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転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第六章:「傭兵は経済学者!?」
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第25話 経済侵攻

第05節 小麦戦争 Round-2〔3/6〕

 ルビーがローズヴェルト公国を同盟側に引き入れてくれたことで、数値的にこちらの負けはなくなった。

 しかし、メーダラ領が他の領やリングダッド王国などの外国勢力と同盟を組めば、数値的な優位など簡単に(くつがえ)る。また、今後の安寧(あんねい)を考えるのなら、どんな形であれ徹底的にメーダラ伯を(へこ)ませ、二度と軍事的冒険に出る気を起こさないようにしなければならない。


 ローズヴェルト公国にしても、如何(いか)に同盟に参加してくれたとはいえ、「全軍を(もっ)てメーダラ領に侵攻せよ」などという要請に(こた)えることはないだろう。それどころか領兵(領民)を一人でも(そこ)ねる可能性のある要請であれば、何だかんだ理由をつけて、サボタージュするであろうことは間違いない。

 けれどそれで良い。『ローズヴェルト公国が同盟に参加した』という事実だけで、メーダラ領に対する充分な圧力になるのだから。


◆◇◆ ◇◆◇


 そして【ラザーランド商会】は、ここから本格的にメーダラ領に対する経済的侵略を行うことにした。

 具体的には、メーダラ領の農民が作る麦に対し、青田買い(先物取引)をするのだ。


 条件はこうだ。


1. 契約成立の時点で、【ラザーランド商会】が指定した分量に相当する収穫高を平価(ふだんのかかく)で取引した場合の相当額を農家に対して支払い、収穫時には収穫物の全てを【商会】が引き取る。

2. 【商会】が指定した分量程度の収穫量の場合、1.の価格の2割相当額を追加で支払う。

3. 豊作であった場合、【商会】が指定した分量程度の収穫量までは2.に準じ、それを超えた分は平価で買い取る。

4. 凶作であった場合も、1.で農家に支払われた金銭は返金されない。


◇◆◇ ◆◇◆


「……それが一体何になるの?」

「農民にしてみれば、収穫前にお金を受け取れるというだけで様々なメリットがある。

 その上豊作になって市場での値崩れが起きても、俺に対しては平価で余剰分を売れるのだから(もう)けになるだろう?

 逆に凶作になっても、平年並みの(こちらがしていした)収穫量の場合と同様の金額の金貨を既に受け取っているんだから、やっぱり農民にとって損はない。

 通常領主や商人に搾取(さくしゅ)されるしかない農民が、絶対損をしない取引なんだ」

「そこまではわかる。けど逆に言うと、豊作になっても凶作になっても、アディは損をするんでしょう? そんな取引にどんな意味があるの?」

建前(たてまえ)上の意味合いとしては、出来・不出来にかかわらず、一定量の穀物を一定価格で仕入れることが出来る。つまり、予算策定や利益想定が容易に出来るようになるってこと」

「『建前上』ってことは、その裏に本音があるってことね?」

「当然。だけど、それはまだ(しばら)くは内緒。というか、この時点でサリアに気付かれるなら、他の誰かが気付く。そうしたら美味しい所だけ持って行かれた上で俺の構想が崩されるから、気付かれないのなら上出来、って感じかな?」

「あたしは経済のことはあまり詳しくないけど?」

「けど、前世(ちきゅう)での一般教養知識で照らして考えれば、似たような事例に行きつくからね。


 その上でサリア、(おぼ)えておくと良い。

 契約を主導する側が一方的に(トク)をする取引は、決して長続きしない。

 契約を主導する側が一方的に(ソン)をする取引は、最終的には必ず損得が逆転する。

 取引を長続きさせるコツは、その取引に関わる全員が、少しずつ(トク)出来る形で条件を整えることなんだよ」


 実際、地球の歴史で考えてみると、「契約を主導する側が一方的に損する取引」として、以下のような事例がある。

 第二次世界大戦後のアメリカだ。

 アメリカは、直接戦禍が及ばなかったことから、欧州戦線の生産拠点として大量の穀物を備蓄した。しかし、戦後それは当然のことながら過剰在庫となってしまった。

 その為、アメリカは日本などに格安(事実上無償)の値段で小麦を提供することにしたのだ。

 戦後復興の最中(さなか)の日本にとって、アメリカ産の小麦は文字通り天の助けだった。

 しかしその結果、日本の食生活のかなりの割合が米食からパン食にシフトしてしまい、日本の稲作農家に打撃を与えることになった。

 そして、アメリカから無償で提供される小麦の量が逓減(だんだんへら)され、最終的に全量を平価で輸入せざるを得なくなっても、日本には最早(もはや)アメリカから小麦を買わないという選択肢が無くなっていたのである。

 つまり、アメリカは最初の数年間損失を累積することで、その後の数十年間(もしかしたら百年以上に(わた)り)、日本という有力な小麦の市場を確保することが出来たのである(加えて抑々(そもそも)が過剰だった小麦の在庫処分なのだから、アメリカに損失は出ていないのだ)。


 閑話休題。

 では、そんな長期展望を持って経済政策を行う国家や領主、或いは商人はこの世界にいないのか?

 いない。断言出来る。

 何故なら、その戦略を立案する為には、消費性向だとか大衆心理だとかといった、経済学的・社会学的な知識と理論が求められるからである。

 もしかしたら個人的に、小規模な政策を実行出来る商人はいるかもしれないが、一国一領を左右するレベルでの経済を俯瞰(ふかん)出来る商人は、まずいない。それが出来る商人は、この世界の税システムの問題点に気付いている(はず)だから。


◇◆◇ ◆◇◆


 ボルド、ビジア、ローズヴェルト。この三領による経済封鎖で、メーダラ領への物資の輸入を完全に阻止し切れるのか。出来る筈がない。

 同盟三領のうち、メーダラ領と直接領境を接しているのはローズヴェルトのみ。なら他の領を迂回(うかい)すれば、メーダラ領は物資を調達出来るということになる。

 が、旧フェルマール内であれば、この三領(穀物備蓄に歴史的定評のあるビジア、現在東大陸最大の港湾都市であるボルド、旧フェルマール最大の生産力を有するローズヴェルト)と無縁の取引自体が難しい。


 結果、メーダラの輸入ルートはロージス地方を経由した、リングダッド王国からということになる。


 だからこそ。

 俺たちが通商破壊を目論(もくろ)む場合、ロージスルートに網を張れば良い訳だ。


◇◆◇ ◆◇◆


「……来た」

「来た、な」

随分(ずいぶん)多い。それに、物々(ものもの)しいわね」

輸入(かうこと)は出来なくても輸出(うること)は出来る所為(せい)で、メーダラ領に金貨が余っているからね。

 そのカネで、穀物の他に戦力も調達しようって訳だ」

「それって(まず)いんじゃない?」

(いや)(むし)ろ好都合だな」

「だけどどうするの? 通商破壊って言っても、こっちにはあたしとシェイラちゃんとアンタの三人しかいないのよ?」

「もう既に魔法は発動している。あと80秒ほどだ。かなりの衝撃波が来るから、伏せていた方が良いよ」

「え?」


 そしてそれから約80秒後。

 メーダラとリングダッドの秘密会合の場所の上空で、


 天から星が降り、炸裂(さくれつ)した。

(2,655文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/03/24初稿 2017/04/01投稿予約 2017/05/11 03:00掲載 2021/02/16脱字修正)

【注:作中のアメリカの小麦戦略については、〔鈴木猛夫著『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活』藤原書店、2003〕を参照しております】

・ 作中に於いて「この世界の税システムの問題点」という言葉がありますが、そのヒントになる内容は、これまで殆ど出しておりません。ので、推理小説のように「それはこういうことか!」と言われても、多分その解答は的外れであると思われます。……というか、これまで開示している情報でそこに気付くのなら、経済と行政それに歴史に関し余程精通しているという証左でしょう。

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