騎士現る!?
少しずつ、人恋しくなる冬の季節は過ぎゆき、春の訪れを感じられる暖かな休日の昼下がり。
1LDKの築年数二十年オーバーな家賃6万円の古びた……よく言えば赴きのあるマンション。
二〇四号室にて。
そこは二ヶ月前とは違って、洗った食器はしっかりと棚にしまわれており、リビングに脱いだ服や雑誌、漫画の類も見当たらない。
出来る嫁? アカーシャが奮闘した結果である。
(まさか、ここまで出来ちゃうとはねー……)
そう心の内で呟く千恵子は一人、ゆったりめなヴァンパイア柄のパーカー姿で、リビングのソファーに寝転びながら、漫画や小説を読むといった充実した時間を過ごしていた。
(まぁ、おかげでのんびり出来ているんだけど)
彼女は読んでいた漫画をテーブルの上に置いて、ソファーに背面からダイブした。
そのまま、ふと目を閉じてみる。
開けた窓から爽やかな風が入り込んで、カーテンの揺れた音が聞こえて、その風が頭からつま先まで撫でてくる。
(にしても、静かだなー……)
緩やかに流れていく時の流れ……アカーシャが来るまでは、こういった時間が一番のご褒美だった。
休日前の仕事終わり、行きつけの居酒屋で愛美と人外談議で大盛り上がりして、それを終えたらコンビニで向かい酒用の酎ハイや肴なんかを買う。
そこから家に着いたら、項垂れるようにお風呂へ、入浴を終えたらリビングで一人、好きな人外の小説や漫画を読みながら向かい酒を始め、寝落ちをキメる。
そして翌日の昼下がりに目を覚ましからの、ソファーで一日中ごろごろダラダラ。
これで良かった……けれど。
(なんだろう……この変な気持ち……)
ただ静かに流れる時間では満たされない。
どこか物足りなさを感じてしまう。
大学に進学することなく、高校を卒業した時から、始まった一人暮らしだった。
ただ、なんとなく早く働く方が社会の役に立てるとか、仕事をなりふり構わずに頑張る方が立派とか、そんなことを信じて、今の今まで生きてきた。
別にそれは変わらない。
それなのに……。
掃除機と格闘するアカーシャ、電子レンジよりも自分の方が便利だと言い張って、魔法で食べ物を温めようとして消し炭にしてしまうアカーシャ。
まるで母親のように口を尖らせて、「一度着た服は、洗濯機に入れるのだ!」と言いながら、汗のついたシャツを嗅ぐアカーシャ。
YouTubeで時短レシピを見つけてきて、その動画を何度も、何度もリピートするアカーシャ。
怒られたら凹む癖に、千恵子が名前を呼ぶと、誰よりも笑顔を咲かせるアカーシャ。
瞼の裏には、色んな表情を見せるアカーシャが焼き付いて、
「私って実は賑やかな方が……好きなのかもね……ふふっ」
思わず、笑みがこぼれる。
(けど、やっぱり……一番いいと思うのは、あの大人バージョンだけどね……月が輝く夜をお姫様抱っこ、見上げれば整ったご尊顔! 思い出しただけで供給されるわ!)
せっかくのいい話を台無しにする千恵子である。
(でも、力を使いすぎたとか、なんとかで……あの後、結局子供の姿になったんだよねー……)
独走蝙蝠をけちょんけちょんにした後、家に着くとアカーシャは色香漂う大人モードから、見慣れた子供モードへと姿を変えていたのである。
それどころか、
(転移魔法使わずに空を飛んで帰ったのも気になるし……なにかあったのかな?)
わざわざ、隠行の魔法を使って家まで、飛ぶことを選んだのだ。
まるで千恵子と空を翔けることを楽しんでいるかのように、笑みを浮かべながら……。
もちろん、全てアカーシャの恋煩いが引き起こしたものである。
けれど、千恵子がそんなことに気付くわけは当然なくて、
(それに、初めて会った時は血を使いすぎたら、どーのって言ってたはずなのに……なんか色々と引っかかるなー)
色々と、違う方面に思考を巡らせていた。
こんなふうに、彼女がアカーシャに興味(無意識)を持ち始めていると、なにかタイミングを見計らったようにインターフォンが鳴った。
☆☆☆
「はーい!」
千恵子を返事をして立ち上がり、玄関先の立鏡(身だしなみ用にと、アカーシャが置いた)で寝癖なんかを軽く直して、ドアノブに手を掛け開けた。
「は、は、はい……?」
扉の向こうに立っていた人物? に固まる千恵子。
アカーシャは鍵を持っている。
なので、違うということはわかっていた。
ならば、休日に訪ねてくる人は、三択。
休日に暇を持て余した愛美、宅配業者、そして何かしらの勧誘である。
しかしながら、目の前いる人物? はそのどれにも当てはまらない。
これがアカーシャと出逢う以前の千恵子であれば固まって、状況を飲み込めた直後、思いの丈を叫んでいただろう。
だが、こういった出逢いは二度目なのである。
重要なことなので、もう一度言おう。
二度目なのである。
(いや……この流れっていうか、百パー、アカーシャの知り合いの方だよね……宅配業者が鎧着てるわけないし)
苦笑する千恵子の前には、煌めく白銀の鎧を纏い、腰には白銀のサーベルを携えた、まるで中世ヨーロッパの騎士が立っていた。
しかも、それだけではなくて、
(頭も、首もないし、首元から、青白い炎も出ているし……そもそも頭部をラグビーボールみたいに抱えているし……)
誰がどう見ても人間ではない……存在、つまりは人外。
そしてこの特徴からするに……。
(どう考えてもさ……首無し騎士だよね?)
その察し通り、目の前にいるのはデュラハン……主にヨーロッパで語り継がれる死の妖精であった。




