第02話 知識と発想
第01節 余波と兆し〔2/4〕
(注:第01節と第02節は、会議室を舞台に進行します。退屈かもしれませんが、ご了承願います)
人が病気になる理由も、植物が病気になる理由と大差ない。乾燥した空気に含まれている雑菌が、汗や体液の湿気で活性化して繁殖するのが原因なのだから。なら汗で濡れた体を良く洗ったうえで、湯温の高い風呂や蒸気浴で温まれば、病気とは縁が遠くなる。
そして入浴が習慣となったネオハティスでは、汗だくになって遊ぶ子供たちも、家の風呂で体を洗い、汗冷えで冷えた体を温める。こちらは大人より代謝が早いから、抵抗力さえ付けられれば無暗に病気を恐れる必要はないのだ。
そして、何だかんだ言って旧ハティス時代より、市民の栄養状態が改善していることも、病人数の減少の一因だろう。旧ハティス時代とは比較にならない程の豊富な畜産資源、そして魔獣化した結果の高栄養化。ついでに魔法薬の原料になる薬草を、普通にサラダや野菜料理の材料に使える環境というのも、健康に寄与しているのかもしれない。
「けど、畜舎や禽舎の魔獣たちは、外に出られないことがやっぱり不満みたいね。ノトスのように直接感情を表してくれなくても、その程度はわかるわ」
畜舎の管理もサリアだが、如何せん大雑把(『魔物使い』を目指しているのにそれで良いのか?)な彼女が、こんな異常気象下で農作物に掛かりきりになると、どうしても畜舎までは手が回らなくなる。
すると、細かいことに気が付くスノーが、畜舎や禽舎の様子を見ることになるのだ。
「したら、ドッグランでも作るかな?」
「ドッグラン?」
「あぁ、前世であった、愛玩動物たちの運動場だ。
前世の俺たちが生きた国は、動物たちが自由に遊べる空間ってのが少なくなっていたからね。それも人間がわざわざ施設として作る必要があったんだ」
「……アディやサリアの前世の世界って、少し憧れてたけど。それってどうなの? って思っちゃうわね」
「そうだな。そう感じるのが正常だと思うよ。
だけど、現実的に場所がなかったからね。そういえば、『ブルゴの森』の魔獣たちはどうなっているんだろう?」
その疑問に答えたのは、冒険者ギルドのギルドマスター・オードリーさん。
「最近は森の中に入る冒険者も少ないですから、信憑性のある回答とは言い切れませんけど。
魔獣たちの活動は、随分低調なようですよ?」
「国産み」までは。俺のDM権限で、魔獣たちと人間の冒険者の間で休戦協定を結ばせていた。が、「国産み」の後、休戦協定は解除されている。
『ブルゴの森』で人間の領域と定められている場所は、ネオハティス市とその周辺、そして『竜の谷』(現在は鍛冶師ギルドの研究施設がある)。他にも何箇所かあるが、そこに足を踏み入れた魔物は、人間によって殺されても文句は言えない。
一方それ以外の場所は、魔物の法が活きる。即ち、弱肉強食。
だから、魔物の領域に足を踏み入れる冒険者や測量士は、命の保証はないのだ。そしてだからこそ、そこが冒険者の稼ぎ場になるという訳だ。
横道に逸れた。
俺は子供時代、『博物学者』を僭称していた。が、実際の動物の生態に詳しい訳ではない。
日照りの時。野生の動物(や魔獣)が、日陰で静かに休みながら雨を待つというのなら。
ドッグランのような不自然な施設を作ることは、あまり宜しくはないのかもしれない。
けど、病気になる危険もある。はてさてどうするべきか。
「アディ。そのあたりのことは、アディが無い知恵を絞るより、昔から牛追いをしていた人たちの智慧を借りた方が良いんじゃないか?」
大変有用なアドバイスをしてくれたのは、ルビー。確かにそうだ。
四圃式農法を考えると俺たちの前世知識の方が優れているようにも思えるが、そんな劇的な改革でない以上、経験則に勝る知恵などはない。こちらは専門家の意見を聞くことにしよう。
◇◆◇ ◆◇◆
知識と言えば。
前世知識で、「空気からパンと爆弾を作る」という話がある。これは「ハーバー・ボッシュ法」による窒素固定法のことで、俺は「空気を300気圧まで加圧することでアンモニアが生成出来る」と認識していた。その為、空気を1,000気圧まで圧縮する【気流操作】に〔アンモニア・メーカー〕という名称を充てた。
しかし、1,000気圧まで空気を圧縮しても、窒素は液化する(正確には超臨界状態になる)が、アンモニアに変化しなかった。
考えられるのは、何らかの触媒を要するという可能性。しかし、何が触媒に適しているのかという問題は、試行錯誤して探るものだ。特に、基礎研究もなくいきなり「ハーバー・ボッシュ法」に飛びついたこの件に関しては、まだまだ時間がかかると思った方が良いだろう。
その一方で、空気圧縮による空気銃の開発は、かなり順調に推移している。
DMの権能の一つ、〔魔力操作〕。これにより、空気中の魔力を集めて魔石を生成することが簡単に出来るようになっている。
通常空間内でも簡単だが、迷宮内なら更に容易(リリスの傍らならより容易)。結果、一般には魔獣や魔物を討伐しなければ手に入らなかった魔石をほぼ際限なく量産出来るようになったのだ。
そうして精製した純粋魔石に、〔超圧縮〕の魔力を込め、特定鍵句で魔法を開放する。その開放空気の圧力に耐える構造の銃身を創れば、量産兵器としての魔力銃が完成する。銃身も魔法で生成していた〔魔力砲〕に比べ反動は大きいが、それは補助的な機構で対処出来るだろう。
問題になるのは寧ろ、圧縮空気の量。1立方メートルの空気を千分の一に圧縮し、1立方メートルの空間で開放するのと、同じ空気を10立方センチメートルの空間で開放するのとでは、当然衝撃力に差が出る。また1立方メートルの空気を圧縮するのと1,000立方メートルの空気を圧縮するのでも、圧縮率が同じでも得られる運動エネルギーが違う。これもまた試行錯誤で適切な威力を設計する必要があるだろう。また発射時(〔超圧縮〕解除時)の、空気の断熱膨張に伴う温度低下(と窒素等の気化に伴う潜熱)をキャンセルさせる仕組みも必要である。
こうして完成した「魔力銃一型」(仮称)は、現時点で30丁・弾数800発。これだけで一軍を担うには数が足りないが、それでも非力な女性でも扱える武器が一定数完成したことは歓ぼう。
そして火薬銃。
無煙火薬も、既にダブルベース火薬の開発まで完了しているが、「弾薬」として使用するにはまだ添加剤が不足している。「魔力銃一型」の試作タイプがロールアウトした以上、火薬銃はもう少し技術を熟成させてからにしたいというのが、シンディ配下の鍛冶師ギルド所属の開発スタッフの意見。
安定爆発させる為のダイナマイトも量産体制に入ったので、火薬銃は焦る必要はないだろう。
(2,961文字:2016/08/23初稿 2016/12/14第二稿 2017/07/31投稿予約 2017/09/12 07:00掲載予定)
・ アディの「ハーバー・ボッシュ法」についての知識は、専門知識としてのモノではなく、オタク知識の一環でしかありません。その為正確な手順は知らず、また(触媒が必要になる可能性くらいなら思い付きますが)どんな触媒が必要なのかは想像もつかないというのが現実。加えて、化学式NH₃に示される通り、アンモニアは窒素原子1個と水素原子3個で成り立ちますが、その水素原子の供給源の存在を完全に失念しています。もっとも、電離した水蒸気で事足りますから、物理的に滅菌された実験施設ではなく魔法で区切られた空間なら、必要な量の水蒸気は初めからそこにあるのかもしれませんが。
そして、それを考えると。〔摩訶鉢特摩〕を使用した時は、空気のみならず水も圧縮の対象としていました。高圧縮時(或いはその状態からの解放時)に一部の水分子が電離して、圧縮窒素と反応してアンモニアが生成されていた(にもかかわらず、周囲の空気ごと天空に排出された為検出出来なかった)可能性は、否定出来ません。




