第15話 海の向こう、陸の向こう
第03節 それぞれの三ヶ月〔2/5〕
「ラーンに、つまり西大陸に拠点を?」
そう。俺が船長に頼むのは、西大陸に【ラザーランド商会】の支店を作ること。
ビリィの町とマーゲートの町、ラーン市にそれぞれ拠点となる店を構え、そこで西大陸での交易を中継する。
ラザーランド船長はどこまで行っても船乗りだから、品物を運ぶことは出来ても商売までは賄えない。その為にも。
「ビリィ、マーゲート、ラーン。この三つの町に支店を作り、奴隷たちに管理させる。そして西大陸用に船を二隻購入する。一隻は外洋に出れる大型船で、南洋との交易に使う。もう一隻はマーゲートとラーンを繋ぐ沿岸航行用の小型快速船だ。そしてマーゲートからビリィへは陸路で輸送する。
南洋とラーン、マーゲートまでの海運は船長と、船長が選んだ部下に任せる。
そしてマーゲートからビリィ、そしてボルドまでの輸送は俺とシェイラ、アナの三人で担当する。
船長は、西大陸と東大陸、両方で船を持ってもらう」
「……俺の身体は一つしかないんだが?」
「そこから先は船長に任せるよ。船長がどちらの船を主体に動かすかはね」
話を聞き、暫く難しい顔をしていた船長だったが、やがて口を開いた。
「無理、だな。
第一、俺はラーンでも顔が知られているからな。『光と雪の女王』号が入港してもいないのに、どうやってラーンに来たのか説明が出来ない。船が沈んだことにしても、そんな嵐の情報は入っていないだろうからな。
そしてお前が一人で船の建造を依頼することも無理だろう。カネの有無じゃない。信用の有無だ。ぽっと出のお前が、大規模交易が可能な大型船を造ってくれなんて言っても、それに応える船大工はいない。以前お前が作ってもらった上陸艇程度ならともかくな。……といっても、あの時も一応俺が紹介人になったから請けてもらえたようなものだぞ」
言われて俺は、しかし船長が言葉にしなかった部分まで理解出来てしまった。
『リリスの不思議な迷宮』のおかげで俺たちは、東西大陸間移動が容易に出来るようになっている。だから時間がかかり危険も多い外洋航海は止めて、安全な沿岸航路に限定した方が良いと安易に考えてしまったのだ。
前世地球でも、海運が陸運や空輸に勝るのは、大量輸送を低コストで、という一点に限られる。しかし、空輸より速く、海運より低コストで、且つ(〔無限収納〕や〔アイテムボックス〕のおかげで)通常の大型船舶より大量の輸送が可能となっている所為で、俺は勘違いしてしまったのだ。
東西大陸間移動が容易に出来るようになったのは、リリスのおかげであり俺自身の能力じゃない。にもかかわらず、それを前提として戦略に組み込んだうえで、船長の今までの経験と努力を無意味と断じてしまったのだ。船長が怒るのも無理はないだろう。
「す……」
すまない、と謝罪しかけ、しかしそれも違うと思い直す。
間違っていたのなら謝罪するのが礼儀だが、しかし船長は敢えてそこに触れていない。ならそれを穿り返すことも、逆説的に無礼な話だ。
寧ろ船長に正しく謝罪したいのなら。
「なぁ船長。西大陸の向こうには、一体何があると思う?」
「え?」
「昔の人たちは、西の海を眺めて、海の向こうにあるモノを色々想像したんじゃないか? そして、勇気ある一部の人たちが思い切って船出した。
嵐や凪、食糧不足や壊血病その他の疫病、海に棲む魔物の襲撃や乗組員の反乱。
そういった幾多の苦難の果てに、彼らは西大陸を発見した。
でも、西大陸は、世界の果てなのか?
ビリィ塩湖の西側には、砂漠が広がっている。
では、砂漠の向こうは?
ラーンの南にも大陸は続いているという。でも、どこまでも陸は続いているのか?
もしかしたら回り込んで大陸の向こう側にも出れるんじゃないか?
そうしたら、その向こうには何があるんだろうな」
この惑星。
この惑星が地球とほぼ同じ大きさで、公転軌道も地軸傾斜角も地球とほぼ同じということは、実は観測の結果既に判明している(精密観測ではないから当然誤差はあるだろうが)。
この惑星と月までの距離、太陽までの距離、月の大きさと太陽の大きさ。つまりこの惑星に影響を与える重力波の大きさについても、地球との差を考慮する必要が無いくらい同じレベルであることもわかっている。
その一方で地形が違い、星座が違う。だからこの惑星は、地球の過去でも未来でもない。
違いを承知で譬えたとき、東大陸を欧州に当て嵌めるなら、西大陸は北米だ。
つまりこの世界の人間は、この惑星の八分の一すらも知らないことになる。
俺は先程船長に無礼を働いた。
その謝罪は、船長をフェルディナンド・マゼランに、否、フランシス・ドレイクにする為の援助をすることで、帳消しにはならないだろうか?
船長の夢に翼を与えること。東西大陸間の往来など小さいと言えるほどに大きな夢で魅せること。それを以て船長への詫びとする。
「俺たちが落ち着いて、姫様たちが笑って暮らせる時代が来たら。
そして船長が望むのなら。
西大陸の更に向こうへ行く為の船と、人員と、資材を提供するよ。
だから今は、手伝ってほしい。その時代を作る為に」
「西大陸の向こう側、か。
確かに一度は夢に見るな。だがどれだけ時間がかかるのか」
「だが行ってみたい。だろ?
船乗りってのは俺達みたいな『冒険者』という名のならず者とは違う、本当の意味での『冒険者』だからな」
「ああ、行きたい。だから。
積み荷の確認が終わったら、すぐにボルドを出港する。
俺がラーンに着くまでに、ラーンの拠点を整備しておいてくれ。
それからボルドにいる間に、東大陸で活動する為の船を用意する必要があるな。任せられる部下にも心当たりがあるが、造船費用は頼りにして良いんだろう?」
「あぁ。船長の要求の全てに応えられる艦を建造出来るだけの資金を用意しよう。
その船が本当に必要になるときは、船長も東大陸に戻ってきてくれよな」
「その時は遠慮なくこの通路を使わせてもらうさ」
◇◆◇ ◆◇◆
それから船長はボルドに戻り、積み荷の手配と新造船の建造依頼をした。新造船の基本設計は船長のそれをそのまま使うが、随所に俺の新技術を投入する予定である。
一方俺とシェイラとアナの三人は、ビリィから陸路でラーンに向かい、そこで仕入れと拠点の構築・維持の為の奴隷を購入した。
ラーンの拠点は基本的に侍女組のアナまたはナナに駐在してもらい(大凡一月交代を予定している)、仕入れと情報収集、そして船長との連絡の中継を行う。
船長が世界周回に出るのなら、その航海術は今以上に磨き上げてもらわないといけない。それに、たった三ヶ月の航海を「長期間」などと言ってられない。世界一周は3年から4年かかるのだから。
(2,909文字:2016/02/19初稿 2017/03/01投稿予約 2017/04/21 03:00掲載予定)
【注:フェルディナンド・マゼラン(Ferdinand Magellan)1480-1521、航海者・探検家・商人。1519年スペイン・セビリア港から出港し、自身は航海の途上で戦死するも、その艦隊は1522年に史上初の世界周回を果たしました。
フランシス・ドレイク(Francis Drake)1543-1596、航海者・私掠船船長・海軍総督。1577年イギリス・プリマス港から出港し、1580年帰港。史上二番目の世界周回を果たしました(艦隊指揮官としては史上初)。この航海で収奪した金品香辛料の類は当時の価格で30万ポンドを超え、当時のイギリスの国庫歳入よりも多かったといいます】
・ アレクは「地球と同じ」と仮定したうえで様々な物理法則・自然科学法則を検証していますが、現時点までで矛盾は発生していません。とはいえアレク自身も地球の全ての物理法則・自然科学法則を熟知している訳ではありませんので、本来「地球と同じ」と言い切るのは間違いです。が、それこそ現時点では「同じ」という仮定で法則に矛盾が生じていないので、それで問題はないと解釈しています。四大元素論や天動説でも、自然科学を一通り説明出来るのなら、その範囲内に於いて原子論や地動説は必要ない、というのと一緒です。




