ヴァンパイアVS魔女②
「な、な、な、にがどうなっているの?!」
よくわからない状況に尻もちを着き、動転しまくる千恵子。
それはいつもなら動揺することのない、愛美も同じであった。
「わ、私にもわかりません! ビュンって音が鳴ったら、ブワッって風吹いて――目を開けたら、こうなっていました……」
「だよね……」
(よくわかんないけど、揉めているわけだし……まずは、理由だよね……なんでこんなことをしたのか聞かないと……)
「アカーシャ――」
その真意を知る為、千恵子は声を掛けようと試みたが――。
「二度目は許さぬ!!!」
アカーシャがそう言い放った瞬間。
動きを止めていたアラクネの糸は弾け飛び、そこから怒涛の連撃が繰り出された。
打撃音が腹の奥まで響く。
猛も一体なにが起きたのか理解できないようで、キルケーの後ろでしゃがみ込んでしまった。
「うわっ! な、なんなんだ!! なんなんだよぉーー!!!」
彼が頭を抱えようとも叫ぼうとも、その苛烈な打撃は止むことはない。
(そりゃそうなるよね……普通……)
千恵子は、猛の置かれた状況に一瞬だけ、新居の状態を忘れて同情する。
一方で、鋭い眼光で射殺さんとするアカーシャは、
「フッ、情けない」
といった嫌味を口にする。
しかし、猛には、その声が聞こえていないようで、その場でしゃがみ込み背中を丸めたままだ。
その間も、アカーシャは角度と変え、テンポを変え、明確に命を獲ろうとする動きで襲いかかる。
「こ、これはなかなかに堪えるかも……ね!」
キルケーはどうにか対処しようと試みるが、庇いながらの反撃は厳しく、体中に切り傷と鮮血が滲み、次第にセーラー服が裂けていく。
それどころか新居自体にも多大な被害をもたらしていた。
玄関先の壁には、無数の亀裂が入り、今にも崩れ落ちそうな状態だ。
手前にあったシューズボックスも砕け、その左側にあった姿見鏡も割れて、床には靴と鏡の破片、壁の散乱していた。
「引っ越したばかりなのに……」
(てか、補修するだけで、どんだけ掛かるんだろう……保険適用範囲かな?)
その後を想像して、肩を落とす千恵子。
魔法の存在をすっかり忘れてしまっている。
だが、持ち前の割り切りの良さで、切り替えた。
(って、落ち込んでいる場合じゃないよね! 早く止めないと!)
「ちょ、ちょっと――」
でも、彼女がどれだけ声を上げようとも、戦いは一進一退。二人とも一步も譲らない。
けれど、キルケーが少しずつ押され始める。
アカーシャは攻撃を手を緩めることはなく、どんどん加速していく。
一方キルケーは猛への攻撃も捌きながらの反撃、自然と手数が減ってしまう。
もしかして、疲れからだろうか。
ここから、防戦一方になり体勢を崩して膝を着きそうになる。
そこに情け容赦なく打ち下ろしの右ストレートを叩き込もうとするアカーシャ。
(あのままじゃ――キルケーさんが!)
絶対絶命かに思えたが――。
キルケーはなんとか踏ん張り、それを寸前の所で躱すと、
「ぐっ、これじゃすぐダメになっちゃうかっ! じゃあ――」
と言い放ち、どこからともなく、ピンク色の液体入り瓶を取り出してそれを飲み干す。
「えっ?! な、なに?! 治った?! もしかして魔女の秘薬的なやつ?! さすがにチート過ぎない?」
みるみるうちに傷が治っていく。
それは夢にまで見た、あの秘薬のような効能だった。
「きっと秘薬! いやエリクサーですね! つまりはロマンです!!」
「確かにロマンかも……エリクサーだもんなー。使えばMPもHPも回復するんだよねー」
愛美の言葉に昔プレイしたゲームを思い出し頷く千恵子。
「いや、違うでしょ! 今それどころじゃないよね!?」
「あははー! まぁ、当然ですよねー!」
千恵子が愛美に大きな声でツッコもうとも、やはり二人には届かない。
(だめだ……ぜんぜん、こっちに向いてくれない)
目を輝かせる愛美と、肩を落とす千恵子の視線を受けても、アカーシャとキルケーは止まらなかった。
「これで振り出しだね〜♪」
「小癪な……回復薬か!」
アカーシャの発言に、見るからに落胆する千恵子。
「エリクサーじゃなかった……」
それに続く愛美。
「残念です……」
そんな残念極まりない二人に、反応することなく、アカーシャとキルケーの戦いは続いた。




