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第3話

※次回は今日の夜に更新します。

 わたしと寺島は表の部屋に戻った。


 ステージでは緒方が一人でギターのチューニングをしている。背丈が高いこともあってか、ギターを構える姿はなかなか様になっていた。


 わたしはドラムスティックを手に取り、ドラムのイスに腰かけた。


 ドラムをたたき始めると、すかさず寺島に呼び止められた。


「栗沢さん。悪いんだけど、チューニングが終わるまで待っててくれないかな。ドラムの音が鳴ってると、ギターの音が聞き取りづらくなっちゃうから」


「あ、そっか。ごめんね」


 二人のチューニングが終わるまで、わたしはドラムセットの位置を調整することにした。少しでもドラムをたたきやすくするためだ。


 数分後、スピーカーからギターの音色が大音量で流れてきた。


 この曲は文化祭や昨日のライブで二曲目に演奏された曲だ。


 アップテンポでノリのいいギターサウンドが室内に響きわたる。


「この曲、なんていう名前の曲?」


 わたしの問いかけに、緒方が手を止めて答えた。


「これはブルハの『終わらない歌』だ」


「ブルハ?」


 再度わたしが問いかけると、緒方はあきれたような顔つきになった。


「もしかしておまえ、ブルーハーツ知らねーのか?」


 ブルハとはブルーハーツの略だったのか。そのバンド名なら、わたしも聞いたことがある。


「名前なら知ってるよ」


「つーことは、それ以外はなにも知らねーってことか」緒方はわたしのほうに身体を向け、唐突に語り始めた。「ブルハは邦楽ロックを語るうえでは外すことのできないバンドだ。シンプルだが力強いバンドサウンド。青臭くて愚直で、それでも共感してしまう歌詞。そしてなにより、ボーカル――甲本ヒロトの圧倒的な存在感。どこを切り取ってもかっこいい。今でも色あせない、カリスマ的なバンドだ」


 ブルーハーツについて熱く語る緒方の姿は、無邪気な子供のように見えた。それがなんだかおかしくて、思わず吹き出してしまった。


「おまえ、ブルハをバカにしてんのか?」


「いやいやいや! 全然違うよ!」


 わたしは首を何度も横に振り、全力で否定した。緒方ににらまれるのは心臓に悪い。冗談抜きで寿命が縮みそうだ。


 緒方と話していると、部室の引き戸が音を立てながら開いた。


「お、みんなそろってるね」


 ベースを背負った相神先輩が部室にやってきた。わたしと寺島は先輩に挨拶をし、緒方は無言で会釈した。


「ほしのちゃんが今日も来てる! やった!」


 相神先輩が声を弾ませながら、わたしのもとに近づいてきた。


「あ、あの、先輩」わたしはイスから立ち上がった。「勝手にドラム使ってましたけど、大丈夫ですよね……?」


「全然問題ナッシングだってば。むしろ、じゃんじゃんたたいてほしいくらいだし。あ、それよりさ、私のこと先輩って呼ぶのはやめてほしいな」


「え、なんでですか」


「いやー、そういうふうに呼ばれるのは性に合わないんだよねー。ま、ここは一つお姉さんのわがままを聞いてよ」


「は、はあ」ここは素直に従ったほうがよさそうだ。「じゃ、じゃあ……相神さん」


「うむ、よろしい。ほしのちゃんなら下の名前で呼んでも構わないけどね」


 相神先輩――相神さんの下の名前は、たしか志穂だったはずだ。


「相神さーん。僕らも下の名前で呼んでいいですかー?」


「きみたちはダーメ。男の子に名前で呼ばれるのは照れくさいじゃん」


 相神さんは寺島の申し入れを一蹴した。


「それじゃあ、あらためてドラムを使わせてもらいますね」


 気を取り直して、わたしはドラムをたたくことにした。再びドラムのイスに腰かけ、ドラムスティックを正面に構える。


 すると、相神さんがわたしの肩に手をかけてきた。


「ほしのちゃん。今からきみに、とっても便利なドラムのリズムパターンを教えてあげる」


「ドラムのリズムパターン、ですか?」


「うん。8ビートっていうリズムの一種なんだけどね、いろんな曲で活用できる魔法のフレーズなんだ」


 なにやら重要そうな演奏技術だ。


「難しいですか、その8ビートってやつ」


「慣れればどうってことないよ。ベースの私でもなんとかたたけるようになれたし。あ、その前に、まずはドラムスティックの持ち方から入ろうか。自然に棒を握るような形にすればオッケーだよ。それから、両手を八の字型にそろえて……そう、そんな感じ」


 言われたとおりにドラムスティックを構えると、相神さんは満足そうに頷いた。


「じゃあいよいよ、8ビートのリズムを教えるけど――ちょっとだけ待ってて」


 相神さんは自分の荷物を近くに置くと、スクールバッグからプリントを取り出し、その裏面にシャーペンをスラスラと走らせた。


「これが今から教えるドラムのフレーズね」


 プリントをわたしに押しつけ、相神さんが言った。


 わたしはプリントの裏面に目を落としてみた。



 右手・××××××××

 左手・  ○   ○ 

 右足・●   ●●  



「それだけだとわかりづらいよね」相神さんはわたしに右手を差し出してきた。「私がお手本を見せてあげる。ちょっと場所変わって」


 言われるがまま、わたしは相神さんと場所を交代した。そして、わたしはドラムスティックを相神さんに手渡した。


 相神さんは両手をクロスさせ、ゆったりとしたテンポでドラムをたたき始めた。


 彼女の身体の動きを観察してみる。


 右手で一回目・五回目・六回目のハイハットをたたくとき、右足で足元のペダルを踏んでバスドラムを振動させる。同じように、ハイハットの三回目と七回目をたたくタイミングで左手を振り下ろし、スネアドラムをたたく。


 プリントに記された8ビートのフレーズどおりに、相神さんの手足が動いていた。


 何回か同じフレーズを繰り返した後、相神さんはたたくのをやめた。


「このリズムパターンこそが、ドラムをたたくうえで重要な技術になるってわけ。まずはこのフレーズを覚えるのがいいよ」


「ありがとうございます、先輩」


「先輩って柄じゃないよ、私は」


「あ、すみません」


 わたしは相神さんからドラムスティックを返してもらい(元々ここの備品だけど)、それから8ビートの練習を始めた。


 手足の動きに苦戦しつつも、フレーズどおりにゆっくりとたたく。たまに相神さんからアドバイスを貰いつつ、ひたすら同じフレーズを何度も何度も繰り返した。


 しばらくしたあと、ベースを弾いていた相神さんがあわただしく帰り支度を始めた。


「相神さん、もう帰るんですか?」


 わたしがたずねると、相神さんは残念そうな顔つきになった。


「夜から塾があるんだ。こう見えても、私は受験生だからね」


「大変ですね、三年は」ギターの音を止め、寺島が口を開く。「僕らはまだ部室にいますよ」


「りょーかい。帰るときは、窓の戸締りと鍵の返却を忘れないようにね」


 相神さんがにこりと笑った。

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