アカーシャ新妻日記①
一月十一日、日曜日。
我が旦那様と一緒に暮らすことにした記念日。
最初はメモで終わらすつもりであったが、日記を綴ってみようと思う。
文字は残るし、いつまでも振り返ることができると、キルケーも言っておったな。
えーっと、なにを書こうか……思いのままでいいか!
では、書くぞ―!
話をして気付いたことだが、旦那様は我が住まう世界の話に興味があるらしい。
冒険者とかギルドという言葉を出すと目の色が変わるのだ。
我からすると日常だったので、全く理解できないが、喜んでくれたので、これからもしようと思った。
我的には、寧ろ旦那様の部屋にあった漫画という挿絵に台詞が入った書き物と、カーテンで隠されていた薄い本の方が興味が湧くのだが――。
まぁ、それはそれとして、旦那様はその中でも【戦え、ヴァンパイアちゃん】という、ヴァンパイアが題材となった物語が好きなようだ。
語る時の表情はなかなかに可愛くて、ついつい我も読んでしまった。
確かに、なかなかにいい作品だった。
特に主人公のマヒルが好きだ。
さっぱりとした性格に、人外を目の敵にしている組織”人間至上主義”を掲げる【王人】からの刺客に真っ向から、立ち向かうのである。
拳一つでだ。
それだけではなくて、団子結びとかいう髪型に黒のブーツ。そして血に染まったパーカー、フリルの付いたショートパンツという、斬新な服装に感銘を受けた。
これからの装いはそれを参考にしたいと思う。
って、これ……感想文になっておらんか……?
ま、まぁ、いいか。
日記は何を書こうとも自由であるしな。
えーっと、この後は……そうそう! この後、朝の支度を終えてから、旦那様が労働している会社とやらに、一緒に行った。
どうやら、旦那様は転移魔法が苦手らしい。
見るからに血の気が引いていたしな。
そんな情けない姿もたまらない!
もちろん、汗ばんだ首筋も!
旦那様の職場はなかなかに活気があった。
工場という細かな部品を作っている建物からは、機械の大きな音や人の声が聞こえた。
その隣のビル、旦那様がいるオフィスにきた。
姿の見えない部長とやらはいけ好かない。
だが、同僚は見所のある者が多い印象だった。
糖蜜を煮詰めて作った飴、チョコレートというほろ苦い、でも、甘くて美味しい甘味をくれたしな。
まなみという旦那様の部下に限っては、魚介の旨味が爆発する魚肉ソーセージを捧げて、我の臣下に加わりたいと申し出てきたくらいだ。
まぁ、旦那様が一番なのだが――。
まだまだ不安なことはあるが、色んなことを吸収し、命を救ってくれた恩を全てを持ってして返したいと思った。
旦那様と手を繋げたことは、一歩前進……いや、まだまだなのだ!
もっとこう、旦那様になくてはならない存在になりたーいと思った!
☆☆☆
二月十四日、金曜日。
ようやく、この世界の勝手がわかってきた。
旦那様にたてつき、胸ぐらを掴んだ独走蝙蝠とかいう、変な奴らがいたのは許せない。
しかし、それはほんの一握りだということ。
大体の人間は我が表面上ニコニコしておれば、物事が円滑に進む。
右隣の佐藤さんは、町内情報を。
左隣の鈴木さんは、よく商店街のお買い得品を教えてくれるといったように。
危機感のない、なかなかに平和ボケした人間たちと思った。
が、悪くはない。
旦那様が充実した日常を過ごす為には、こういった近所付き合いも大切だしな。
鈴木さんから、とある情報を聞いた。
どうやら今日はバレンタインとかいう、想い人同士がいちゃつくイベントらしい。
しかしながら、我にはハードルが高い。
一応、旦那様にもらったスマホなるもので、動画を見ながら、ハート型の手作りチョコなるものを作っては見たが……旦那様は喜んでくれるだろうか?
なかなかに不安だ。
でも、今日も旦那様は可愛い!
それは間違いないのである!
☆☆☆
三月十四日、金曜日。
旦那様から、バレンタインのお返しに蝙蝠柄のエプロンとパジャマをもらった。
どうやら喜んでくれていたらしい。
手渡してくれた旦那様の表情が、なんともたまらなかった! 今度はなにを渡そう? 等身大のチョコもありだろうか……? いや、さすがにやり過ぎか? なにはともあれだ! 考えただけでワクワクしてしまう!
王として、戦の日々に身を置いていた時は大違いだ。
ふとした時、我を信じ王位を譲ってくれた父上には申し訳ないと感じてしまうし、残してきた妹に臣下たち、民も気になるところだが……我は一度死んだ身、この日々を大切にしたいと思う。
キルケーにも賛同してもらった。
☆☆☆
四月二十二日、火曜日。
相変わらず、死んだ魚の目をする旦那様が可愛い。
元の姿の方が好みだと聞いた。
でも、そう言われると、この姿で落としたいと思ってしまうのが我の性!
色恋沙汰は未だによくわからないが、ネットの知恵袋なる場所にいる賢者たちの意見と【戦え、ヴァンパイアちゃん】を参考に頑張るのである。
そういえば、買い物から戻ったらフリーディアが我を訪ねていた。
咄嗟に手を出してしまったのは申し訳ないが、紛らわしかったのも事実。
なんというか、どう見ても逢瀬にしか見えんかったからな……まぁ、その辺はちゃんと説明していこうと思った。
だが、来てくれたことに関しては正直嬉しかった。
しかしながら、残された妹アラクネと、父上が気になるが……転移する力が戻っていないらしい。
なので、今は我がなぜここに留まろうとしたのか、知ってもらいたい。
基本なところはまなみに任せる。
それも王としての務めだからな。
とはいえ、フリーディアは昔っから少し天然なところもあるから、その補足は我が担うつもりだ。
今日の夕飯は再会の祝いということで、すき焼きにしてみた。
とろける和牛の脂、甘辛い我特製、秘伝の自家製ダレ。
人参、椎茸、絹さや、しらたきといったさまざまな具材が絡み、我ながら絶品だった。
家に呼んだまなみもあやつと一緒に住まうことを決めたフリーディアも大絶賛してくれた。
なかなかにくるものがあった。
だが、一番嬉しかったのは、なんといっても旦那様が美味しいと言ってくれたことだ。
それにだ! なんと野菜にした飾り包丁も褒めてくれたのである。
いつか……もし機会があれば、我が妹アラクネ、父上にも食べて貰いたい。
☆☆☆
五月十五日、木曜日。
商店街にある【鬼灯丸】の店主と仲良くなった。
王の我に対しても臆することなく、話し掛けてくるし、我の世界で感じたような悪意が全く感じられない。
実力があるからこその、達観した対応かも知れない。
ふと、昔を思い出した。
人間とはいえ、何か譲れない一本の筋のような物があった真に強き者たちのことを。
そんな昔は置いておいてだ!
そもそも、商店街の皆はなかなかに強者が多い。
買い物へ足を運べば、なんの躊躇いもなく近づき、我が欲しい食材を察し勧めてくる。
それどころか旦那様のことまで、気遣ってくるのだ。
魚、野菜、酒、それぞれの専門分野であれば、ネットの知恵袋なる賢者たちをも凌駕する。
我からすると、大した月日ではない。
だが、人間の寿命からすると半世紀以上続いているというのは、伊達ではないらしい。
フリーディアや、城に仕えるメイドたちもびっくりだろう。きっとこの光景を見せたら目を丸くするに違いない。
やはりこの世界は悪くない。
これからも贔屓にしたい。
☆☆☆
六月七日、土曜日。
凄く嬉しいことがあったのだ!
あの我のことをどう思っているか、なかなか口に出してくれない旦那様が、好きと言ってくれたのである!
ま、まぁ……その、口に出していないが……だが――!
くっついて寝ていいと言われたし、惚れ薬など必要ないと言われたわけで――ということは、好きということだろう……た、たぶんだが――。
と、とにかく、我は幸せなのだ!
この調子で旦那様をメロメロにしてみるぞー!




