21・可愛い子達の見送り
翌朝、きっちりと視察の支度を整えた私は、屋敷の前に止められた馬車の前に立っていた。
……正直に言うと、できればこのまま引き返したい気持ちはある。
あるけれど、そうもいかないのが現実というものなんだから仕方がない。
はぁ……でも憂鬱……。
「お母様……」
振り返れば、アルフレットが不安そうな顔でこちらを見上げていた。
「行ってらっしゃい。気を付けてね? 早く帰って来てね?」
……ああもう、可愛すぎる……!!
この子は私をどうする気なの!?(多分どうもする気はない)
私はしゃがみ込んで、アルフレットと視線を合わせると、できるだけ柔らかく微笑んだ。
「大丈夫よ。夕食までには帰ってくるから、いい子で待っていてね」
それでもなお心配そうに私を見上げるアルフレット。
すると横から、凛とした声が飛び込んだ。
「王妃様。アルのことは、私に任せてください」
顔を上げると、ルナマリアがまっすぐに私を見つめながら立っていた。
……この子、本当に五歳かしら。
落ち着きも判断力も、下手な大人よりよほどしっかりしている。将来が末恐ろしい……いえ、とっても頼もしいわね。
「えぇ。ありがとう、ルナマリア」
私はそう微笑んで、ルナマリアの頭をそっと撫でた。
「じゃ、行って来るわね」
「念のため、城からは出ないように」
私の言葉に続いて、セドリックが念を押す。
相変わらず表情はほとんど動かないけれど、その言葉の意味と込められたものはちゃんと分かる。
……この人なりに、父親をしているのよね。
アルフレットも「はい、お父様」と素直に頷いているあたり、ちゃんと伝わっているのだろう。
「ちょっとあんたたちっ!!」
ほっこりとしていたその空気を、元気すぎる声がぶち壊す。
──クレフ……、あなた、空気を読むって言葉、知ってる?
「帰ってきたらたぁくさん遊んであげるからね!! 大人しく待ってなさい!!」
そう言って子ども達にバチン、とウインクを飛ばすクレフ。
……やめなさい、その無駄にキラキラした仕草。
ちらりと子どもたちを見ると、アルフレットとルナマリアは二人揃って顔が引きつっていた。
……でしょうね。
「……ほどほどにしてあげてちょうだい」
「えー!? 遠慮なんていらないでしょ!?」
いらないのはあなたのその全力なのよ。
少しは手加減してあげてほしいものだ。
可愛がってくれて遊んでくれるのはとてもありがたいけれど、クレフは子ども相手にも本気だから、最終的には二人がバテてしまうことの方が多い。
「時間だ」
そんなバタバタ劇が繰り広げられている間にも出発の時間になったようで、私はもう一度だけ子どもたちに視線を向けると「行って来るわね」と手を振り、馬車へと乗り込んだ。
向かいにはセドリック様、その隣にはやる気満々のクレフ。
……濃い。濃すぎる……。
早くもこの馬車の中から逃げ出したい衝動に駆られる。
「それでは、出発します」
御者の声とともに、馬車がゆっくりと動き出す。
それと同時に、窓越しに見えるアルフレットとルナマリアの姿が、小さくなっていく。
あー……この可愛い子達と離れたくない……。
なんて、情けないことを思いながら、私の苦行の時間が始まったのだった。




