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内に秘めたる密かな欲望

「私と智君は、両親同士がとても仲がよくて……家族ぐるみのお付き合いをさせていただいていました」

 思い出すように、優香さんがぽつぽつと話してくれる。

 薫が用意したココアの香りが、部屋中をゆっくり満たしていた。

「智君のご両親は、会社を経営していらっしゃるんですけど……特に智君のお母様が私を気に入って下さって、縁談のお話も、割と早い時期から進められてきました」

 わお、ここで新たな事実が発覚。大樹君が軽く口笛を吹いた。

 でもこれで、中村さんの「許嫁」発言も納得してしまう。

「智君と私は、5歳ほど年齢が離れているので……私はお兄さんのように慕っていました。でも、いつの間にか一人の男性として意識してしまって……」

 まぁ、ありがちと言ってしまえばそこまでだけど、近くにいた異性を意識してしまうのは個人的にも萌えるシチュエーションなので、ちょっと羨ましいかも。

 ……いや、私には薫がいるから幼馴染はもういらないっ!

 隣に座っている彼の手を無意識のうちに握っていた。薫は何も言わずに握り返してくれる。この関係が……くすぐったいけど、嬉しい。

 ってことは中村さん……真雪さんや千佳さんより年上になるのかな。まぁ、優香さんと同じだったらどうしようと思ってたから、内心ホッとしているんだけど。

 さて、これからどんな甘酸っぱい思い出が聞けるのかと思って耳を傾ける私たち4人。だが、

「妄想、してしまうんです……彼が服を脱いだらきっとこうなんだろうな、とか、ああ見えて誘い受けなんだろうな、とか……っ」


 ……あれ?


 綾美以外の3人は目を点にして、優香さんの言葉を待った。

「気真面目で一直線な性格だから立場が上の人間には従順に従っちゃって調教されちゃったり、でもそう見えて実はすっごいサドで緊縛プレイとか好きかもしれないし、最後は淫乱オチかもしれません。あぁっ、今後スーツを着ている姿なんて見てしまったら、私……何を描いてしまうか分かりませんっ!!」

 え……えぇぇぇ!?

 期待を裏切らない優香さんの発言に、予想はしていても目の当たりにすれば驚いてしまう。

 軽く引いている私たちに気づいているのかいないのか、彼女は饒舌に言葉を続けた。

「智君は素直な人ですから、私の要望にはきっと応えてくれるんです。それを知っているから、私……彼にとんでもないことをお願いしそうでっ……!!」

 頬を染めて「あぁっ! 私はやっぱりダメな人間ですっ!!」と、何度も首を横に振る優香さん。

 ……まぁ、否定しませんが。

「その気持ち分かるわー」

 ココアで一服しながら、私の正面にいる綾美が頷く。

「あたしも大樹を脱がせて骨格とか研究したいし」

 すると、彼女の隣にいた大樹君が「おいおい綾」と彼女をジト目で見やり、

「俺は既に脱がされたんだがなぁ……そういう俺の文字どおり献身的な協力で去年の冬コミは本が出せただろうが。そうだぞ綾、俺にもっと分かりやすく感謝を示しても問題ない、むしろ大歓迎だ!」

「えーそーねーありがとーかんしゃしてるわー」

 棒読みの綾美は苦笑いを浮かべつつ、何やら一人でブツブツ呟いている優香さんに視線を向け、改めて尋ねる。

「で、優香、どうするか決めたんでしょう? っていうか、決まってたんでしょ?」

「は、はい……でも……」

 優香さんもこれ以上隠したくないし、隠し通せるかどうかも疑問だ。これをいい機会だと思って彼に打ち明けたい思いは強いはず。

 ただ、問題は……。

「でも、何をどう言えばいいんでしょうか。私が男性×男性の同人誌を描いていることは事実ですけれど、いきなり本を渡して理解を求めるのは難しいように思ってしまって……」

 それは荒療治だ。さすがの綾美も顔をしかめる。

「それは少しきついわね……ねぇ優香、彼は漫画とかアニメとか、そういうことに興味はないの?」

「少年漫画を少々嗜む程度だと思います。O○E PI○CEやB○EACHを読んでも、脳内でカップリングが編成されることはないみたいですから……」

 さすが、と、称賛するべきなのだろうか……私もさすがにそこまで妄想しながら読んでいないけど。(物語を追うのでいっぱいになっちゃうし)

「でも、頭ごなしに文句を言ったりはしていないんでしょう?」

「はい。少なくとも、私が知る範囲では……そういう人じゃありません。最初は受け入れられないかもしれないけど、受け入れようと努力はしてくれると思います」

 力強く肯定する優香さんに、綾美は口元に笑みを浮かべて「じゃあやっぱり、真正面から理解してもらいましょうか」と、舌なめずり。まるで獲物を見つけた肉食獣みたいだ……言いすぎかな。

「幸い明日は祝日だし。あたしもなるだけフォローするけど、肝心な話は自分でしなさいよ?」

「は、はい、でも……肝心な話、って?」

「同人ゲームの原画をやるって話よ。明日はそこを重点的に説明しましょ」

 綾美の作戦はこうだ。

「今回の優香の仕事は同人って言ってもバックでは結構な資本が動くわ。メディアミックスを最初から視野に入れてるような、そんなプロジェクトの一員に選ばれたのよ? 雑誌にだってこれだけ特集されているんだから……優香がやっていることは趣味の範囲を超えてる、でもそれが今回は強みになるはずよ。いくらこっちの事情に疎くても、これだけこのとを万人が出来るわけないってことは理解できるでしょ」

 そう、中村さんに見せるのは彼女の同人誌ではなく、彼女が担当するゲームの企画だ。

 単に自己満足で描いたパロディではなく、煉雀という名前で認めらている彼女もまた、「小林優香」という人間であること。

 そして、この世界が……彼女を必要としていること。そんな彼女が、彼に受け入れてもらいたいと強く思っていること。その辺を重点的に説明して、彼の出方をうかがうのだ。

「彼もまぁ、ある程度のショックは予想してるでしょうから……すぐには受け入れられないかもしれないけど、そこは、優香と彼の信頼関係に委ねるしかないわね」

 話がまとまりかけたところで、綾美が私と薫の方に向き直り、珍しく軽く頭を下げた。

「何だか色々巻き込んじゃってゴメンね。明日はあたしと優香で行くけど、ちゃんと結果は報告するから」

 そんな綾美に釣られるように、優香さんも正座のまま、静かに頭を下げる。

「お二人には……特に都さんは、智君と私を繋げて下さって本当に感謝しています。薫さんも私の無茶な要求にお付き合いくださいまして、ありがとうございました」

「い、いや、だから優香さん、そんなにかしこまらないでくださいっ!」

 私が顔をあげてくれと頼むけれど、彼女は首を横に振って、

「未熟者の私がこんなことを言うのはおこがましいですが、出来ることならば、私と智君も…………」


 ……沈黙。


 彼女は額を床にこすりつけ、土下座の状態で固まってしまった。

 見つめるだけならば非常にシュールな光景なんだけど、

「あの……ゆ、優香、さん?」

 どこが具合が悪くてうずくまっているのかと思い、私は恐る恐る話しかけた。

「……すー……」

 可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 ……え?

「都?」

 彼女の異変を心配した薫は、その場で固まった私に訝しげな視線を向けていたが、

「あ、あれ? あのー……小林さん、まさか……」

「ん? どうしたの新谷君。っていうか優香、何やって……」

「おいおい何事だ?」

 綾美と大樹君もまた、土下座したまま硬直している彼女を覗きこみ、

「寝てるわね」

「寝てるな」

 二人で納得。

「って、納得しないで! とりあえず起こすから手伝ってよっ!」

 とりあえず肩をゆすったり頭をぺしぺしと叩いてみたり呼びかけてみたが……彼女は微動だにせず、規則正しい寝息を聞かせてくれる。

「甘いわよ、都。締切明けにあたしがどれだけ深く眠れると思ってるの?」

「自慢するなっ! じゃあどうすればいいのよ!?」

「んー……しょうがないから、今日はここに置いて帰るわ。そろそろ出ないと帰れなくなっちゃうし」

「はいぃっ!?」

「大丈夫よ、こうなったらあと8時間くらい目覚めないから」

 何がどう大丈夫なのよ!? ごらんの有様だよ!?

 部屋の主を完全に無視した話し合いが続いた結果、綾美は空のコーヒーカップを持って立ち上がり、

「じゃあ新谷君、明日の朝、また連絡するから」

「と、いうわけだ。薫に都ちゃん、またなー♪」

 彼女の後に続いた大樹君も、流し台でカップを洗って部屋を出て行く……。

 にこやかな笑顔の二人が扉の向こうに消える様子を、私達はただ、呆然と見送る(?)ことしか出来なくて。

「……薫、いいの?」

「いやぁ、もう、何が何だか……」

 それが彼の正直な感想であることに違いない。

 時刻はもうすぐ午後10時、この部屋に残された私たち3人――というか私と薫は、さて、一体どうしようかと途方に暮れるしかなかった。

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