第23話 飛檄
第05節 小麦戦争 Round-2〔1/6〕
ボルド市は、その市行政の運営に於いて、評議会制を採用している。
議長は当然、領主たるカルロ・スタヴィア=ボルド男爵。
他に議長が選抜し指名した官僚5名と、各ギルドのギルドマスター、そして各ギルドでSランクに指定されたギルド員が評議員となる。
そして俺、【ラザーランド商会】の会頭アドルフは、カナン暦704年秋の一の月、メーダラ領との戦争の最前線に立つことに伴い、商人ランクSに昇格となり、評議員としての立場を与えられることになった。
◇◆◇ ◆◇◆
「アドルフ評議員が【セラの孤児院】の名で矢面に立ってくれたおかげで、メーダラ領との間で干戈を交えることは当面回避された。
しかし、時間稼ぎにしかならないだろう。これからのボルドの対応を定めなければならん」
評議長のこの発言から、会議が始まる。そして積極攻勢を主張したのは冒険者ギルドのギルマスだった。
「当然、徹底抗戦あるのみだ。奴らはボルドに重荷を押し付けて、疲弊させたうえで併呑しようとしているんだ。時間を置けば置くほど連中に都合が良い。
幸い、アドルフ評議員のおかげで経済的・人的被害は全く出ていない。なら一戦を以てメーダラ軍を屠り、奴らに身の程というモノを教えてやるべきだ」
そして、この意見に同調したのが意外にも商人ギルドのギルマスだった。
「私もその意見に賛成です。当面連中の思惑を逸らすことが出来たとはいえ、わざわざ連中に二の矢・三の矢を番えさせる必要は無いでしょう」
だが、船主ギルドのギルマスは、この意見に反論した。
「確かに、受け身になっていても良いことはないでしょう。しかし一度の戦闘で決着が付かなければ、どちらにしても長い戦いになる。長期戦はどう考えても避けるべきです」
その意見を補足するかのように、官僚の一人が口を開いた。
「仮に一戦を以てメーダラ領を屈服させることが出来ても、現在のボルドの力では、メーダラ領を占領・支配することは出来ません。そして領としての回復力はボルドよりメーダラの方が上である以上、支配が叶わなければメーダラは力を取り戻し、またボルドにちょっかいをかけてくるでしょう。
戦うのなら一戦を以て。これは間違いのない正論ですが、その一戦で確実にメーダラ領を屈服させることが出来なければ意味がないのです」
ここで、俺が口を開いた。
「俺の個人的意見としては、メーダラ領と正面から矛を交えるのは遠慮したい。難民たちにとって、メーダラ伯は恩人だからな。……その分までこっちに吹っ掛けてきたことを彼らは知らないんだし。そのことを今更口にしても、連中は最小限の必要経費を請求しただけだと言い逃れるだけだろうしね。
だけど、俺の故郷の人たちを人質にしてくれたんだ。相応の報いを受けてもらう」
「今、その具体的な方法を論じているんだ。策が無いんなら黙っていろ」
「策はある。だが長期戦になる。短くて2年、長ければ5年以上かかる。
そして、この策を採用した場合、最終局面に至るまでの期間は、メーダラ領が一方的に利益を享受する形になる。
最終局面で投下した資金全てを回収して余りある利益が得られるだろうが、それまでにこちらの資金が枯渇しないとも限らない。また連中がその資金で戦力を増強し、直接戦闘を目論まないとも限らない」
「何をするつもりだ?」
「基本的には、兵糧攻めだ。メーダラ領に流入する穀物・武具・その他の物資の全てを遮断する」
「だがメーダラ領でも穀物は作られている。それだけで備蓄が底をつくとは思えないが?」
「だからメーダラ領内の穀物は片端から買い漁る。目標は、一粒の麦も残らないにように。つまり、他の領内より高値で買う必要がある」
「ならメーダラ領は他領から仕入れてお前に売ろうとするだろうさ。ボルドがメーダラに対して禁輸を定めたとしても、それが全てではないだろうからな」
「それでも構わないさ。結果は同じになるだろうからね。
とはいえそれだと最終局面に至るまで、俺の金銭負担が大きすぎる。そうならないように、メーダラ周辺の街道を封鎖する必要があるだろう。
具体的には、ビジア領には問答無用で協力させる。ロージス地方を経由したカナリア公国やリングダッド王国からの輸入に関しては、物理的な通商破壊を行う。
けど何より重要なのは、ローズヴェルト公国を味方につけることだ」
ローズヴェルト伯爵領は、この春公国として独立する旨の宣言を行っている。
「ローズヴェルト公国を、か。だが旧フェルマール王国内の諸領のうち、最大の国力と生産力を有していたローズヴェルトだ。こちらに靡くと思うか?」
「一応切れる札がある。ミソはローズヴェルト伯爵が『王』ではなく『公王』を名乗った点かな。
そしてローズヴェルト公国がこちらにつけば、メーダラもそう簡単に軍事行動に出れなくなるだろう」
具体的な各国・各領の力を数値で表せば、次の通りとなる。
○軍事力
ローズヴェルト:35
メーダラ :30
ボルド :20
ビジア :15
○生産力
ローズヴェルト:40
メーダラ :20
ボルド :10
ビジア :30
○経済力
ローズヴェルト:25
メーダラ :10
ボルド :45
ビジア :20
つまり、メーダラにとってはローズヴェルトを凌ぐ為にはボルドを併呑する必要があり、ボルドにとってはメーダラに対抗する為には最低限ビジアと同盟する必要があるが、それだけでは総力戦にならざるを得ない。けれどボルド=ビジア同盟にローズヴェルトが加われば。メーダラはロージス地方経由で外国勢力を招き入れでもしない限り、同盟に対して勝利出来る見込みが無くなるのだ。
勿論、メーダラ伯もそのことは理解しているだろう。だから向こうもローズヴェルトを引き入れる――最悪でも中立を確約させる――為に手を打つ筈だ。
その意味からも、早急にローズヴェルト公国に使者を送る必要がある。
「フム、どちらにしてもローズヴェルト公国に檄を飛ばすこと最優先だな。
ではその使者を選ぶ必要があるが――」
「幸運にも、うちのスタッフにローズヴェルト公王に縁のある者がいる。彼女を使者に立たせよう」
「その者なら公王と面会が出来るということか?」
「確実に」
「一体、どんな伝手があるというのだ?」
「伝手も何も、そのスタッフ自身が嘗てローズヴェルト姓を名乗っていたという事実があるだけだ」
「何だと?」
「シルヴィア・ローズヴェルト騎士爵。ローズヴェルトが公国を名乗っている以上、『ルシル王女の守護騎士』としての彼女の肩書を無下には出来まいよ」
わざわざ名前を変えてもらったというのに、改めて嘗ての名を名乗らせるのは申し訳ないが、打てる手は少ない。ここは協力してもらうことにしよう。
(2,882文字:2016/03/20初稿 2017/04/01投稿予約 2017/05/07 03:00掲載予定)
【注:「通商破壊戦」という固有名詞は、通常は海戦に於いて使用します。陸戦に於いては単に「ゲリラ戦」とのみ言われますが、ここでは敢えて「通商破壊戦」という言い回しをしています】
・ 「檄を飛ばす」とは「我が味方として馳せ参じよ」という招集状を発布するという意味であり、昨今の「激励する」「発破をかける」という意味での使い方は誤用です(「檄」と「激」を混同した?)。
・ 軍事力の差は、厳密には実際の戦争に於ける戦力の差ではありません。侵略戦争に於いては予備兵力を残さず侵攻することは非現実的ですし(『毒戦争』時のマキアは、スイザリアとの秘密協定の結果これが出来た)、防衛戦時は民兵の臨時徴募などで数を水増し出来ますので、実際は数字だけでは測れません。その上で、たとえばアプアラ領の軍事力は、このデータに合わせるのなら55~60、といったところでしょう。




