第14話 大陸情勢
第03節 それぞれの三ヶ月〔1/5〕
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話はカナン暦704年春の三の月、アディとサリアが『賢人戦争』の準備を始めた頃に遡る。
サリアは後に『盾乙女隊』と呼ばれる部隊の創設に携わり、鬼教官として侍女たちのみならず賢者姫直衛の騎士たちからも畏れられていた頃。
ボルドのアドルフ邸では。
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「船長!」
「久しぶりだな、アディ」
『光と雪の女王』号船長、ジョージ・ラザーランドがボルドに戻ってきていた。
「そっちはどうだった?」
「あぁ、お前から預かった軍資金もかなりあったからな。色々と面白いモノをたくさん仕入れて来てやったぜ。
それから情報もな」
「それは有り難い。商品も情報も、今は喉から手が出るほど欲しいからな。
特に情報。リングダッドの動きが気になる」
「リングダッド? 何かあったのか?」
「北のビジア領とアプアラ領の間で戦争が始まる。
隣接するロージス領とその領有権を争っているリングダッド王国とカナリア公国の動き次第では、こちらの戦争にも影響が出かねないからな」
「こちらの、ということはビジアに肩入れするって訳か」
「あぁ、知り合いがいるんでね」
「賢者姫の事か?」
「……知っているのか?」
「賢者姫の出身がハティスっていうのは有名だろう?」
「あぁそうなのか。
それで?」
「以前お前が予想した通りだ。二重王国は現在、崩壊の危機に瀕している。
王と女王は両国を繋ぎ止めようと必死で奔走しているが、スイザリアが旧マキア領と旧南ベルナンド領の支配権を確立したことで、パワーバランスが完全に崩れている。立て直す為にはロージス領をリングダッドの支配下に置くしかないが、その為にカナリアと戦争になったら本末転倒だ。おそらくは余所の領地間の戦争に嘴を突っ込む余裕はないだろうさ」
「それならひとまず安心だな。
で、結局マキアは完全にスイザリアに組み込まれたのか?」
「まだ完全に、という訳じゃない。各所で抵抗の火の手が上がっている。
だが、連中は昔の栄華を取り戻したいだけだからな。住民にとってはどっちが良いのかは議論の余地があるだろう。もっとも、俺はそのおかげで儲けさせてもらったがね」
「ご主人様。何故それでラザーランド船長が儲かるのですか?」
「それはねシェイラ。どれほど貧乏な領地でも、一部の貴族が自分たちの暮らしを守る事だけを考えたならば、穀物は余るんだよ。
そして領内の商人が自分たちの儲けだけを考えれば、余った穀物は外部に売り、金に換えて武器を買うことを選ぶんだ」
前世の、日本に程近い某国も、国としては世界最貧国と謂われながらも支配階級は優雅な暮らしが出来、且つ核実験だのロケットの打ち上げだのとカネのかかる道楽に注入する資金があった。
国民全体を飢えさせないように、と考えるとかなりの資金が必要になるが、支配階級数百人だけが満足すれば良いのであれば、どんな国でも資金は余るのである。
「まぁそういう訳だ」
「そうか。どうせなら、その復古派に武器を流してマキアの再独立運動を盛り上げる手助けをするか」
「アディ、それはかなり凶悪だぞ」
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「それから、パスカグーラで仕入れた情報だが、ハティスの難民はかなり苦労しているようだ」
「どういうことだ?」
「どうもこうも無い。彼らは団結心が強すぎるんだ」
「え?」
「数人や数十人単位の難民なら、受け入れの余地がある都市や領地は幾らでもあったろう。だが、一万を超えようかという数の難民を受け入れることが出来る領地はない。
あるとすれば――」
「新たに開拓して入植する余地のある辺境、か」
つまり、ビジアのような。
「そういうことだな。だから彼らは北に向かっていると聞く。
あと半年もせずにボルドに着くんじゃないか?」
「わかった。そっちの手配はこっちでしよう」
「次だ。メーダラ王国が侵攻準備を整えているとの情報がある」
「メーダラ? どこだ、その国?」
「旧メーダラ伯爵領だ。もっとも王国と認知している国は今のところ無いがな」
「しかし、メーダラ、ねぇ。どこかで聞いた名前だな」
「以前貴卿が決闘騒ぎを起こした相手の家名を忘れたか? セレストグロウン騎士爵?」
「あぁ、あのダメ騎士の実家か。忘れてたよルビー」
ちなみに、レーヤ・メーダラ騎士爵は利き足を千切り飛ばされた結果戦場に立つことが出来なくなり、また文官としての仕事など全く経験したことがなかった彼は、結局のところ実家で飼い殺しに近い形になっているのだという。
またその父親である伯爵も、原因は不明ながら精神崩壊の一歩手前(精神崩壊という事実から、どこかの邪神が何かをやったのかも、と連想出来るけど追求したくない)の状況らしく、政務に携わることが出来ないようだ。
結果として、レーヤ・メーダラ騎士爵の兄君が爵位を継承したという。
「ともかく、メーダラ領が侵攻を目論むのであれば、向かう先はボルドだろうな」
「間に障害になりそうな都市も領も無く、資金は豊富で港も擁している。こんな狙われ易い都市はない、か」
「そういうことだ」
「よくわかった。
で、船長の次の航海の予定は?」
「当然、西大陸だ。東大陸沿岸でちまちま稼ぐより効率が良いからな」
「西大陸か……。船長、その件で話があるんだ」
「なんだ?」
「その前に、スノー。
メーダラ領侵攻の話を評議会に通しておいてくれないか? あと、ビジア領での戦争で傭兵を募っている。その派遣に関しても話し合ってほしい」
「どうして、私が?」
「評議会は、スノーが『ルシル王女』だってことを既に突き止めている。にもかかわらず能動的に接触してきていない。
これに関しては感謝するしかないけど、一応の筋は通しておくべきだと思うからね」
「わかったわ。但し、【ラザーランド商会】の会頭の名代としての訪問になるけど、文句はないわね」
「その方が良い。商人ギルドのギルマスを仲介するのを忘れるなよ。
シェイラ、アナ。二人は俺達と一緒に来てほしい」
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俺と船長、そしてシェイラとアナの四人は、地下の『リリスの不思議な迷宮』の扉を潜り、ビリィ塩湖地下鍾乳洞へと出た。
「ここは、何処だ?」
「西大陸キャメロン騎士王国、王都キャメロットの北西にあるビリィ塩湖の地下だ」
「……なんだと?」
「うちのリリスが空間を繋げてしまってね。有り難く鉱物資源採取に使わせてもらっている。
だが船長。ここに拠点を作れれば、ここからラーンまでの移動にそんな苦労は無い筈だ」
「確かに。ここからマーゲートまで約10日。マーゲートからラーンまでは海路で3日。合計で13日か。向こうで商談をしても、ひと月でボルドに戻ってこれる計算になる」
「〔アイテムボックス〕も改良して、背嚢型を作った。認証用の鍵はこの迷宮の入り口の鍵と同じでこの指輪だ。これを背負えば陸路は空荷同然になる。片道三日は短縮出来るだろうね」
「お前、凄まじいことになるぞ」
「で、船長に頼み事だ。
カネは俺が出す。ラーンに拠点を作ってくれ」
(2,962文字:2016/02/18初稿 2017/03/01投稿予約 2017/04/19 03:00掲載予定)
・ スイザリア王国は、確かに国土を倍増させましたが、逆に兵力の損耗はリングダッド王国の比ではありません。結果、新領土(マキア・南ベルナンド)の治安維持も儘ならず、新領土の統治に莫大な国家予算を投じざるを得ない状況になっています。




