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転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第六章:「傭兵は経済学者!?」
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第36話 難民村

第07節 街づくり・人づくり〔1/8〕

 『不帰(かえらず)の森』から戻り、あと5日程で難民たちがボルドに到着する、という頃。


「ルビー、シェイラ。ちょっと付き合ってくれ」

「どうした? どこに行く?」

「あぁ、ちょっと『鬼の迷宮』にね。難民たちに提供する動物性(どう)蛋白質(たん)が足りないから。

 豚鬼(オーク)牛鬼(ミノタウロス)は、意外に可食部分が多いうえ、森の中でブタやイノシシに遭遇する確率よりも迷宮(ダンジョン)の中でオークと遭遇する確率の方が(はる)かに高い。狩りの効率を考えれば、こっちの方が都合が良いんだ」


「オーク、が対象なのにルビー(くっころさん)を連れて行くの?」


 と、サリアが余計なツッコミを入れてきた。


「『リリスの不思議な迷宮(ダンジョン)』が接続しているのは『鬼の迷宮』の第十五階層で、オークのテリトリーは第十三・第十四階層だ。そしてミノタウロスはダンジョンマスターだから、最下層にいる。

 ルビーとシェイラにはミノタウロスの相手を任せたい。俺はその間、オークを狩れるだけ狩っておく」

流石(さすが)にオークの前に女騎士を出すような真似はしないか」

「とはいえ第十五階層以下は、中鬼(ホブゴブリン)大鬼(オーガ)一つ目巨人(サイクロプス)などが闊歩(かっぽ)しているから、辿(たど)り着くのも一苦労だろうけどね。


 まぁそいつらは煮ても焼いても()えないから、無視しても良いし、シンディへのお土産にするつもりで狩って来ても良いし」

「オーガの角や骨は、確かに加工する素材になるけど、どうかな? オーガの骨の合金でも、高炉で高温還元した鉄より(しつ)は落ちるような気もするし」

「なら研究素材程度の考え方で良いんじゃないか?」

「そうね。なら二頭も三頭もはいらないから、一頭分だけ持って帰ってくれると助かるわ」


◇◆◇ ◆◇◆


 昔は踏破するのにかなり苦労した『鬼の迷宮』も、今ではただの狩場になっている(一番厄介な小鬼(ゴブリン)の領域を通らずいきなり第十五階層からスタートが出来るからかもしれないが)。

 そして、50頭を超えるオークを(ほふ)り、改めて下層に下り(途中シェイラ達が(たお)したと(おぼ)わしきサイクロプスを回収して)、最下層に下りたとき、ちょうど二人がミノタウロスを屠ったところだった。

 時間は掛けたが無難に戦ったようで、二人とも怪我(けが)らしい怪我はない。

 ついでとばかりに再生(リポップ)したダンジョン(コア)も回収し、邸館(いえ)に戻った。

 そして〔無限(インベン)収納(トリー)〕から取り出した収穫物の血抜きをし、解体し、熟成させ、精肉とした。今回は燻製(くんせい)だの塩漬けだのといった加工はしない。面倒だというのもあるが、取り敢えずは一万人の欠食児童(なんみん)たちに、がっつり肉を喰わせることが目的だからである。


◇◆◇ ◆◇◆


 そうして到着した難民団。

 初日に振る舞ったのは、燻製肉(ベーコン)が入った麦粥(オートミール)だが、二日目には数百人単位でグループを作らせ、(オーク)肉の煮込み(シチュー)を大々的に振る舞った。サリアからの報告では、((なか)ば予想していたが)脚気(かっけ)の症状が出ていた難民が多くいたようだ。脚気はビタミンB₁欠乏症。一番簡単なビタミンB₁の補給方法は豚肉で、これは加熱してもそれほど大きく損なわれることはない。

 軍に於いても。「兵糧(ひょうろう)」と()われるモノのうち最下級兵士に渡されるモノは、干しイモや堅パンで、干し肉などは中堅以上の兵士にならないと用意されない。まして生鮮食品や果物などは上級士官にしか支給されないだろう。

 そして最下級兵士よりも食糧事情が悪かったであろう難民たちに、栄養失調の兆候が無い筈がないのだ。

 また、肉に合わせてパプリカや玉ねぎなども一緒に煮込む。パプリカはビタミンCを豊富に持つ野菜だ。豚肉でビタミンB₁を、パプリカとビタミン(トローチ)でビタミンCの不足をそれぞれ補うつもりだ。しかしビタミンB₁もCも、ともに水溶性。煮汁に流出してしまうから、しっかりパンに吸わせ、美味しく召し上がってもらうのだ。

 難民たちに一番不足している栄養素は、ビタミンC。次いでビタミンB₁、そして動物性蛋白(たんぱく)質全般。またビタミンA(緑黄色野菜や乳製品に多く含まれる)も難民たちは不足しがちだが、それはこの場合最後で構わない。だからまずビタミンCと豚肉を主体とした動物性蛋白質を補給し、当面の栄養失調状態を解消する。

 全体的な栄養バランスの改善は、森を(ひら)き町が出来てからで遅くはない。


◆◇◆ ◇◆◇


 ところで、難民村はボルド市の東側市壁外に作られることになったのだが、多くの評議員はそれに強硬に反対した。その理由は、そこが(市から見ると)ボルド河の上流に当たるからである。


 この時代、生活排水は基本垂れ流しである。アディたちの邸館の排水も、海に直接廃棄している。

 とはいえ域内人口と海の自浄能力を考えると、垂れ流ししても環境破壊に繋がる量には到底及ばない。海や川の魚たちにとって丁度良い(エサ)にしかならないのだ。

 しかし、上水として()み上げる場所のすぐ上流で汚水が()れ流されて、気にしない人はいないだろう。実際未分解の汚物に起因する疫病(えきびょう)や寄生虫の危険(リスク)は確かにそこにあるのだし。


 その為アディはここに難民村を作る条件として、排水を川に放出しないことを約束させられたのである。


◇◆◇ ◆◇◆


 難民村の其処(そこ)彼処(かしこ)に作った穴。これは難民たちの(トイレ)として作ったものである。これを見て難民団団長(セラさん)は、堆肥(たいひ)用の汲み取り式トイレと思っていたようだ。


「残念ながら。堆肥にするには、一万人の排泄(はいせつ)物は量が多すぎるんです」

「どういうこと?」

「排泄物は、病原菌や寄生虫の巣です。それを発酵(はっこう)させる時、その発酵熱でそういった有害な虫たちを殺すことが出来ます。

 けど、排泄物の量が多すぎると、全体が上手く発酵してくれない。発酵熱で死に絶える虫の数より、繁殖する虫の数の方が多いって状況になっちゃうんです。

 発酵が不完全な堆肥は、変な毒より毒性が強いですからね」


 人糞(じんぷん)堆肥は、その発酵を完全に管理出来れば最高の肥料だが、管理出来なければ単に寄生虫や黴菌(ばいきん)培養(ばいよう)するだけのものになり下がる。数十人単位の小集落でなら、発酵させる排泄物の量と発酵過程(プロセス)を管理出来るだろうが、一万人分の量をとなれば専門の管理者を置かない限りまず不可能だ。

 ならこれは分解・浄化を考えた方が衛生的にも優れていることになる。


 だが衛生観念が未発達のこの世界で、一万人分の排泄物を分解・浄化する方法。

 俺たちにとっては既にお馴染(なじみ)の。「(ショゴス)に最も近い存在」を使った浄化施設。(名付けるのなら)『S式浄化槽』であった。

(2,884文字:2016/04/25初稿 2017/05/01投稿予約 2017/06/02 03:00掲載予定)

・ なお、ミノ肉は難民全員で分ける量がある訳ではないので、初日の会議(第21話)で供され、残りは貯蔵されています。

・ 「(ショゴス)に最も近い存在」という表現は、ある読者さんが感想欄に書き込んでくれた言葉が原典です。

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