第19話 戦争の裏では
第05節 intermission〔1/3〕
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『第二次アプアラ独立戦争』または『十日間戦争』と、後に呼ばれることになる、この戦争。
それはサリアが主宰する新聞社が、翌朝にはビジア領都オークフォレスト、ドレイク王国暫定首都ネオハティス、独立都市ボルドなどに戦況を配信していた。
たった3日でアプアラを解放し、10日(正確には11日)でリーフ王国を降伏させた、この戦争。対外的には「ビジア軍」とされているものの、それが建国したばかりの「ドレイク王国軍」の戦果であることを、この報を受けた各都市の首脳たちに理解出来ない筈が無かった。
オークフォレストは、連日お祭り騒ぎ。「フェルマール最弱」などと謂われていたビジア軍が、鎧袖一触、リーフ軍を蹴散らしたというそのニュースは、町の人たちを興奮させた。
ネオハティスでも、ビジア軍の名のもとに、シーナ王女や他の騎士団・部隊が協力していることを知っていただけに、我が事としてこの朗報を歓んだのである。
ボルドも同様だ。同盟を結んでいるビジアの快挙は、市民にとっても心強い。とはいえボルド市評議会では、そんな簡単な分析では終わらなかった。
ビジア軍に協力している、ドレイク王国軍。その中核は、嘗ての冒険者旅団【緋色の刃】だ。ドレイク王国の建国以前からその戦力評価を行っていたが、この戦争の経過は、独立前に結論付けたその戦力を遥かに凌駕する。これが、事前評価が不十分だった所為ならばまだ良い。麾下にある騎士団だけでこの強さであるのなら、その中核である【緋色の刃】の構成員たちはどれほどの戦闘力を持っているのか、不安になるが、まだましだ。
もし、従前の戦力評価に間違いがなく、しかしこの一年でここまで戦力を増したというのであれば。これは脅威というレベルの話ではなくなる。
たった一年でここまで戦力を増強出来るのであれば、次の一年でどこまでその脅威を増すというのか。想像するだに恐ろしくなる。
ちなみに、このボルド評議会の懸念は、ある意味正しい。
ドレイク王国軍のこの一年間の成果。増強された戦力の中核として配備された主兵装である、魔力銃。その射程は1km超。そして、ボルド河の河幅は、約1km。つまり、ネオハティスからボルドは、直接射撃圏内なのだ。一方ボルド側は、1kmの距離を隔てて攻撃出来る、長距離攻撃手段はない。ましてや有翼騎士団などという歴としたチート部隊が存在する以上、戦争になったら勝ち目どころか対抗手段さえ無い、ということになる。
加えて、ボルド評議会は、もう一つの重要な事実にも気付いていたのだ。
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ローズヴェルト王国首都ローゼラント。こちらにも、遅ればせながら戦況の推移は報告されていた。
メーダラ領を併合したローズヴェルトにとって、アプアラはロージス地方を挟んだ「ご近所さん」だ。望まなくても戦況は伝わってくる。
しかし、そのビジア軍の進軍速度は、商人による情報伝達速度を上回っていた。結果、情報が前後し、その全貌を理解するのにかなりの時間がかかってしまったのは、或いは仕方のないことだろう。
ローズヴェルトにとって、第一報は「ウーラ陥落」であった。何処の国の軍隊がウーラを攻め落としたのか。それさえ不明だった。その為、カナリア公国がロージス地方からアプアラに侵攻したのでは、という誤報も流布することになり、カナリア公国がフェルマール方面に再侵攻を開始したという観測も出て来、更に真実を究明することを妨げていた。その一方で市井では、「ビジアがリーフを降した」という噂も流れ始めていた。
第二報は、「アプアラ軍、リーフの国境砦を突破」である。領都ウーラが陥落したにもかかわらず、軍を編成して、今では宗主国となっているリーフの国境砦を撃破する? つまり、アプアラで革命なりクーデターなりが起こり、現統治者が領都を追放され、その挙句独立の為に宗主国との間に戦端を開いたのか? こんな短時間で? この情報で、余計戦況が理解出来なくなった。
第三報は、「ビジア軍、オークフォレストから出陣」であった。そして、それとほぼ同時に、ボルド経由で「ビジア軍、リーフ王都ワルパを占領」という報が届いた。最早何が起こっているのか、ローゼラントでは理解不可能であった。
これこそが、ボルド評議会が気付いた、最も恐ろしいこと。
距離を隔てたボルドでも、リアルタイムで戦況が伝わる。
この情報伝達速度こそ、ドレイク王国の最も侮れない部分だろう、とボルド評議会は分析したのである。
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カナン暦707年夏の一の月の24日目(新暦2年6月5日)。
アプアラ領都ウーラ。遠からず「アプアラ王国首都」となる都市。
この街で、リクハルド・カトゥカ卿はその日、ビジア軍の出撃を見送ることになった。
ビジア軍は、大胆にもウーラに占領軍を置かず、全軍(一部の負傷兵は例外)を以てワルパに向けて進軍を開始したのである。
混乱を極めたウーラの治安回復を、カトゥカ卿に一任して。
つい昨日まで敵だった男に、何故そんな大権を与える? 俺のことは信じないのではなかったのか?
考えて、一瞬で結論が出た。
彼らにとって、ウーラを攻略することくらい、いつでも出来るのだ。
ただその後のことを考えると、なるべく確執を残したくない。また、ウーラの治安回復の為に采配を振るうのは、元領主であるカトゥカ卿の方が都合が良い。
その程度の理由でしかないのだろう。
戦争は、外交の一手段。
よく言われることだが、そうであれば、戦い方、殺し方、壊し方、勝ち方。そして占領政策や統治の仕方までが、そこに組み込まれることになる。
通常の戦争では、そこまで配慮する余裕はない。
が、それだけの戦力差があるのなら。
そういうやり方も可能だろう。
事実、あのウーラ郊外の戦いでは、アプアラ軍の被害はリーフ軍の被害に比べて僅少であった。
戦争をしていたのだから、「負けたにもかかわらず損害無し」など期待する方がどうかしている。しかし、アプアラ軍を盾にして、後方に陣取っていたリーフ軍に被害が集中していた事実は、ビジア軍(正確にはドレイク軍)の明確な意思を看て取れる。
その上でウーラに兵を残さず、治安回復をカトゥカ卿に一任した、その姿勢。
それは、「ビジアとドレイクにとって、アプアラは敵ではない」と雄弁に語っている。
戦力的な意味で「敵ではない」と言っているのか、外交的な意味で「敵ではない」と言っているのか。どちらであっても、結論は同じだろう。
この状況で、ビジアやドレイクに対して敵意を持ち続けることが出来る領民は、少ない。
心情的にも、アプアラはビジアに敗北した。
その事実を受け入れ、しかしカトゥカ卿の心は、晴れやかであった。
(2,956文字:2016/09/08初稿 2017/08/31投稿予約 2017/10/16 07:00掲載予定)
・ 普通、こういう戦闘情報などは情報統制の対象になります。が、今回の場合、その報道が早過ぎた為、リーフの間者がその情報の裏付けを取って本国に伝達しようとした時には、既に「ワルパ陥落」が報じられた、という状況だったのです(なんせ、ビジア軍の日中の行軍速度は早馬と同等。野営時間の差が早馬の唯一のアドバンテージだった)。その早さ故、統制する意味さえなくなっていたのです。なお魔力銃やダイナマイトの存在といった、軍事機密に該当する事項は当然報じられていません。それによる情報の空隙は、記者が妄想し捏造しています。……カレンさん無双(但し記事の中だけ)。
・ ボルド評議会は、ドレイク軍の戦力増強ペースを分析して蒼い顔をしていますが、一年後には火薬銃の実用化モデルがロールアウトする予定です。ちなみに12.7mm(.50口径)長銃身リボルバー六連装(射程700m~1,400m)。電気着火雷管は未開発なので連射は出来ません(機械式ガトリングも研究未着手)し、数が揃うまでにも暫く時間が掛かるでしょうが、揃ったら現状での戦力評価はまるで無意味になるでしょう。
・ ビジア軍はウーラに兵を残さなかった、とカトゥカ卿は述懐していますが、有翼騎士団の物資集積拠点としての機能をウーラに求め、またその運用の為に一部の有翼騎士たちは残留しています。但し彼女らは、オークフォレスト、ネオハティス、そして前線と忙しなく飛び回っている為、「残留」とか「駐留」というイメージはありません。「空飛ぶメイド隊」を「兵士」や「騎士」と認識することが難しかっただけかもしれませんが。




