にならない声を漏らし、視線を泳がせるルナマリア。
アルフレットはまるで悪気も邪念もない。
この子にとっては、ただ純粋に思ったことを口にしただけなのよね、きっと。
だけどルナマリアにとっては──いえ、私にとっても、その破壊力は絶大だった。
私はぽかんと二人を見比べてから、ゆっくりと息を吐く。
……まぁ、よかった、わよね。
少なくとも今のアルフレットの視線は、ちゃんとルナマリアへ向いている。
リリスを見る隙も無いほどに。
本の未来とは違う。
違っていてくれる。
そう思えた瞬間、前世の意識を取り戻してからずっと張り詰めていた心が、少しだけ軽くなった気がした。




