新たな高みへレディ・ゴー!!
見送りのために降り立ったホームには、特急列車を待つ人たちが、時間まで、それぞれの時間を過ごしていました。
智君の切符は指定席。だから、座席を取るために焦って並ぶ必要もありません。私達は空いているベンチに並んで腰を下ろし、
「心配をかけてしまって……申し訳ありませんでした」
開口一番、私は彼に頭を下げました。
今回のことは、全て私が発端です。私が彼にずっと隠してきたから、誤解が誤解を生んで、その結果――
「折角の貴重なお休みを、私のせいで……」
「うん、実に有意義な休日だった」
私の言葉をさえぎるように、彼ははっきりとこう言いました。
「おかげで優ちゃんのことを、きちんと知ることが出来た。綾美さんや新谷君みたいな人がいることも分かったから、これからは安心して君を送り出せる」
「え!? あ、それは……でも……」
笑顔を向けられて、混乱しました。
どうして。
どうしてこの人は、こんなに……。
「怒って……いいんですよ。黙っていたこと、隠していたこと……」
こんなに真っ直ぐ、優しいのでしょうか。
溢れた涙を隠したくてうつむいた私に、彼が言葉を続けます。
「……覚悟をして来たんだ」
「覚悟、ですか?」
「ああ。優ちゃんはこの町にいる他の男と笑顔で歩いてるんだろうな、って。でも君は俺や周囲に遠慮して、自分の気持ちを言い出せなくて悩んでいるだろうから、そんな君のきっかけになればいいと思ったんだ。だから、多少強引に思えるような行動でも構わなかった」
ああ、やっぱり。
私の曖昧な態度で、彼にいらぬ心配を与えてしまっていた。
「私には……そんな度胸、ありませんよ」
ぽつりと呟くと、隣の彼が苦笑します。
「ああ。自分もそこに気づくべきだった。でも、何はともあれ……こうして、自分が一番知りたかった情報を得ることが出来たんだ。むしろ、優ちゃんの仕事の邪魔をしてしまって、申し訳ないと思ってる」
「そんなことありません。ご覧になったでしょう? 私……スイッチが入ると凄いんですから」
「ああ、驚いたよ」
彼の笑い声に、心臓がもっと速く動きます。
本当は……今でも、怖い。
自分を知られてしまうことと、そんな自分を……受け入れてもらえないかもしれない、そんな、確証のない不安が消えないままだから。
もしかしたら体が震えていたのかもしれません。膝の上で両手を握りしめてうつむいた私の頭へ、彼がそっと手を添えて、
「……頑張れ」
「智、君……」
「優ちゃんのやってることは、もっと誇るべきことだ。自分の才能を磨いて、努力して、つかみ取った結果だ。誰にも真似できない、優ちゃんにしか出来ないことなんだから……もっと自信を持ってほしい」
まさか、彼に言われると思っていなかった……誰かに言ってほしかった、そんな言葉ばかり。
私の夢を誰よりも応援してくれている、そんな彼の想いに報いるためには、
「頑張ります……必ず、凄いゲームを作って……智君にも、面白いって言ってもらえるものを作って……!」
ポケットから出したハンカチで涙をふきながら、私は顔をあげて……隣にいる智君を見つめました。
「あ、ああ……そうだな、うん、俺も優ちゃんの関わったゲームなら遊んでみたい気が……する、よ」
「いつかそれがミュージカルになって大ヒットするまで、頑張りますね!!」
「ミュージカル……? あ、まぁ……そうだな。とにかく今は、目の前のことを頑張ってくれ。俺に出来ることなら協力するから」
「はいっ! ありがとうございます。私……智君のそういう前向きなところ、好きです」
「へっ!?」
刹那、彼が変な声を出したかと思ったら耳まで赤くして、目を見開きました。
……あれ?
私……何か変なこと言ってしまったでしょうか?
「あ、あの……智君、私、何か変なことを……?」
「いや、えぇっと……いいんだ。気にしないでくれ」
「?」
そう言われても不安になってしまいます。感情がすぐ表情に出てしまうので、彼もすぐに察してくれて、
「優ちゃんは……変わってないな、と、思って。それで安心したんだ」
「そうでしょうか……」
「そうだよ。ずっと見てきた自分が言うんだから、間違いない」
智君が力強く断言した瞬間、電車の到着を告げるアナウンスがホームに響きました。
周囲が動き始めるのに促されて、私たちも立ち上がり、
「あの、さ……優ちゃん」
「はい?」
「自分も――」
刹那、ホームに電車が滑り込んできて……強い風が、通り抜けました。
そんな中で。
はっきり聞こえた彼の声に……私は何も言えないまま。
開いた扉の向こうへ消える背中を、見つめていたのでした。
そして。
「あー……悔しい。結局新谷君に負けっぱなしだったなんてっ!!」
皆さんとのボーリング大会終了後、家――と言っても綾美さんのご自宅ですけど――に帰る電車の中で。
途中で乗り換えがある田村さんと別れてからも、綾美さんは終始、悔しそうにジタバタしていらっしゃいます。
祝日の夜、快速電車はそれなりに込み合っていて……私達は二人で扉の近くに立ち、今日のことを振り返っていました。
「でも、綾美さんもお上手でしたよ」
「多少自信があったから余計悔しいの! あーもう、こうなったら……優香、次にどんなデッサンモデルで新谷君を辱めるか、家に帰ったら作戦会議よ!!」
「はい、分かりました」
少し新谷さんに申し訳なく思いながらも、やっぱり笑顔で同意してしまいます。
そんな私を見つめていた綾美さんは、不意に、その大きな瞳を細めて、
「……良かった。優香がいなくならなくて」
「綾美さん……」
「不安だったのよ、これでも。あたしは優香のファンでもあるんだから」
「ご心配をおかけしました……」
反射的に頭を下げた私へ、綾美さんは「ほら、また」と、軽くため息をつきながら、
「もう、あんたって……変わらないわね、その低姿勢と丁寧口調」
「は、はい……あの、ダメでしょうか?」
おずおずと頭を上げた私へ、彼女はいつもの笑顔をむけてくれた。
「ううん。変わらないのも凄いなぁって思ったの。覚えてる? あたしたちが初めて会ったイベントの時……」
「も、勿論、忘れていませんよ!」
それは、私が初めてイベントに参加した時のこと。
イベントのルールや約束事が何も分からなかった私へ、隣のスペースにいた綾美さんが色々教えてくれたんです。
「あの時はお釣りも全然用意していませんでしたから……綾美さんがいらっしゃらなかったら、どうなっていたか」
「そうねー。でもまぁ、あたしも最初の頃は周囲に助けてもらったから。それに、絵があたし好みだったからって要因も大きいかな。一緒に本を作ったら面白いことになるだろうなって、最初から思ってたのよ」
当時から勢力的に活動していた綾美さんは、あの頃から……そして今でも、私の目標です。
そんな彼女と一緒に活動出来て、こんな言葉をかけてもらえるなんて……。
「あの頃の優香も、ずっと腰が低いし、ですます口調だし……あたし、あんなに男性がWJのBL本買っていく様子、あんたのスペース以外で見たことないわよ」
「そうですか。ありがたいことです……」
「うん、そう、ちょーっとずれてるのよねー……まぁ、それも魅力だけど」
「?」
「何でもない。でも、今回のことで、優香が同人をやめちゃったらどうしよう、って……一人で勝手に寂しくなっちゃってたのよ、これでも」
そこまで言い終えてから、綾美さんは窓の向こう、流れる景色をぼんやりと見つめ、
「大樹が遠くに行っちゃって、その上優香までいなくなったら……どうしようって」
「綾美さん……」
彼女の横顔に、今まで見たことのない翳りを感じた私は……どんな言葉をかければいいのか分からないままでした。
しばらく無言で窓の外を眺めていた綾美さんは、一度深く息をついて、
「でもまぁ、結果的に中村さんも現代では珍しいくらいいい人だったし、優香の心配ごともなくなったし……良かったわ。あたしが何もしなくても、きっと、こんな結果に――」
「そんなことありませんっ!」
思わず、ここが電車の中であることを忘れるくらい……私は大きな声で彼女の言葉を否定しました。
驚いた綾美さんが目を丸くして私を見つめます。
でも、ここは……しっかり伝えなくちゃいけない、そんな気がしました。
「私の背中を押してくれたのは綾美さんです。綾美さんがいなかったら、私は勇気が出せないまま、きっと、智君にも嘘をつき続けていたと思いますからっ……!」
「優香……」
「ありがとうございます。不束者ですが……これからも、よろしくお願いたします」
私は背筋を正し、綾美さんを真っ直ぐに見つめました。
これが、今の私の本音であり、精一杯の感謝の気持ち。言葉でどこまで伝えられるか分からないけど……足りない部分は、これから、違うことで返していきたい。
心から、そう思いました。
「その台詞、あたしじゃなくて中村さんの前で言ってあげなさいよ……」
ふいと視線をそらして、再び窓の外を見つめる綾美さん。
それが照れ隠しだってことに気付けた私は、少し、彼女に近づけたでしょうか?
それから。
綾美さんがお風呂に入っている間、智君から電話がかかってきました。ようやく自宅に到着した様子です。
「お疲れ様でした。でも、明日からお仕事なんですから……ゆっくり休んでくださいね」
私はもうちょっと、原画の作業を進めますけど。
……智君に原画の進捗状況を聞かれる日が来るなんて、思っていませんでした。
「はい、分かっています。納期には間に合うスケジュールですから、心配しないでください」
智君らしい心配です。でも、私だってそれくらいきちんと分かってるつもりですから……っ!
でも、少し心配になってきました。後でもう一度確認しておくことにします……。
「え? あ、はい……それは勿論大丈夫です、嬉しい、です、けど……」
彼からの質問は、明日も電話をかけていいかということでした。当然二つ返事で頷く私は、不意に、今日の別れ際のことを思いだして、
「あ、あの……智君、あの時はびっくりしちゃって、ちゃんと言えなかったんですけど……」
途端、電話の向こうにいる彼が無言に。表情まで想像できちゃいます。
智君は実直な人だから、回りくどいことはしたくありません。だからこそ、私が実行するには勇気が必要なんですけど……。
でも、今なら……私から素直に伝えられる。そんな気がしました。
「……私も大好きですよ、智君♪」
ここから始まる、私たちの新しい関係が……どうか、幸せな結末でありますように。
人生初の告白を成功させただけの私には、これからどうすればいいのか、詳しく分からないままですけど……周囲にいる頼もしい先輩方を思い出すだけで、そんな不安も吹き飛んでしまうのでした。
な、何だか優香の口調に合わせて書いたら自分の文章に違和感が……そんな霧原です、こんにちはこんばんはおはようございます!
改めて、ここまで読んでくださって……本当にありがとうございました。今回のシリーズはいかがだったでしょうか?
霧原的には色々実験だったのですけど(笑)、今回は「壊れる薫」をコンセプトに……したつもりはなかったんだけどなぁ。
新キャラの優香と智哉も色々ぶっとんだ人物にしたので、どこまで暴走させていいのか様子を見ながらでしたが……エピローグで煉雀さんを出さなかったのをみると、霧原さんもこの二人を落ち着かせたかったみたいです。「TSIS」の中でも珍しい善良なカップルなので(ぇ)、初デートとか書いたら色々面白いことになりそうだなぁ、と、既に妄想しています。
今回は千佳や真雪、奈々、林檎の出番が非常に少なかった分だけ、綾美に最後まで出てきてもらいました。あと、大樹も比較的目立っていたし……初期の頃から「綾美と大樹の出番が少ないよ!!」と嘆いていた皆様は、楽しんでいただけたでしょうか?
そんな皆様のご意見・ご感想を聞くべく、今回もありますよ、完結記念アンケート!!(http://www.smaster.jp/Sheet.aspx?SheetID=16288)
今回は回答していただいた方へもれなく、あとがき完全版や外伝があるオマケページへのアドレスを進呈します! 似るなり焼くなり好きにしてください……ただ、外部に流出しないでね☆
とりあえず外伝としては、「綾美と大樹の前日譚」「都、新谷母とご対面!?」は決まっているのですけど、それ以外は……アンケートで決めようかな、と。
毎回、皆様からの回答を非常に楽しみにしておりますので、どうぞ、ご協力くださいませ。
これ以上はアンケートの宣伝になってしまうので(苦笑)、とりあえず一旦、霧原はこの辺で。
都・薫を含め、今後ともこのシリーズ(と、霧原)を、よろしくお願い致します。
ここまで読んでいただき、ありがとうございましたっ!




