第1話
翌日の昼休み。
一年二組の教室は今日もおおいに賑わっている。
わたしの隣に伊織、右斜め前に花音、そして正面に柚月。いつものように仲良し四人組で机をくっつけ、和気藹々としたランチタイムが始まった。
わたしはさっそくみんなに、昨日の出来事を報告した。
「――というわけで、軽音部に入部することになったんだ」
話し終えると、三人は一様に驚いた。
「ほしのが軽音部!?」スマホを片手に持った伊織が叫ぶ。「私たちに内緒で見学するだなんて、やっぱりほしのは大胆だねー」
「私もびっくりしたよ!」メロンパンをかじりながら、花音がしゃべる。「ほしのちゃん、部活に入ったからって、私たちのこと見捨てないでよね」
「見捨てたりなんかしないよ。そんなこと言わないで」
元々わたしは、積極的に行動するような人間ではない。どちらかといえば、誰かの後ろをついていくタイプだ。だからこそ、わたしが一人で軽音部に入部したことに、みんなが驚いているのだろう。
「ほしのって変わってるよね」
弁当の玉子焼きをつつきながら、柚月がなにげない口調でつぶやいた。
「そうかな?」
「そうだよ。だって、文化祭のライブを観て興味を持ったんでしょ。軽音部の演奏、あたしは下手くそだと思ったよ。よく軽音部に入る気になったね」
「そりゃあわたしだって、あのときの演奏は下手だと思ったよ」わたしは弁当箱の上に箸を置いた。「それでも、わたしには軽音部のみんながかっこよく見えたんだ。なんていうか、理屈の問題じゃないんだ」
「まあ、ほしのが本気で部活に打ちこむっていうなら、あたしは応援するけどさ」柚月の声はどことなく冷めていた。「中途半端にやって後悔しないように気をつけなよ。あんたはどこか抜けてるとこがあるからね」
「それって忠告?」
わたしがそう言うと、柚月は可愛らしい笑みを浮かべた。
「ようするに、やるなら本気でやれってこと。がんばれ、ほしの!」
「あ、うん。ありがと」
柚月の真意を汲み取れないまま、わたしは曖昧に返事をした。
四人がご飯を食べ終えると、柚月は一人で教室を出てしまった。彼女の交友関係は広いため、昼休みにはよくほかのクラスまで遊びに出かけるのだ。
「ねえ、ほしの。あいつの言うことなんて、気にする必要ないよ」
弁当箱を片づけているわたしに、伊織が話しかけてきた。
「あいつって――」
「柚月のことだよ。自分だってたった二ヶ月ちょいで吹奏楽部を辞めたくせに。ほしのがどうこう言われる筋合いはないっつーの」
「しょうがないよ。あの子、世話好きなところがあるもん」
花音が平然とした顔つきで答えた。その様子を見て、伊織がくすりと笑う。
「世話好きっていうより、ただのおせっかいな人じゃないの?」
「あー、わかるー! 余計な親切みたいな。あの子絶対、自分に酔ってるよ」
「そこまで言ってねーし! こわっ! 花音マジおっかないわー」
どうして友達の悪口でこうも盛り上がれるのか、わたしには理解できない。言いたいことがあるなら、本人の前ではっきり言えばいいのに。
「柚月っていっつもほしのに対して優位に立とうとしてるよね。ほしのもそう思わない?」
「そ、そうだね。……ちょっぴりだけど」
「でしょー? たまにはそれとなく注意したほうがいいって」
わたしは伊織の意見に同調してしまった。
本当はそんなふうには思っていない。柚月にはいつも助けられている。むしろ感謝しているくらいだ。
だけど、ここで下手に反論でもしたら、今度はわたしが矢面に立たされてしまう。こういうときはただ穏便にやり過ごすのが一番だ。それが今までの人生の中で自然に会得した、自分なりの処世術だった。
五時限目の予鈴が鳴り、柚月が教室に戻ってくると、伊織や花音は何事もなかったかのように彼女を温かく迎え入れた。
次回は今日の夜に更新します。