第31話 攻略
第06節 不帰の森〔3/7〕
俺が初めて挑戦した迷宮は、ハティス近郊の『鬼の迷宮』だった。
今では無煙炭と神聖金剛石の炭鉱扱いされているところではあるが、当時はかなり苦労したのを憶えている。
その『鬼の迷宮』に挑戦する前、俺はダンジョンのことを徹底的に調べた。その中に、「ダンジョン内部の空間は拡張されており、外界より広い」というのがあった。
そして実際に『鬼の迷宮』に入って見て、そこが小鬼等の生態圏とするには狭すぎ、環境が限定され過ぎている現実が見て取れた。なら、『リリスの不思議な迷宮』のように、一定の認証があるものは出入り出来る、裏面空間のようなものがあり、そちらにゴブリンたちの生活空間が広がっていたと考えることに、不自然さはないかもしれない。
『鬼の迷宮』のような閉鎖空間であれば、そういった空想の余地がある。
しかし、これから攻略する『不帰の森』のようなオープンフィールド型ダンジョンは、その空間拡張すらトラップの一つとして捉えるべきなのであろう。
◇◆◇ ◆◇◆
俺たちがこれから行う、『不帰の森』攻略の手順はそれほど難しくない。
まず、森の外れである起点に、【基準杭No.000】を打ち込む。
その位置から概算で西北西の方角が『不帰の森』の中心部であると推定し、西北西方向に実測10m先に進み、そこに【測量杭No.001】を打ち込む。
【基準杭No.000】と【測量杭No.001】を光学距離計で光学観測し、その距離を記録する。
続いて【基準杭No.000】から左へ60度向きを変えた方向へ実測10m先に進み、そこに【測量杭No.002】を打ち込み、その場所から【基準杭No.000】と【測量杭No.001】までの光学距離、両杭間の角度、【測量杭No.001】までの実測距離などを確認する。
更に、【基準杭No.000】から右へ60度向きを変えた方向へ同様に【測量杭No.003】を打ち込み以下同文。
そして【測量杭No.003】までの測量が完了したら、今度は【測量杭No.001】を基準にして【測量杭No.004】【測量杭No.005】【測量杭No.006】と打ち込んでゆく。
このように、基本的に正三角形を作りながら(実際は植生や地形の問題で、必ずしも数理的な正三角形を維持出来る訳ではない)、前に進んでいくのだ。
とはいえここは、歴としたダンジョン内。魔物の襲撃は当然である。
しかも、外界より魔力濃度が高い所為もあり、生息する獣類は全て魔獣化しているうえ、夜間には幽霊や動死体なども現れる。
が、ルビーとシェイラの戦闘力は既にそこらの魔獣に後れを取るほどではなく、サリアの〔神聖魔法〕も不死魔物如き即座に地に返すことが出来る。
寧ろ地中から現れるミミズなどや、擬態する樹妖の方が脅威だったといえる。
◇◆◇ ◆◇◆
攻略を始めて二日目。
それはいきなり始まった。
「実測10m、光学……9.8m? どういうこと?」
「つまりここから先の空間が歪んでいる、ってことだ。このデータだけ取ってみると、歩いて10m進んでも、実際には9.8mしか前に進んでいないってことだな」
「そのデータに信頼性は?」
「現時点では無い。向こう側からの光学観測の結果と、左右の測量杭からの観測の結果でもう少し詳しいデータが取れる」
はたして、手前の基準杭と左側の測量杭の間の距離は実測・光学共に誤差は計上されなかった一方で、右側の測量杭に対する測量数値には誤差が出た。右側の測量杭は手前の基準杭から測量角60度実測距離10mの地点に打っているが、光学距離は9.95mとなっており、また右の測量杭から奥の測量杭までの測量角は61度と開いていた。
一方左の測量杭から奥の測量杭までの測量角は63度とこちらも大きく開いている。
「つまり、針路右側の方が空間の歪みが大きい。つまり、【測量杭No.037】と【測量杭No.039】を繋ぐ辺が、歪みの等圧線とほぼ平行、ってことだな?」
「そういうことに……なるの?」
「あぁ。歪みの偏差が同じなら、結局距離も角度も正常値になるからね。
そういう訳で、進路変更。【測量杭No.040】を打ち込む場所として、従前の予定では【No.034】と【No.037】を繋ぐ直線の延長上だったけど、【No.037】と【No.039】を繋ぐ直線の垂直方向。両測量点からそれぞれ60度ずつの内角で、【No.040】を打ち込む地点を決定する。
場所は、【No.037】から実測10m」
空間の歪みの等圧線と針路角が開いていれば、実測距離と光学観測距離との間に乖離が生じる。しかし、歪みの等圧線と平行に近ければ角度と距離が一定になる。その歪みの在り方から空間歪曲の中心部、ダンジョンコアのある場所を推測し、そちらに針路を向けるのだ。
そうして更に進むこと数日。空間の歪みはどんどん大きくなるが、それは逆に三角測量の結果生じる誤差が(測定誤差や目視誤差などが端数と切り捨てられるほど)大きくなっているということであり、最初は半信半疑であったメンバーも、中心部に向かっていることを確信出来る根拠になっていった。
野営時は測量杭で作った三角形の中とすることで、朝に目を醒ました時に方角を見失うことを予防し、霧が出る時間帯は【気流操作】の魔法で彼我10mの空間の視界を確保した。
森の中で討伐した魔物は、基本即座に俺の〔無限収納〕に放り込み、魔石や毛皮、肉や骨といった素材は戻ってから捌くことにした。ちなみに、体長200cmクラス、体重は450kgクラスの超大型の魔猪などもいたが(猪鍋にしたら、大凡500人分?)、遠からず一万人単位の欠食児童の群れがやってくる訳だから、処理に困ることはない。
また樹妖は魔石を抜いてから〔無限収納〕に。木工や建築の素材として或いは楽器などの芸術品の素材としては、自然木より高級だという話も聞いたことがあるから、多分使い道は多いだろう。
斯くして、サーラの手にあるメモと俺の手元にあるスマホのメモアプリに記載されるデータが蓄積されてゆき、このダンジョン『不帰の森』が(17mほどの道幅部分だけだが)丸裸になっていく。
そんな折。
「前方注意!」
シェイラが符牒を飛ばした。
それに促されて前方を見ると、前方の樹上で森妖精の男が弓を構えていた。
(2,809文字:2016/04/14初稿 2017/04/01投稿予約 2017/05/23 03:00掲載予定)
・ 「17mの道幅」の根拠は、一辺10mの正三角形の底辺から頂点までの距離(5√(3))の二つ分で、約17.32mとして計算しています。
・ 「フォー」は、スコットランド語「afore」(または古期英語「fore」)に由来する軍隊用語です。
 




