大人になるって、こういうこと?!
ピンクと白を基調としたキャンディランドの店内。
キュルミ、ポイズンを筆頭に、ドラゴンやデュラハン、妖精に魔女。
さまざまな種類のゆるキャラグッズが並び、アカーシャやアラクネと同じ歳に見える子供たちと、その保護者。
千恵子のように、童心を忘れることのなかった大人たちで賑わっていた。
「やっぱり、いつの時代も、人外はいいよねー!」
左手にアカーシャ、右手にアラクネ状態の千恵子が言う。
全くもって個人的な意見だが、千恵子は人外を、世界すら救ってしまう存在だと信じていた。
いや――信じてしまっていたというのが、正しい表現だろう。
初めは、ただ仕草や声が可愛いと思った。
でも、言動や価値観が人間と違うからこそ、余計に愛着がわいた。
そして好きになってからは、一人の日々も。
みんなと違うと感じる時間も。
耐えてこれた。
(そうだったなー……私にとっての、初めてのお友達だったもんね……)
かつては、ここにいる子供たちのように「友情」や「可愛さ」を求め信じていた。
……なのに、いつの間にか、もっと刺激を求めてしまっていた。
(忘れてたなー、この純粋な感じ……)
今では好奇心が止まらず、ついに異世界の扉まで開いてしまった。
結果、ちょっぴりいかがわしい恋愛描写のあるやつとか、同性がいちゃいちゃしてるやつとか。
趣の深い、でも世間的には“ちょっぴり後ろめたい”あの薄っすい本。
そういうものが、普通の漫画や小説よりもはるかに手元に多い。
もちろん、ゆるキャラよりも断然に多いのである。
(……あれ? なんか――)
純粋にゆるキャラを可愛いと思う存在を前にして、自分の薄汚れた日々と比べてしまったせいか、千恵子は頬がじんわり熱を帯びるのを感じて、
(あ、あついなー……あははー)
更に、自分を見返すことで観察者羞恥心が発動した。
(って、いかんいかん! この子たちは、未来の私じゃない! もっと凄いところに行ける可能性を秘めているんだ!)
凄いところ……それが一体、なにを指しているのか、興味は尽きない。
けれど、これは確かであった。
拳を握り締め、目をギラつかせるその姿は、もう絶滅危惧種となった熱血系教師――夏休み明けの生徒に空回りするタイプの、それに近しかった。
とまぁ、幼少期時代から、今までを思い出して、感傷に浸り、絶滅危惧種熱血系となった千恵子であったが……。
(まぁ、でも、私ルートだと、本物の人外と過ごせる可能性もあるわけだし……悪くはないような――)
まるで人外好きの理想を体現しているかのような自分に、ちょっとだけ酔っていた。
アカーシャの自尊心高めマインドを受け続けた結果であろう。
というか、人外好きからしたら、願ってもない状況なのは確かだ。
けれど、
(――でも、それって……私から、見たらって感じだよね? アカーシャたちは、違う。そもそも私だって……)
でも、それは人間である千恵子の視点。
同時にこの世界に来たのが、アカーシャでなかったら、やっぱりこういう未来は訪れていない。
千恵子が自問自答を続ける最中。
両腕をグイグイ引っ張る感触があった。
千恵子が視線を下へ向けると、
「ちえちえさん……」
「旦那様!」
フードを深く被り、不安そうな顔をするアラクネと、ムスッとした表情を浮かべるアカーシャがいた。
「ふふっ」
(他の誰かになんて、やるもんか)
そう、誓う千恵子であった。
☆☆☆
目を輝かせている人外姉妹を制止したり、ツッコミながら、店内を散策していると、お目当てものがあったらしく、先頭を歩いていたアラクネが足を止めて、
「ちえちえさん……これが、欲しかったやつです……ポイズンちゃんのランドセル……!」
壁に掛かった薄紫色のランドセルを指差した。
どうやら、そのポイズンちゃんのランドセルに見覚えがあるらしく、アカーシャも頷いた。
「ほほう……これは、ポイズンちゃんのランドセルではないか! 確か作中で使っておったな!」
「……うん! この回、テレビでやってなかったから、アーちゃんが貸してくれたスマホで調べたんだよ」
「そうか、なるほど……だから、この店を選んだわけだな」
「さすが、アーちゃん……なんでもお見通しだね」
「当たり前である! 我はアラクネの姉なのだからな!」
その話曰く、このお店を選んだのは、偶然ではないらしい。
アカーシャに渡したスマホを駆使して、色々と調べた末に、ここを選んだようだ。
(そらそうだよねー! というか、じゃあ……あれじゃない? もしかして、私、気を遣われた?)
遣われたのか、遣われていないのかは、アラクネのみぞ知るところだが。
もし、気遣っているとすれば、千恵子だけではなく、姉であるアカーシャにもだろう。
なんせ、ゆるキャラを前にして、はしゃぐアカーシャに付き合っているのだから。
(一番、大人じゃん……ラクネちゃん)
控え目で可愛い上にである。
見た目は子供、中身は大人な蜘蛛っ子に、自分の不甲斐なさを感じていると、
「ちえちえさん、どうかしましたか……?」
アラクネが顔を覗き込んできた。
そして、
「……はっ!」
突如、小さな体をちょこんと跳ね上がらせた。
その表情は芳しくない。
なにか、重大なことを忘れていたかのような表情をしていた。
同時にその隣で、どこからともなく、脚立を持ってきて、ランドセルを手に取ろうとしていたアカーシャも、「ふぎゃ!」と、恥ずかしい声を上げる。
けれど、それがバレるのは恥ずかしいようで、何事もなかったかのように、ランドセルを元の位置に戻して、
「ど、どうしたのだ?! 急に大声を出して」
申し訳なさそうにしているアラクネへと声を掛けた。
(いやいや、なかったことにできないって! アカーシャ……。でも、確かになんで声を出したんだろう?)
特に驚くこともないし、ここには敵意を持った人間はいない。
それに関しては、きっとアラクネの方が理解しているはず。
なのに、声を上げた。
(あれかなー、楽しんでないとか思わせちゃったのかなー? ラクネちゃん、大人しいけど、気遣いさんだし……)
などと、推測したわけだが、それは残念な結果に終わってしまう。
「あ、いや、その……お金のこと考えていなかったなって……」
「あ、お金……」
そうお金である。
決して間違った気遣いではない。
あっているし、彼女、アラクネが歳上だということを踏まえれば、より一層腑に落ちる。
人間としての生もあった。
半人外になったあとも、引きこもり生活をしていたとはいえ、本をたくさん読んでいた。
そういった話も聞いた。
けれど、
(ここに来て……お金か……なんだろう、これは一番くるやつだ)
早朝から終電まで、休日出勤もこなしてきた。
友人関係は壊滅的になってしまったが、汗水垂らして、推し活と酒以外に、浮気はしてこなかった。
仕事に全てをBETしてきたといっても過言ではない。
だから、千恵子は物的証拠を持って、静かなる抗議をすることにした。




