第2話
※次回は明日中に更新します。
放課後、わたしは柚月たちに別れを告げ、再び軽音部の部室を訪れた。
昨日と同じく、室内には誰もいない。
だけど、この部屋の奥――ステージの脇には開き戸がある。わたしはその扉を開け、中を覗いてみた。
「あ、栗沢さんだ。今日も来てくれたんだね」
イスに座っている寺島がこちらに顔を向け、愛想よく声をかけてきた。
その横には緒方もいた。ただし、緒方は真顔でわたしのことを一瞥しただけで、なにか言葉を発することはなかった。
「こんにちは、二人とも」
とりあえず男子二人に挨拶をした。
二人は両手にゲームのコントローラーを持っていた。机の上に古いブラウン管のテレビが置いてあり、そこからレトロ感の漂うBGMが流れている。どうやら、二人でゲームの対戦でもしているようだ。
「なんのゲーム?」
「初代のスマブラだよ」
寺島はわたしに顔を向けたまま、にこやかに答えた。
スマブラならわたしも友達の家で遊んだことがあるけど、部屋のテレビに映っている映像に見覚えはない。最近のゲームと比べてみると、画質や音質がチープで荒々しい。おそらく、かなり昔に発売されたゲームソフトなのだろう。
「ちょ、オガチン! 僕が手を止めてる間に攻撃するのは卑怯だぞ!」
「隙を見せたおまえが悪い」
ゲームが一区切りついたところで、緒方は床にコントローラーを置いた。
わたしがいるから気を遣ってくれたのかな。とにかく、二人になにかたずねてみよう。
「ここっていったい、なんの部屋なの?」
「楽屋裏――もとい、楽器置き場だ」
寺島とは対照的に、緒方は仏頂面で答えた。
なるほど、たしかに部屋を見回してみると、壁に取りつけられている棚にはいくつもの弦楽器や打楽器などが並べられている。
ただし、それらの楽器の大半は、使い物にならないような状態になっていた。ギターやベースの弦は切れたままで、スネアドラムの中心は大きくへこんでいる。そのほかにも、埃の積もったメトロノームや先端の折れたドラムスティックが目に入った。
「どれも酷いありさまだね」わたしは楽器を見ながら言った。「こういうのって、片づけたほうがいいんじゃないの」
「僕も気になるんだけどね」寺島がゲームの電源を切った。「そのままにしておいてほしいって、相神さんに言われたんだ。そんなわけだから、勝手にいじらないほうがいいと思うよ」
「ふーん……でもこれってもう使えなさそうだけど」
「弦楽器のほうは弦さえ張り替えれば、また使えるようになるかもね。もっとも、僕らはそれぞれ自分の楽器を持ってるから、どうでもいいんだけどね」
それなら、なおさら片づけたほうがいい気がする。相神先輩がなにを思ってこの部屋の楽器を放置しているのか、わたしには見当もつかない。
「ギター弾いてくる」
緒方はそれだけ告げると、表の部屋に出向いた。楽屋裏の扉が乱暴に閉められた。
わたしはなんとなく気になっていたことを、寺島に聞いてみた。
「ねえ、寺島くん。緒方くんとは付き合い長いの?」
「んー、そんなでもないよ。オガチンに会ったのは高校に入ってからだし」
「あ、そうなんだ」
てっきり二人は、中学以前から仲が良いものだと思いこんでいた。
「緒方くんって不良っぽいよね」
「それ、本人の前では絶対に言わないほうがいいよ。キレるから」
なら、不良に見間違われるような格好をしないでほしい。
「緒方くんと仲良くなれるか不安だよ」
「心配ないって。僕もまだオガチンとの付き合いは浅いけど、少なくとも根は良いやつだから。それだけは確信できるよ」
寺島の声には自信がみなぎっていた。
緒方に対して嫌な印象を抱いているわけではない。昨日だって、わたしの心境に気づいていたし。
それでも、わたしにとって緒方は、気楽に話しかけられるタイプの人間ではないのだ。これから上手くやっていけるのか、どうしても不安になってしまう。
「ちなみに、僕とは仲良くなれそう? 安心して栗沢さん、僕は紳士だから」
「……まあ、緒方くんよりは」
彼は彼で軽薄というか、少々チャラいイメージがある。見た目は優等生っぽいのに。緒方と寺島、二人の性格を足して二で割れば、ちょうどいいあんばいになりそうだ。
「じゃあ、もう一つ聞いてもいいかな。部長――相神先輩はどういう人なの」
「えっ!? あ、あの人のことは、いまいちよくわからないんだ」
「面倒見がよさそうに見えるけど」
「相神さんとまともに話すようになったのは、つい最近のことだからね。具体的にいうと、文化祭の二週間くらい前かな。それまではあの人、ほとんど部室に来なかったし」
そのわりに、相神先輩は二人から慕われているように見える。これもすべてあの人の人柄によるものだろうか。
「相神先輩って何年生だっけ」
「三年生だよ。軽音部の存続に関係なく、来年には卒業してしまうんだ。だからこそ、軽音部が廃部になるのは嫌なんだろうね」
大学受験を控えているなら、三年生の相神先輩は遅くとも今年中には引退するだろう。けれど、自分が今まで所属していた部活が卒業を目前にして廃部になってしまうのは、誰だって嫌なはず。後輩たちに部の存在を託したいと思うのが普通だ。
「表でドラムの練習してくる」
わたしが扉に向かうと、寺島がイスから立ち上がった。
「僕もギターの練習する。軽音部が廃部になるのは、僕だって嫌だし。ギターが上手くなるに越したことはないからね」
昨日入部したばかりのわたしには、まだ軽音部に思い入れなんてない。
でも、バンドというものに興味を持ってしまった以上、軽音部が廃部になる事態は避けたいところだ。




