共生
パインはゆっくりと目をあけた。
まだ、意識がハッキリとしない。
身体中が鉛で出来ているように重い。
しかし、しばらくすると次第に意識がハッキリとしてきた。
パイン:(どうやら寝ていたようだ。)
そう思いながら天井を見つめる。
天井は記憶にない作りだった。
小さな子供の顔がチラッと見えた。
女の子だ。
足音が聞こえた。
「パタ、パタ、パタ、パタ。」
「おねーちゃーん。
あのおにいちゃん、めさましたよー。」
「バタ、バタ、バタ、バタ。」
目の前に突然顔が現れた。
見たことが無い女性だった。
年齢は自分と同じぐらいだろうか?
「大丈夫ですか?
私の事見えます?」
パインは声に反応するように、ゆっくりと頷く。
女性はにっこりと微笑む。
「あぁ、よかった。
ゆっくり休んでくださいね。」
パインはゆっくりと目を閉じた。
夢を見ていた。
声が聞こえる。
(・イン。
・・える・・パイ・。
:
パ・ン。
きこ・る・・パイン。
パイン。
きこえるか?パイン。)
いや、聞こえるのではない。
頭の中に直接語り掛けているのだ。
(どうやら、聞こえているようだね。
これから話すことをよく聞いてくれ。
私は君の命を助けた。
その対価として、ある物を探し出してほしい。
その為に、私も協力しよう。
その証拠として、まずは君の身体を治そう。
私は常に君と一緒だ。)
パインは目を覚ました。
そして、身体を動かす。
鉛の様な重さは、消えていた。
腕、脚に副木があった。
寝たまま、身体を動かし確認する。
痛みなどはなかった。
そして夢の事を考えた。
あの夢は何だったのか?
考え事をしていると、突然声をかけられた。
???:「大丈夫ですか?」
パインは彼女を見た。
美人というわけでもないが、非情に可愛らしい顔だ。
守ってあげたい。
そう思わせるような顔をしている。
髪は、長髪だ。
真っ黒な、とても綺麗な黒髪。
服装は、庶民が好んで着るようなワンピースだ。
貴族ではないのは明白だった。
パイン:「あっ、もう大丈夫です。」
そう言うと、おもむろに起き上がった。
「まだ、起きてはだめですよ。
診察しますので、寝ててください。」
パインは彼女の指示に従う。
彼女は首から下げていた小さな鏡のようなものを手に取った。
パイン:「それは?」
「あっ、これですか。」
彼女はパインによく見えるように顔の前に突き出す。
形状は、まるで手鏡のようだった。
材質は木材の様に見える。
一面は鏡になっており、反対の面は魔法陣が描かれている。
「司祭様の天眼鏡です。」
天眼鏡は、物を透過して見る事ができる魔法の鏡である。
いわゆるレントゲン的な物と思えばよいだろう。
神聖魔法が使えないと使用できない為、多くの人は、
司祭はこれを使って人の心を見通す事ができると思っている。
天眼鏡を患部に当て検診を始めた。
彼女は小さく驚きの声を上げた。
「えっ。
どうして?」
無言のまま次々と診察する患部を変えていく。
そして、最後の患部を調べた後、口を開き、
目を見開いて驚きの声を上げた。
「えぇぇぇぇぇぇー!!
どっ、どうして!!
なんでーーーーっ!!」
パインは冷静に言った。
パイン:「どうしました?」
女性はまくしたてるように言った。
「あなたの怪我は、半日やそこらで治るような怪我じゃ
なかったんですよ。
まあ、確かにヒーリングの魔法は掛けましたよ。
でも、レベル0なんですよ。
レベル0。
レベル0なんて、疲労回復ぐらいしかできません。
あっ。」
女性は少し落ち着き、間をおいてから恐る恐る口を開いた。
「もしかして、上位司祭様*1ですか?」
神聖魔法を知っている者なら誰でもそう思っただろう。
骨折というのは、ヒーリングレベル3以上の
魔法が使えなければ治す事はできない。
大司教や司教は人数も少なく、民衆に広く知られているため、
自分が知らない人物となる。
つまり、パインの事を上位司祭だと考えたのだ。
パイン:「いえいえ、私は精霊魔導士です。
ところで、怪我はそれほど酷かったのですか?」
「えぇ。
村の入口に倒れていた時は、腕や脚は、間接以外の所が
変な方向に曲がり、、、。」
パインは少し青くなり、女性の話に口を挟んだ。
パイン:「ちょ、ちょっとまってください。
もう結構です。」
パインは聞いた事を後悔した。
「そうですか。」
彼女は少し残念そうだった。
「でも、どうして。」
彼女の疑問は何故怪我が治ったのか?ということだ。
パインは思い当たる事があった。
そう、夢の中の言葉。
『その証拠として、まずは君の身体を治そう。』
彼女はまだ考え込んでいた。
パインは、上半身を起こすと、
その考えを遮るように言葉を発した。
パイン:「あっ、自己紹介するのを忘れていました。
私はパイン。
先ほど言いましたが、精霊魔導士見習いです。
助けていただいて感謝します。」
一度頭を下げたあと、ゆっくりと右手を差し出す。
彼女は考える事を中断し返答した。
「私は、アリスです。」
アリスも右手を差し出し、握手をする。
パインはアリスと握手した瞬間、ある感覚を覚えた。
(自分と同じ。)
パインはその意味が分からなかった。
そしてその考えを振り払うように話始めた。
パイン:「冒険者です。」
アリス:「私は、王国魔導学院の学生です。
今は訳あって、司祭様の代わりを務めています。」
パイン:「なるほど。
神聖魔導士の卵という事ですか。」
アリス:「はい、そうです。
あっ、そうだ、食事にしませんか?」
パイン:「そういえば、お腹が空きました。」
アリスは、にっこりとほほ笑むと言った。
アリス:「ですよね。」
2人は、食卓に着いて食事をしていた。
食事は質素なものだったが、おいしかった。
食事中の団欒は、楽しかった。
色々な事がわかった。
村の名前がバジール村ということ。
森での薬草の採取・販売で成り立っていること。
倒れていたのはパインのみだったこと。
この村は、『不帰の森』(パインが逃げ込んだ森)の
近くにあり王国の領地であること。
この家が司祭の屋敷だったこと。
アリスは司祭の元で神聖魔導士の修行を受けていたこと。
この村にいた司祭は他の村へ移動したこと。
最初に目を開いた時にいた子供、
彼女は村長の娘で、アリスの妹ではなかったこと。
色々な話をした。
そして、最後にパインが何故怪我をしたのかに至った。
パインは、グレーターアントやゴブリンに襲われた話をした。
パイン:「実は、滝から落ちてからの記憶がないんです。」
アリス:「そうなんですか。」
パイン:「ところで、お手伝いすることはないですか?」
アリス:「えっ、身体の方は、もう大丈夫なんですか?」
パイン:「えぇ、何かしないと落ち着かなくて。」
アリス:「それなら、お願いしたことがあるのですが。」
パイン:「なんでしょうか?」
アリス:「危険が伴うかもしれません。」
パイン:「問題ありませんよ。
冒険者ですから。」
アリス:「ホーリーバジルという薬草をご存知ですか?」
パイン:「いえ、聞いた事はありません。」
アリス:「ヒーリングポーションの材料に使われる薬草です。
希少な薬草で、不帰の森に自生しているんです。
毎年、村の者と採取に行っていますが、
今年は司祭様と魔導士の方がいらっしゃらないのです。
強化魔法*2の術者が必要なんです。」
パイン:「なるほど。
理解しました。
私でよければお手伝いさせてください。」
アリス:「あー、よかった。
よろしくお願いしますね。」
その時、パインの頭の中に声が聞こえた。
(私の名は、グレイグ。
君と共生するものだ。)
パイン:「グレイグ?共生?」
アリス:「えっ?
どうしたの?」
グレイグ:(私と会話するには、
声を出す必要はない。
頭で考えるのだ。)
パイン:「いや、すまない。
何でもない。」
グレイグ:(まずは、君が落ちた滝つぼへ向かえ。
そこで、新たなる力を手に入れるのだ。)
パイン:(新たなる力?)
グレイグ:(そう、新たなる力だ。
その力は君の旅を助けるだろう。)
パイン:(お前は誰だ?
何が目的なんだ?
何故私に?)
グレイグ:(今は教える訳にはいかない。
旅を続ければ、いずれ知る事になるだろう。
話は終わりだ。
滝つぼへと向かうんだ。)
パインは思った。
何が何だかわからない。
声に従うべきなのか?
それとも拒否するべきなのか?
アリス:「パイン、どうしたの?
何かあったの?」
パイン:「本当にすまない。
何でもないんだ。
ちょっと考え事をしていただけだ。」
アリス:「ならいいけど。
体調異常なら、ちゃんと言ってくださいね。」
パイン:「あぁ、ありがとう。」
アリス:「ホーリーバジルの採取は3日後よ。」
パイン:「了解した。」
その返事にアリスは、この上ない笑顔で答えた。
次の日の朝。
パインとアリスは、採取時のメンバーのもとを訪れた。
メンバーは、自分達を除き3人。
そのいずれも元冒険者だと言う。
最初に目に入ったのは、元戦士のアッシュ。
パインより二回りほど大きな身体だ。
短く整えた髪、大きく太い眉、堀の深い顔、髭だらけの顎、
太い首、大きく厚い胸板、引き締まった腹部、太い脚。
服の上からも分かる。
現役の戦士といっても過言無い。
現在も屈強な肉体を維持しているようだ。
アッシュの隣に並んだ女性。
名前はパム。
元シーフだ。
アッシュの妻と紹介された。
身長は、アッシュの肩ぐらいで小柄だ。
長く真っ黒い色の髪。
小さい顔、切れ長の目、高い鼻、
バランスの整った美しい顔立ち。
今も鍛えているのだろう。
引き締まった身体が想像できる。
女性の隣にいる男性。
彼が今回の採取の依頼主。薬草士*3のリョウだ。
身長は、パムと同じぐらい。
短く金色の髪。
女性の様な顔立ちをしており、
いかにも優男という風に見える。
彼等は村の英雄と呼ばれた。
5年前、彼等は何かから逃げるように、この村にやってきた。
彼等は酷い怪我をしていた。
村長と司祭は理由を聞かずに彼等を温かく迎えた。
そして彼等はこの村に住み着くようになった。
次の年、彼等はバジルの群生地を発見したのだ。
そこに、最上級のホーリーバジルがあった。
農業中心だった村は、にわかに活気づいた。
ホーリーバジルのおかげで生活が安定したのだ。
彼等は村に見返りを求めなかった。
そればかりかホーリーバジルで得た金銭の殆どを村に寄付した。
そして彼等は村の英雄となった。
それ以来、ホーリーバジルの採取に同行している。
一通り挨拶をすました後、
成り行きで、パインは荷物運びを手伝う事になった。
リョウ:「すまないね、薬石は重くて私には辛いんだ。
それから、足元には十分注意してくれよ。」
アッシュ:「荷物運びなら任しておけ。
そのための筋肉だ。
パイン君、運べそうになければ、
誘導してくれればいいよ。」
パイン:「わかりました。」
パム:「じゃあ、アリスさんと私は労働後のお茶でも
用意しておきますね。」
アッシュ:「おぅ、たのんだ。」
パイン、アッシュ、リョウの3人は裏口から外に出ると、
荷馬車があった。
荷台には、複数の俵があった。
俵の中には、薬石が詰まっているという話だ。
リョウ:「すまないが、これを中に運んでくれ。」
アッシュ:「おぅ、まかしておけ。」
アッシュは、一番手前の俵を手前に引き寄せると、
50kgはありそうな俵を一気に持ち上げ、肩にのせた。
アッシュ:「こりゃ、結構重いな。
パイン君、無理するなよ。」
そう言ってパインの方を見る。
パインは、持ち上げられるか不安だった。
しかし、ダメ元で、俵を引き寄せ持ち上げようとした。
パイン:「えっ!!」
パインは驚いた。
俵から手を放し、手のひらを繁々と眺めた。
リョウ:「だめそうかい?」
パイン:「いや、そうじゃないんだが。」
そう言うと、パインは俵を手をかけ、ひょいと持ち上げた。
リョウ:「なんだって!!」
リョウは驚いた。
パインが軽々と俵を持ち上げたからだ。
しかし、パイン自身も驚いていた。
全ての俵を運んだあと、リョウはさらに驚いた。
アッシュは大きく息を切らし、汗をダラダラと流していた。
それに対しパインは汗を流していないばかりか、
息切れ一つしていない。
アッシュとパインは同じ数の俵を運んだにも関わらずだ。
アッシュ:「おいおい、その体格でどう鍛えたら
そんなことができるんだ?」
パイン:「いや、自分でもよく分からないんですよ。」
アッシュ:「秘密ということか、魔導士らしいな。」
一番不思議に思っていたのはパインだっただろう。
あの声の主によるものだということをパインは確信していた。
*1:上位司祭
神聖魔法を司る者には、教会から称号が与えられる。
その基準の一つとしてヒーリングレベルがある。
(上位のものは、下位を含む)
大司教 : レベル5 : 復活(死後20分以内が限界)
司教 : レベル4 : 完全なる癒し
上位司祭 : レベル3 : 上位の癒し(骨折)
中位司祭 : レベル2 : 中位の癒し(重度創傷)
下位司祭 : レベル1 : 下位の癒し(軽度創傷)
見習い : レベル0 : 低位の癒し(疲労回復、擦り傷)
2:強化魔法
強化系魔法は大きく分けて2種類存在する。
神聖魔法による防御系強化魔法。
精霊魔法による攻撃系強化魔法。
この2つは基本魔法であるにもかかわらず、
最もよく利用される魔法である。
3:薬草士
薬草について熟知し、薬草を使用して神聖魔導士の魔法の様な
効果を発揮することが出来る。
薬草は自生しており無料で入手が可能なうえ、
スクロールの様に他者にも有効であるため、人気が高い。
難点は事前に処理しなけれならない事だ。