第01話 旱魃と健康
第01節 余波と兆し〔1/4〕
(注:第01節と第02節は、会議室を舞台に進行します。退屈かもしれませんが、ご了承願います)
新暦元年5月(カナン暦706年夏の一の月)。
先月下旬に、前世のゲリラ豪雨を思い浮かべる勢いで雨が降ったが、そのあとぴたりと降雨が止み、後は日照りの日々が続いた。
この地方では。俺の持つ気象学の知識に照らしても、確かに雨の少ない地方だが、ここまで雨が少ないということは考えられない。
「なんでこんな年に限って……」
つい、愚痴が洩れる。
今年は、俺が新しい国を造る年。その魁となる年に異常気象など、幸先悪いにも程がある。ましてや、3月に「国産み」(DM権能の〔迷宮創造〕)をしたばかりだ。「国産み」の結果、下流域で水量が減少することがわかっていたから、節水だの貯水だのと事前準備をしていた。
ところが、この旱魃の所為で、せっかく貯水した水瓶も水量が心許なくなり、調整用の地下水脈をハティス川(「国産み」で作り出した『竜の食卓』からネオハティス市の脇を流れる川)に繋ぎ、最低限の水量を確保したほどであった。
「何を言うか、御屋形様よ。この旱は御屋形様が為したことの結果であろ?」
俺の独り言に、リリスがツッコミを入れてくるが、……どういうこと?
「先の、真竜との戦いの最中、御屋形様が使った〔摩訶鉢特摩〕と〔星落し〕。あの結果、『竜の山』上空に、低圧低温の空気塊が生成されたんじゃ。それにより、上層気流の流れが変わり、大凡半年が経過した今になってフェルマール地方に大型の高気圧が居座る形になったという訳じゃ。しかもそれが季節風と重なり、これからの酷暑が約束されている、という訳じゃな」
我が為したことながら、流石神話級魔法、というべきか。
だけど、それを言ったらリリスが地表の大気流と大気温を平常に修正した際、上層大気も調整していればこんなことにならなかった筈。というか、地表大気に関しても下手に手を加えなければ、半年のタイムラグを経ずに異常気象が顕在化していた筈。
「確かにその通りかもしれんの。じゃがそうしたら、今頃この森は氷河に沈んでいたのではないかの?」
「……いや、よそう。終わったことを論じても始まらない。これからのことを考えよう」
「その方が建設的じゃのぉ」
冷静に考えれば、ジェットストリームに干渉してしまうレベルの現象を、即座に気象に反映してしまったらとんでもないことになる。半年のタイムラグを経ることで、異常気象を偏在させることなくこの世界の北半球に満遍なく行き渡らせるのなら、惑星規模で考えればまだマシだろう。その際のツケをこの地方が多く支払うのは、仕方のないことだ。
◇◆◇ ◆◇◆
異常気象は(誰が原因かは措いておいて)「仕方がない」で済ましても、その結果は「仕方がない」では済まされない。
異常気象で影響が出るのは、一番に農作物。それから、人間や動植物の健康。更には技術研究。それぞれを確認する必要がある。
「農作物は、特段目立った異常はないわ。予定通りの収穫量を望むのはもう無理だけどね」
農作物担当は、サリア。四圃式農法を町全体で行うように指導し、今年は漸く二年目。
四圃式農法を導入した際、最も問題になるのは、「その初年度の収穫高が単純計算で四分の一に減少する」という点だ。が、ネオハティスには「前年」がない。そして、旧ハティス市と比較しようにも、作付面積が5倍以上あり、開拓次第だが更に大きくする余地もあるのだ。結果、「四分の一に減っても昔と同じ」。寧ろ、二年目以降は「昔より遥かに収穫量が多い」という感想さえ期待出来る筈だった。
けど、この旱。穀物栽培は基本的に天水農業である為、「天からの貰い水」が足りないと、当然のように畑地は干乾びる。
しかし、サリアの農園は旱魃対策を既に行っていた。
ハティス川から揚水し、灌漑した。とはいってもハティス川の水量そのものも減少している為、作付け量を敢えて減らし(予定では「唐箕選(風選)」「篩選」「塩水選」などで優良種子を選別した後、前年より25%増しで作付けをするつもりだったが、昨年と同じ作付け量とした)、畑地全体が水不足にならないように心掛けた。
地方一帯が水不足に陥る中、灌漑で充分な水量を確保出来るとなれば、当然虫害や獣害も無視出来なくなる。獣害は猟師と冒険者に任せ、虫害に対しては防除用の網を張り、その上で害虫を確認したら一匹ずつ始末する。
病害に関しては、(現時点では農薬などは殆ど研究されていない為)、諦めて苗ごと処分する。
百姓たちの「経験則農法」では、異常気象時には「生き残る苗は精霊神の加護があった」と捉える。だから、生き残った苗に病気の兆候が見えたとしても、「回復するかもしれない」と信じて見守るのだ。自分からその苗を抜いて殺す、など思いもつかない(もし回復するのだとしたらもったいないじゃないか、と考えてしまう)。けど、平成日本の農業・園芸では、植物の病気は快復を期待するより間引くことの方が遥かに効率が良い。そこで思い切ることで、他の健康な苗を守ることも出来るのだ。
今年は、豊作を期待することは最早無理。けど、大凶作・大不作は避けられる。
サリアの指導を受けた百姓たちは、自然とそう信じることが出来たのである。
ちなみに。人間が生きる為には穀物が必要であり、またノーフォーク農法は穀物栽培を前提とした農法である。しかしサリアは、ノーフォーク農法の為の四圃だけでなく、その他の雑穀・雑菜の栽培も奨励している。これは、単一作物の計画農業は(それこそ)異常気象や流行病などに弱いことを知っているからである。複数種の野菜や穀物を同時に栽培することで、土に様々な効果を及ぼすことが出来る他、一つの要因による作物の全滅を回避することも出来るのである。
◇◆◇ ◆◇◆
「病気している人も少ないわ。普通ならこんな時期からこんなに暑いと、体調を崩して救護院は満員になるモノなのに。現にボルドの救護院はてんてこ舞いのようよ」
市民の健康管理は、スノー。街の隅から隅までよく歩き、多くの人の声を拾っている。
「お百姓さんたちはサリアの指導の所為で、汗だくで作業しなきゃならなくなっているけど。お百姓さんたちはサリアの政策で、公衆浴場の優先使用権が認められているでしょう? だから一仕事して、浴場で汗を流して家に帰る、っていうのが彼らの日常になっているみたい。その所為かしら?」
(2,852文字:2016/08/21初稿 2016/12/14第二稿 2017/07/31投稿予約 2017/09/10 07:00掲載予定)
【注:「天から(の)貰い水」という言葉は、熊本民謡『五木の子守唄』(JASRAC管理コード022-4895-6:歌詞著作権全消滅)が原典です。
「唐箕選(風選)」「篩選」「塩水選」については、農林水産省施肥基準等・宮城県みやぎの麦類・大豆生産振興指針・栽培基本技術・2麦類編(http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/pdf/miyagi_mugi19_07.pdf)を参考にしています】
・ 異常気象の原因は、どちらかというと〔星落し〕より〔摩訶鉢特摩〕の方です。〔星落し〕で急激な気圧減少が起こるのは事実ですが、こちらはすぐに回復出来ますから。言い換えれば、(「流石神話級魔法」と本人は言っていますが)たかが神話級(一般の人々が想像出来るレベル)ではここまでの現象は起こりません。
・ ちなみに「国産み」に際し、『竜の食卓』のあちらこちらに貯水湖・調整池を(地上のみならず、地下にも)作っていた為、ハティス川の天候による水位減少は最小限で収まっています。またアディがネオハティスの町を開拓する際、〔地面操作〕でかなり深めに農地を掘り返し空気を含ませた結果、肥料云々以前に余所の農地とは比較にならない程柔らかく作物に優しい土壌となっています。
・ アディは「農薬などは殆ど研究されていない」といっていますが、これは少々侮り過ぎ。獣除けに唐辛子を植えるとか、ハーブを一緒に栽培するとかといった経験則的防除措置は色々考えられています。
・ 計画農業による単一穀物の大規模栽培の弊害である、天候不順や病害による大規模飢饉は、19世紀アイルランドの「ジャガイモ飢饉」や1990年代北朝鮮の「苦難の行軍」など、枚挙に暇がありません。




