第10話 王権移譲
第03節 建国〔2/3〕
建国を年内に。これは、市民に対する公約である。
そして夏の終わりには、事実上建国の準備は整っていた。
しかし。メーダラ領の問題が解決する目途が立った為、その決着を待った結果、建国は年末まで延期された。
新暦元年12月2日(カナン暦706年冬の一の月の17日目)。この日は、12月の最初の日曜日。新たな国の、新たな祭の日に相応しい。
そして、その内容が公告されて以降。儀式の会場となる迎賓館(この半年、急ピッチで建設された。街の中央広場を臨む位置にある)とその周辺が、市民ボランティアによって塵一つない程に清掃された。
ネオハティスを訪れた領主・公王は、有角騎士団儀仗隊による歓迎を受け、小なりとはいえ既に国家としての体裁を整えつつある事実を目の当たりにするのであった。と同時に、一角獣を従えたその威容に、言葉を無くしていた。
◆◇◆ ◇◆◇
「フェルマール王国王子、ムート殿下。御入来!」
司会の言葉に、列席した領主たちは一斉に叩頭する。
当然、アディたちも。今のアディの立場は、一般庶民。列席した貴族たちより、それどころか男爵夫人であるセラより下座に位置している。けど、これで良い。
この半年、人脈を総動員して作ったムートの衣装。これは旧ハティス市で最高を謳われた仕立屋【ミラの店】の店主が仕立てたものである。嘗てアディの叙任式の時には「王族に見せられる服を仕立てる自信がない」と言っていたが、他に人材がいないという理由で、王子の盛装を仕立てさせた。「ハティスなどという田舎町の仕立屋」と自分を卑下していたミラは、結局王子殿下の盛装を仕立てることになったのだ。けれど、決してそれは見劣りするものではない。自身に対する過小評価を改めれば、あの当時でさえ、ミラはフェルマールの流行の発信源になることも出来るだけの技術があったのである。
ムートは、王子として、列席する貴族たちの前に立った。
そして、司会が名を告げる。
「アロイス・ローズヴェルト伯爵、前へ!」
ルビーの父である、ローズヴェルト公王の名が最初に呼ばれ、彼はムートの前に進み出た。
「ローズヴェルト伯爵。建国より代々のローズヴェルト家の忠義に報いるに、王ではなく王太子でもない、私の言葉などでは何ら意味もないかもしれない。
しかし今のフェルマール王家には、私の言葉以外に贈れるものはない」
「過分な、報奨です。
先祖代々のローズヴェルト家当主は、王子殿下の御言葉で充分に報われているものと存じます」
「ローズヴェルト伯。フェルマールの王族として、最後に一つ、命を下さなければならない。
既に亡き王国の、それも王太子でさえない王子の言葉、無視してくれても恨みはしない」
「殿下。殿下は今もなお、フェルマールの王子です。
そして、某は今なおフェルマール王家に忠誠を捧げた家臣です。
どうぞ、何なりと御下命を」
「相わかった。
では、ローズヴェルト伯。陛下不在の事態にて、王子ムートが代わって汝に申し渡す。
ローズヴェルト伯領の隣領メーダラ領が荒廃している。既にメーダラ伯は自領を統治する能力を喪失したと思われる。
よって、ローズヴェルト伯は領軍を編成し、メーダラ領の治安を早急に回復せよ!
また、この命を達成せし後、ローズヴェルト領が王国より独立することを許す!」
「はっ! 一命に代えましても」
◆◇◆ ◇◆◇
ローズヴェルト伯に次いでその名を呼ばれたのは、ユーリであった。
「ユーリ・ハーディ=ビジア伯爵、前へ!」
「ビジア伯爵。其方にも要らぬ心労を掛けた。
彼の大戦時、ビジアが戦わずして関を開いたことを、咎めるつもりはない。あれは、アプアラ伯の離反を見抜けなかった、王家の責だ」
「何を仰います。王家は何も悪くはありません。
貴族の罪は貴族に帰するべき。アプアラ伯を止めることが出来なかった、隣領ビジアの責に御座います」
「……どうやらこの話は長くなるな。
伯爵の細君は我が姉の夫の義妹と聞く。然すれば私と伯爵は、義理の兄弟ということになろう。
なら、機会は幾らでもある。後日ゆっくり語り合うことにしよう。ビジア自慢の、ブッシュミルズを傾けながらな」
「光栄の至りに御座います」
「では、ビジア伯。陛下不在の事態にて、王子ムートが代わって汝に申し渡す。
ビジア伯領の隣領アプアラ領が、リーフ王国の支配に屈しようとしている。
彼の地は王国守護の要。リーフの野望を赦してはならぬ。
よって一軍を以て、これを駆逐せよ!
また、この命を達成せし後、ビジア領が王国より独立することを許す!」
「はっ! 一命に代えましても」
◆◇◆ ◇◆◇
それから、列席した貴族が順に呼ばれ、ムートからの言葉を賜りまた独立を許されることになる。
ボルド男爵を含む男爵位を持つ貴族も、ムート王子の名で伯爵位への陞爵と領地の独立が許された。実際、フェルマール王国は既に存在していない以上、この式典は茶番だと言うことも出来る。しかし、旧宗主国の王子の名で独立を許されたという事実は、一つの大義名分になる。
この式典に列席しなかった貴族に対する攻撃さえ、正当化出来るのだ。
なお、ハティス男爵の名は呼ばれなかった。
式典の会場となっているネオハティスは、その名を冠しているものの、公的にはハティス男爵領との連続性はない。ハティス男爵は、自領を守り抜くことが出来ずに敵国の跳梁を許した。それが呼ばれなかった理由、と多くの者は思ったが、真実は違う。
ムートは、ハティス男爵を伯爵位に陞爵させるのは、自分の役目ではないと考えていたのであった。
そうして、最後にその名前が呼ばれる。
◇◆◇ ◆◇◆
「冒険者アドルフ、前へ!」
俺は、ボルドの冒険者ギルドでの登録を抹消している。そしてネオハティスでは冒険者登録をしていないので、今は冒険者資格を持っていない。
が、便宜上その肩書で呼ばれることになる。
「冒険者アドルフ。貴方に贈る言葉はない。
何万言を費やしても、貴方の行いに報いることは出来ない。
だから。代わりにこれを託す」
取り出したのは、フェルマールの宝剣『ゴルディアス』。
以前カレンにあげたものだが、今回の式典の為に、一旦ムートに貸したのである。
「宝剣『ゴルディアス』とともに、フェルマール王国の王権を、貴方に託す。
本日これから貴方が興す国は、フェルマールの裔に続く国ではない。
しかし、その王権の正当性は、フェルマール王国王子、ムートの名に於いて保証する!」
◆◇◆ ◇◆◇
国を興す方法は二つ。
一つは、建国を宣言した後実力で周辺諸国に追認させる。
もう一つは、周辺諸国の承認を以て建国する。
ムート王子の名前で、その建国の正当性を担保させる。そして、ムート王子から、陞爵をそして独立を許された貴族たちが、その立会人となる。
ここに、ドレイク王国の建国が公認されたのだ。
(2,996文字:2016/09/04初稿 2017/07/31投稿予約 2017/09/28 07:00掲載予定)
・ 蛇足ながら。「委譲」は垂直方向(上司から部下へ)の権限の移行を指し、「移譲」は水平方向(A国の王からB国の王へ)の権限の移行を指します。ムートとアディの主観では、王権は「移譲」されますが、他者から見ると「フェルマールの王子から冒険者」へ「委譲」されるのです。




