第16話 政治家として
第03節 それぞれの三ヶ月〔3/5〕
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アディとラザーランド船長が西大陸の遥か向こうに夢を馳せていた頃。
スノーは、商人ギルドのギルドマスターを介してボルド市評議会の議長と面会することが出来た。
ボルド市評議会議長。それは、スノーにとっては既知の人物であった。
「お久しぶりで御座います、ルシル王女。ご健勝で何よりです」
「ご無沙汰しております、カルロ・スタヴィア=ボルド男爵。ご挨拶が遅れましたことお詫び申し上げます」
評議長の挨拶に対し、スノーは丁寧な言葉を返してそれに応じた。
「何を仰います、本来なら僕共が足を運ばなければならない筈で御座いましょう。ですが評議員なんぞという御大層な立場にある者が、一介の商会を訪問するなどということになったら寧ろご迷惑かと愚考し、自粛しておりました次第に御座います」
「そうしてくださったおかげで静かな時間を過ごすことが出来ましたわ。感謝致します」
「そう言ってくだされば幸いです。
ですが、わざわざ足を運んでくださったのは茶飲み話をする為では御座いますまい?」
「ええ。元・私の守護騎士、今の私の所属する商会の会頭は、どうあっても騒動とは無縁ではいられないようで。関わる騒動にボルド市を巻き込まざるを得ない状況になってしまったようです」
「……ビジア領の件、ですな?」
「ええ。スタヴィア卿はビジア領とアプアラ領の戦争に関わらない方針だそうですが、どうやらそれは無理みたいです」
「どういうことでしょう?」
「うちの会頭が調べたところに拠りますと、アプアラ領が準備している糧秣は、一万の兵馬を6ヶ月間に亘って維持出来るだけの量、だそうです」
「一万人を6ヶ月……。
つまり、連中はボルド攻略をも視野に入れている、ということですね」
流石に商業都市の長。その数の意味をすぐに理解したようだ。
「うちの会頭もそう結論付けました。
ただ、ビジア領内で決着を付ける予定ですので、どちらにしてもボルドに戦火が及ぶことはないと思われますが」
「ですが、坐して見ているとなるとビジアが負ける可能性があり、また勝利出来たとしてもビジアに多大な借りを作ることになる、という訳ですね」
「そのようです」
「では、アプアラに対する非難声明の採択についてと、ビジアに対する後方支援を評議会で議論させていただきましょう」
それが、スノーが今回評議長の元を訪れた目的である。
「とは言っても、最早アプアラ領がボルドを侵攻するだけの力は残っていないようですけどね」
「は? どういうことですか?」
「抑々うちの会頭は、アプアラが用意している糧秣の量を、どのように調べたと思います?」
「潜入調査して、ですか?」
「近いですが間違いです。正しくは、全量を盗み出したのだそうです。
そして盗んだ量がそれだけあった、と」
「ぬす……。とんでもないことをしますね。
しかし彼は、嘗ての『毒戦争』でも、敵国から糧秣を調達していたと聞きますから、効果的な手ではありますね」
「ええ。これによりアプアラ領は糧秣を再調達しなければならなくなり、侵攻準備がかなり遅滞し、逆にビジア領は戦時体制に移行して増税した分の穀物を民に返還することが出来るようになったと聞きます。色々と言いたいことはありますが、効果的であり且つ効率的なやり方でもありますね」
「そうなると、ビジアに必要なのは武具と兵力ですね。しかし……」
「はい。会頭はうちの鍛冶師に鉄器の増産の指示を出しています。
困ったことにうちの製鉄量と鋳造出来る量は、下手をしたらボルドの鍛冶師ギルドに属する全ての蹈鞴場・鍛冶職人のそれを超えてしまいますから」
「……ビジアの戦争が終結したら、その件についても話し合う必要がありますね。
残るは兵力。流石にこれだけは彼が独力で調達出来るものではありませんね」
「ええ。評議会を経由して、冒険者ギルドで傭兵の募集を依頼したいと思います」
「畏まりました。
ですがルシル王女、ご存知ですか?
貴族からの依頼を受注出来る冒険者は、銀札以上に限られる、と。
当然ならが貴族に対して働きかけを行うことが出来る冒険者も、です。
よって、ルシル王女、否、鉄札冒険者のスノーさん。
貴女を評議会の権限で銀札に昇格させましょう」
「……流石にそれは拙いと思います。
私は銅札への昇格試験を拒否して鉄札に留まっている冒険者なのですから」
「ちなみに銀札への昇格試験の内容はご存知ですか?」
「え? 否」
「礼儀作法、です。貴族相手に失礼が無いだけの礼儀作法を身に付けていること。
それが銀札の冒険者に必要な資質だということです。
……貴女にそれを、試す必要があると思いますか?」
「ですから、銀札以前に銅札にも到達していないのですって」
「個人の利益の前に、二つの領とその領民を守る為の行動が出来るような冒険者が、下位冒険者であること自体が間違いなのですよ」
「嬉しいお言葉ですが、その言葉はうちの会頭に伝えてください」
「それは拒否させていただきましょう。
彼は、放っておいてもこの戦争を終わらせた功績で、金札にまで昇格するでしょうから」
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そして、冒険者ギルドに対する傭兵募集に関する件と、評議会に対するアプアラ領への非難声明採択の件が一通り纏まったところで、スノーと評議長は雑談に移っていた。
「しかし、ルシル王女。
貴女はお父上の仇を取り王国を再興したいとは思われないのですか?
セレストグロウン卿がいれば、それも夢ではないと思いますが」
「仇と仰いましたが、仇とは一体誰でしょう?
リーフ王国軍にしろ、カナリア公国軍にしろ、リングダッド王国軍にしろ、そしてスイザリア王国軍にしろ、父上の元まで辿り着くことは出来ませんでしたわ。
父上と母上、そして兄上の首級を曝したのは、王都フェルマリアの市民です。
仇を取るとは、王都の市民を虐殺することを指すのでしょうか?
それとも、父母と兄を殺した連中の為に諸外国と戦うことを指すのでしょうか」
「それは――」
「アディに言われたんです。フェルマールが滅びたのは天命だ、って。
敵である諸外国に侮られ、味方である貴族たちに見放され、剰え守るべき民に刃を向けられた。その時点で、フェルマールという王国は存続する理由を喪ったんです。
だから私はフェルマールの再興という夢は持っておりません。
けど、家族が、民が、笑って暮らせる国を造ると誰かが言うのなら。
身分も無くただの女に過ぎない私が出来る事なら、何でも協力したいと思っているんですよ」
(2,959文字:2016/02/19初稿 2017/03/01投稿予約 2017/04/23 03:00掲載予定)
・ 鉄札昇格の指標が(人格的な意味での)「信用」、銅札昇格の指標が(能力に対する)「信頼」なら、銀札昇格の指標は(貴族の前に出しても恥ずかしくない)「品位」です。これら全てを兼ね備えているのであれば、昇格試験を免除して飛び級することもありえるのです。




