第30話 迷宮核と魔石~ドラゴン~
第06節 魔物の王と人の王〔1/3〕
「抑、『魔石』とは何であるか。御屋形様は、もう答えに辿り着いておるのではないのかの?」
魔石とは何か。
確かに、ほぼ結論付けられている。『魔力が凝ったもの』だ。
魔力がショゴスの微小細胞であるというのなら。それは気体でも電離気体でもなく、また「物理学的に観測出来ない別の何か」でもない。それは、粒子状物質(固体)だ(成分組成を地球科学で分析出来るかどうかは別の問題だろうが)。
そして魔力(言葉としては「魔力」より「魔素」の方が正しいということになる)が固体であるのなら、塵が積もれば山となるように、魔力も一ヶ所に集まり何らかの形で圧力がかかれば、石化(結晶化)することもあるだろう。
そして、魔法を「術者の願いを、その思惟から検索された方法で、術者が観測し得る形で実現する」ものだと定義した場合。神話に拠れば、主人の期待に応える為に、元来存在していなかった脳さえ生み出した、そんなショゴスの細胞は、願いに応じて如何様にも形を変え、如何なるエネルギー形態をも採り得よう。そこで求められるのは、ただ一つ、「意思」。
即ちそれ故、「魔力は知性体の意思に感応する」のである。
そしてだからこそ、魔力は生物の体内で凝るのだ。
「その通りじゃ。じゃが必ずしも生物の体内でのみ結晶化するという訳ではないぞよ。
閉鎖された空間、閉鎖された環境。そのような場で飽和濃度以上の魔力が集まれば、魔力の再結晶化が起こりうる」
塩や砂糖といった水に溶ける物質は、一定量の水に対して溶けることが出来る限界量というものが定まっている。その物質が「限界量まで溶けている状態」を、化学用語で「飽和」という。
飽和した水溶液に更に物質を溶かそうと試みる場合、温度を高める、水量を増加させる、等の方法がある。逆に言うと、温度が低下したり、(蒸発などにより)水量が減少したりすると、従前に於いて既に飽和状態にあった物質の一部(飽和量を超えた分量)は、「水に溶けている状態」を維持出来ず、再び物質化(固体化)する。これを「再結晶化」というのだ。
飽和量以上の魔力が存在する閉鎖空間。それはつまり、迷宮のこと。そして飽和量以上の魔力が再結晶化したもの。それが――
「然様、迷宮核じゃ」
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ダンジョンコアの生成とダンジョンの成立。しかしこの関係は、不可逆ではない。
閉鎖空間内の魔力が飽和したからダンジョンコアが生成されるのだが、一方ダンジョンコアがあるからその空間が外部から切り離され、且つ、より多量の魔力が拡散されることなく集中する。その為、ある日いきなりダンジョンからコアが消失したとしても、一定の時間を置けば新たなコアが生成される。勿論、短期間に連続してコアが持ち去られることがあると、ダンジョン全体の魔力濃度が低下し、コアを生成することが出来なくなる可能性もある訳だ。
その意味で、アディが牛鬼と豚鬼の狩猟場に使っていた(そのついでにコアを乱獲していた)『鬼の迷宮』は、普通ならダンジョン崩壊の危機的状態だったともいえる。しかし一方、『リリスの不思議な迷宮』経由で『ベスタ大迷宮』と接続している為、魔力の補充が出来(しかも――これから知ることながら――『鬼の迷宮』には、別の『ダンジョンコア』からの魔力供給もあった)、結果そうそう簡単に魔力不足に陥らなくなっているのが現状なのである。
なお、一般の岩石に魔力が蓄積され、しかしコアにも魔石にもならずに、含有魔力を光に変換して放出しているものが、アディ達が「照明石」と呼ぶ石である。
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「つまり、ダンジョンコアと魔石は、保有魔力量が違うというだけで、本質は全く同じものということじゃ。なら、魔石がコアに進化することも、可能性としてはある訳じゃ」
閉鎖空間内で魔力が再結晶化されてコアになるのなら。そしてダンジョンコアの生成とダンジョンの成立という関係が可逆であるならば。
閉鎖空間にコア足り得る魔石を持ち込めば、その空間をダンジョン化させることも出来るだろう。
しかし、ダンジョンコアと魔石では、その大きさも含有魔力量も桁が違う。
俺達が手にしたことのある最大の魔石は、飛竜のモノ。しかしそれとて『鬼の迷宮』のコアの半分程度のものでしかない。
たとえば『ビリィ塩湖地下鍾乳洞』の中にワイバーンを連れて行き、暫く棲ませたら。鍾乳洞はダンジョンと化すのだろうか?
「それは無かろう。ワイバーンの体内の魔石は、ワイバーンという個体を維持する為にしか利用出来ないであろう。外部に漏出する余剰魔力量は、大したものではなかろうからの。
じゃが逆に言えば、魔石を持つ魔物の棲処にあり、その魔物の身体の外に漏出する魔力量が、その閉鎖空間に満ちて余りある状況なれば。其処は異界化するであろう。
御屋形様は、その実例を既に知っておる」
強大な魔力を持つ魔物が棲み付き、それ故にその棲処が異界化したという実例。
……確かに、一箇所心当たりがある。
廃都カナンだ。
「然様。
彼の魔術師は、己を『リッチ』なる魔物に変じ、その身に魔石を宿らせ、そして溢れ出る魔力で滅びた一つの都を包み込んだのじゃ。
それゆえ彼の魔術師は、“ドラゴン”と成ったということよ」
「“ドラゴン”と成った……?」
「人の子のいう“ドラゴン”とは、即ち『漏出する魔力のみでダンジョンコア足り得る魔石を有する魔物』と定義出来よう。亜竜は、なら『小規模なダンジョンなら支えられる大きさの魔石を体内に持つ魔物』というべきかの?」
そう定義されれば、“ドラゴン”の正体が理解出来る。
無限に等しい魔力を持つ筈だ。これだけ広大な空間を支える魔力を、一時的にとはいえ戦闘と回復に向ければ、人間如きが太刀打ち出来る筈がない。
「ちなみに、じゃが。御屋形様らはこれまで、三体の“ドラゴン”と既に会っておる」
タギ=リッチーと、目前にいる真竜。そしてもう一体。
そう。その定義で考えれば、簡単なこと。
魔力の凝りが魔石なら。更に大きく再結晶化したものがダンジョンコアなら。
その魔力の大本。我々が魔力と呼ぶ物質それ自体で構成され、星の海さえも渡る邪神は、間違いなくドラゴンだろう。
「話を戻すのじゃが。
ただそこにコアがあり、その閉鎖空間に魔力が籠っているだけなら。
そこはただの“魔力溜り”じゃ。
そこに魔力を導く意思があるとき、初めて魔力は力となる。
その“導くモノ”が、『ダンジョンマスター』と呼ばれるのじゃ」
(2,900文字:2016/08/01初稿 2017/06/30投稿予約 2017/08/15 03:00掲載予定)
・ 人間の体内に魔石が生成されないのは、「魔石」として凝る前に魔法として使用してしまうからです。これは意識無意識問わず。回復魔法や肉体強化魔法などは、皆無意識のうちに(低レベルではありますが)使っています。
・ 「飽和」という言葉は水に溶ける物質に対して使用し、空気に溶ける物質には使いません。そもそも微小粒子状物質は「空気に溶けている」訳ではありませんから。
・ 「強大な魔力を持つ魔物が棲み付き、それ故にその棲処が異界化したという実例」は、廃都カナンだけではありません。『リリスの不思議な迷宮』、即ちアディのボルド邸館もその条件に該当します。但しこちらはリリスが意図的に異界化させていますが。
・ ここで語られる「ドラゴン」の定義を考えると、「ワイバーンは龍の亜種」ではなく、「真竜はワイバーンの変異種」と結論付けられます。
・ 魔石の濃度が高まれば迷宮核になる。魔石やダンジョンコアはリリスの微小細胞。なら更に大量の魔石やコアを集めて濃縮させたら、それはリリスになる? アディの〔無限収納〕には、かなりの量の魔石があり、また常時リリスの魔力に曝されているのですが。ある程度の時が過ぎたら、アディの〔無限収納〕内に、リリスの子供ともいうべきショゴスが誕生するのでしょうか?




