お一人様、軍資金活用方法
「ちょっと、ラクネちゃん……これ見て」
鞄からスマホを取り出し、画面をサッと見せる。
表示されていたのは――推し活兼、お一人様ライフの軍資金であった。
ご丁寧に、【軍資金】というファイル名がつけられている。
「おお……凄いです……」
恥ずかしいファイル名はともかく、見たことない数字に目をパチクリさせて驚くアラクネ。
金額は、二百万。
数字だけ聞けば、多く見えてしまうが、そんなことはない。
大学を卒業して、ほぼ十年。
千恵子は奨学金を返しながら、仕事に全てを捧げるほど、働きに働きまくった。
それでようやく貯められたのが、たった二百万である。
(ラクネちゃんったら、いい反応するなー!)
ランドセルくらいは買えるという事実を伝えたかった。
ちょこっとだけ自分を凄いと思ってもらいたかった。
(まぁ……三人暮らしってなると、心許ないかもだけど……)
大人として少し情けないような気もする。
けれど、そんな思いも吹き飛ぶくらいに、
「ちえちえさんって、やっぱり……凄い」
アラクネはキラキラした瞳で言ってくれたのだ。
(……って、考え過ぎか! 頑張ってきた血と涙の結晶には、変わりないもんね! シンプルにいこう)
思うことはあっても、今までの自分があったから、ここまで頑張ってきたから、この笑顔を見ることが出来た。
だからだろう、アラクネの『凄い』って言葉が、なんだか嬉しくて。
「でしょ? だから、心配しないでね」
少しだけ胸を張って、千恵子はそう言った。
その言葉に、アラクネはパッと顔を明るくした。
「はい!」
アラクネの花が咲くような笑顔を目にした千恵子は、満足げに頷くと、素早くスマホをしまおうとする。
しかし、その一部始終を隣で見ていたアカーシャは、絶妙にスマホの画面が見えなかったようで、
「ムムッ、ズルいのだ! もう一度、見せてほしいのである」
その手を掴んだ。
だが、千恵子はそれを振り払った。
「だーめ! また今度ね」
「画面を見せる見せないだけで、また今度とは……ケチである!」
なにも知らないというのに、的確な指摘である。
「ケチじゃない! いや、ケチかな……?」
アカーシャの不意打ちに一瞬、たじろぎ、ケチであること認めてしまうかに思われたが、
「と、ともかく、大したもんじゃないから!」
力技で、どうにか切り抜けようとした。
(ちょっと待って……このまま、突っ張たら、絶対……食い下がらないよね。よしここは――)
「いや、じゃあ見せるね」
押してもダメなら引いてみろ作戦である。
しかしながら……アカーシャにしか通じない。たぶんではなく、ほぼ確実に。
案の定、その読み通り、アカーシャは大きく目を見開き、身を乗り出した。
「あ、えっ?! いいのか?」
「だって、どうしても見たいんでしょ? 私が嫌だと言ってもね」
どこぞの魔女がしそうなやり口ではあるが、千恵子にゾッコンなアカーシャには効果抜群で、「ムウ……」口を噤むと、隣で静かに状況を見守っていたアラクネへと声を掛けた。
「で、では、アラクネよ、なにを見たのだ?」
千恵子が惚れた弱みを突く作戦なら、アカーシャは姉としても強みを生かす作戦といったところだろう。
(ごめーん、アラクネちゃーん! まさか、そっちに行くとは――)
アカーシャの後ろで、手を合わせて、頭を下げる千恵子。
その動作と表情から、察したようで、アラクネは小さくコクリと頷き口を開いた。
「ちえちえさんの……」
「旦那様の?」
(ぬわ! アカーシャには、内緒だよー!)
周囲からの視線もなんのその、千恵子は腕をクロスさせて必死にアピールする。
もし貯金(推し活用)を明かしてしまった場合。
新妻権限とか、新しい言葉を生み出して、それだけでは留まらず、行使するかも知れないのだ。
(あの子なら、マジでやりかねないんだよね……)
重宝しているっぽい知恵袋であったり、漫画や小説、アニメの類から、どんな知識を引っ張り出してくるかわからない。
だから、どうしてもアカーシャにバレることは避けたい。
そんな祈りにも似た願いが、アラクネにも届いたようで、
「ううん……なんでもないよ」
と言った。
けれど、それで食い下がるアカーシャではない。
「いーや、絶対なんかあるのだー! 我も見たいー! 旦那様、もう一度、スマホを見せてなのだ!」
頬を風船のようにプクゥと膨らませて、スマホを催促する。
(これ……どうやって乗り切るんだろう……助け、いるよね?)
混沌とする現状に、千恵子は後方支援を試みようとした。
(わ・た・し・に! ま・か・せ・て!)
口を大きく動かして、オーバーな身ぶり手ぶりで伝える。
可愛い人外のためなら、視線なんて気にしない。
それが、ちえちえクオリティである。
その姿に、アラクネはクスリと笑みをこぼして、
「……ちえちえさんが撮った写真を見せてもらっただけ……だよ」
何事もなかったように、振る舞った。
「写真? なんの写真なのだ?」
「えーっとね……色んな文字の書いた紙……だよ?」
「紙か! それなら我は問題ないのだ! 旦那様の愛を綴った日記もあるし、隠されたちょっと照れちゃう本なんかも……全部、読んでいるからな! フフッ――」
アラクネの機転により、アカーシャは、「やっと、そこまで心を許したのか〜!」とか、「どれ、我がオススメの本を教えてしんぜよう!」など、まるで自分が優位に立っているかのように、振る舞っていた。
(完璧過ぎる〜! ラクネちゃん、ナイス!)
もはや、日記も隠された本のことも指摘しない千恵子である。
それはそれとして、アカーシャのことを理解している妹だからこそ、成せるマジの力技であろう。
案外、姉より妹の方がよく見ているものなのかもしれない。
千恵子は、スマホ片手に、
「……ラクネちゃんって、結構、強かだよね」
と心の内で呟いた。
出逢った直後は、どこか人に怯えている、そんな雰囲気を醸し出していた。
それがどうだろう。
今やこうやって、普通にやり取りできている。
(ラクネちゃんも、成長しているってことかな? いや、元々持っていた素が出たとか? なんにしても、面白い一日だよね――ふふっ)
小学校に必要なものを揃えるだけのはずだった一日が、気づけば、三人の“不思議な連携プレー”でなんか上手く収まってしまった。
それがなんだかおかしくって、楽しくって、自分たちらしいなーとも感じて、
「ふっ、らしいからいっか――」
と、千恵子は思わず笑ってしまった。
かくして、三人の絆は深まる? のであった。




