第16話 道具を作ろう
第03節 竜の山へ〔5/5〕
☆★☆ ★☆★
『竜の山』。既知世界最高峰の山の名称であるとともに、世界最大の迷宮と謂われている。『竜の山』と並び称される巨大ダンジョン『ベスタ大迷宮』は地下にあるが、一方こちらは山そのものがダンジョンであると看做されている。
南側から見ると、まず麓にブルゴの森と呼ばれる樹海があり、そこを超えると次は『竜の食卓』と呼ばれる標高800m級の溶岩台地が広がる。そこから更に北に進み、頂上はおそらく4,000m級の高さを誇る。
この『竜の山』には、その名称の通り竜が棲む。
水棲竜や飛竜のような亜竜ではなく、真竜。
世間ではワイバーンを『竜』と呼ぶことから、「竜の山に住む真竜」は、『古竜』、『竜王』、『龍』などとも呼ばれる。
真竜は『竜の山』の頂上に棲むというが、時折『竜の食卓』に下りてきて、そこに棲まう魔獣たちを喰らうという。だからこそ付いた名称が『竜の食卓』。
『竜の食卓』を経由せずに『竜の山』を上るルートも確かにあるが、真竜に会うことが目的ならば、『竜の食卓』に出た方が確実となる。
★☆★ ☆★☆
『竜の山』に挑戦する。これは容易なことではない。
魔獣や魔物の数もそうだが、その環境こそが脅威となって立ち塞がる。
『ベスタ大迷宮』は物資の調達が文字通り生命線となったが、こちらはその点食糧(となる可食魔獣)も水もふんだんにある為、それは気にする必要は無い。
だが、天気や気温の変化は山登りの最大の敵である。
一般に、標高が100m上がると気温は0.6度C下がり、風速1mの風が吹くと体感温度が1度C下がる、と謂われる。なら標高800mで風速10mだと、麓で15度Cの時気温10.2度C、体感温度は0.2度Cになるということだ。
勿論これは単純計算だから、そんな簡単な話ではないが、防寒対策と風除け、そして雨天時に備えて雨具などは必須の装備になる。
そう考えていくと、登山の際に用意する道具は、際限なく増えていく。しかし、当然ながら重くたくさんの荷物を抱えたまま山に登れば疲労は増し、事故が増える。だからこそ、登山用具は時代とともに多くの工夫がされている。
この世界では魔法があり、収納魔法でかなりの量の荷物を持ち込める。
その一方で魔物との戦闘が予想される以上、その備えもしなければならないのだ。
「基本的に、大荷物は俺が持つ。けど、万一逸れた時のことを考えて、それぞれ必需品は自分で持つようにしてほしい。
それも、背嚢と〔亜空間収納〕の両方に、だ」
「……どういうこと?」
「〔亜空間収納〕の魔法は、術者本人が恐慌状態に陥ると維持出来なくなる。
魔物に襲われて逃げる時、大抵〔亜空間収納〕の中身が無くなっているのは、そういう理由だ。
逸れた時、その原因が魔物の襲撃だった場合、〔亜空間収納〕の中に入れておいたものが、安全地帯に辿り着いた時まで残っていると楽観視しない方が良い。
一方で、高所からの滑落などの場合、背嚢を落としてしまい見つからない、なんていうことも考えられる。
だから両方に、最低三日分の食料と水、そして着替えと防寒具などを入れておく必要があるんだ」
そして、同様に魔力の節約も考える必要がある。
俺とシェイラの〔空間機動〕は、到達高度約1,200m、航続距離20km程度である。単純計算で、『竜の食卓』までは登れる。が、それで仲間全員を運ぼうと思ったら、どうしても仲間たちが孤立するタイミングが生じる。また、〔空間機動〕だけで魔力を消費し尽くしたら、いざという時に何も出来なくなる。
同じ理由で〔加熱〕による体温調節や〔疾風結界〕による風除けも最小限にする。装備で代行出来ることは、基本的に装備に任せた方が良い。
そうなると、装備に期待されるのは、容積を取らず、軽く、そして高性能。これは道具だけでなく服にも共通する要求となる。
そして俺たちは、つい最近『鉄より強く、羽毛より軽い』と謂われる素材を手に入れている。そう、竜素材だ。竜革で長靴と手袋を、竜翼皮膜で(鎧や背嚢の上から着込む)外套を作れば、それだけで随分と助かることになる。
そんなことを考えていると、サリアがふと口を開いた。
「そういえば、アディ。苦情があるわ」
「なに?」
「ランドセル。あれ、重すぎ」
実際、探索に向かう冒険者にとって、様々な装備や戦利品を担いだ時を想定すると、ジュラルミン製の背嚢はまだ軽い方だ。
けど、村娘から国王直属の魔法使い見習いとなり、その後冒険者になってからも俺という荷物持ちがいたサリアにとっては、文字通り「鉄塊を担いでいる」ようなもの。その重さが苦痛となっても仕方がない。そして山登りの荷物は軽い方が望ましい、と考えると、その重さに慣れた俺やルビーにとっても、道中それが負担に感じることが無いとは言えない。
そして、前世のランドセルは合皮革で作られるのが前提だ。なら、竜革製のランドセル、というのは真面目に検討する余地はある。
当然それを造る為に、革製品加工用の工具「菱目打ち」と、ロウ引き糸が必要になる。そしてそのどちらの素材も、もう俺たちは持っている。
神聖鉄製の菱目打ちと、竜髭製の糸。
菱目打ちはシンディに作ってもらい、竜髭に蜜蝋を塗ったロウ引き糸を使って硬鞣しした竜革で背嚢を縫うのはロッテ(お姉さまたちの為に頑張ります、と意気軒昂)。
◇◆◇ ◆◇◆
ところで。
今はビジア領の領主夫人となっている、ミリア。
彼女は孤児院時代、鼻歌を歌うことはあっても人前で唄うようなことはなかった。
が、去年再会した時、貧民街でミリアが唄っていたとサリアが言っていた。
おそらく、貴族教育の一環として、歌謡を学んだのであろう。
なら、当然のこととして楽器の扱いも習った筈。だから。
樹妖の木材で筐体を、竜の髭を絃にして、ミリアの為にボルドの楽器職人に琵琶を作らせた。最近ミリアが妊娠した、という話を聞いたので、安産子安の願いを込めた贈り物、という訳だ。
後にこれがどの程度の価値であると鑑定されるかなど知ったことではなく、ただ俺は妹が歓ぶ顔が見たいと思って、これを贈ることにした。
ロッテが羨ましそうにしていたのも、また別の話。
(2,967文字:2016/06/07初稿 2017/06/01投稿予約 2017/07/18 03:00掲載 2017/07/18誤字修正 2017/07/20革製品加工の描写を修正)
【注:竜革製ランドセルの作り方については、「0から始める初心者のための簡単レザークラフト入門 独学でのレザークラフトの始め方」(http://leather-craft.science/basic-technique263)を参照しています】
・ ミリアに贈ったリュートは、絃が硬いのでピックを使います。この場合、ピックは竜鱗製がお約束。但し、素材が楽器の品質にどのような影響を齎すのか。樹妖製の筐体というのも前例が少なく、その絃も「竜髭絃」より絹が良い、とか、馬の尻尾の毛が良い、とか、猫の皮が良い、とかは不明です。ただの装飾品で終わる可能性も。
・ 革製品加工について、不勉強な点があったことをエルデリト(ユーザーID:744126)様にご指摘いただいたので、描写を修正しました。エルデリトさま、ご指摘感謝です。
 




